Turn.33
エアライン・ハード 後編
誰が通気口から操縦室を攻めるかという話で、選択の余儀なく私が選ばれました。おめでとう。
今は狭い通気口に居ます。埃っぽいです。
あ、ちなみに白音さんの胸元に鼻の下を伸ばしていたうまのすけさんには蹴りを入れておきました。デコピンのお返しです。
「……うぅ、すごく狭い……」
トイレの通気口から潜り込み、操縦室へ向かってほふく前進する。確かにこの狭さじゃ、通れるのは私しかいないな。
『我慢しろ、苗字。到着したら連絡をくれ』
「わかりました」
インカムから外城さんの声が聞こえてきたので、私は口元に伸びたマイクで小さく返答する。
私達が普段使っているインカムは機内で使えないのでCAさん達から借りた。
「……ん?」
大分進んで少し広いところへ出た時、私はある物を発見した。
***
苗字はまだか……。
外城と俺は操縦室のドアの前で待機をしていた。苗字から連絡が来なければどうする事も出来ない。ボスが仲間からの連絡がないという異変に気付くのも時間の問題だ。苗字、早くしろ……!
『――こちら苗字。ただ今、操縦室の上に着きました』
そう思っていた矢先に、インカムに連絡が入る。苗字は無事に到着したようだ。外城がインカムに手を当てながら苗字に問い掛ける。
「中は確認できるか?」
『はい。ボスらしき男が1名と、機長とパイロットの計3名。ボスの男は2人の背後に立って銃を突き付けています』
「わかった。3秒数えて乗り込むぞ」
『はい』
随分思い切った行動に出るもんだな、外城も。
まあ、それくらい大胆な事でもしねえとツマラねえしな。俺が全員叩きのめしてやるさ。
***
「3……」
『2……』
「『1!』」
外城さん達がドアを足で乱暴に開けて入ってくる。同時に私も通気口の蓋を蹴り飛ばして上から強襲をかける。
「!?」
ボスの男は驚き、私と外城さん達を交互に確認した後、私ではなく外城さん達に銃を向けた。
すかさず私は、ボスの持っているリボルバーの撃鉄が下がらないように押さえつける。リボルバーは撃鉄さえ戻らないようすれば引き金は引けない。
それを見た皆がすぐにこちらへ向かって来た。
「くそっ!」
「悪党がリボルバーを使うなんて、洒落た真似をするじゃないですか」
「……このアマ!」
あろう事か、ボスはリボルバーを押さえている私の手ごと持っていって、頭部を殴りつけた。
「うぐっ!」
「苗字!」
銃のグリップが私の額の左側に直撃し、よろめいたが、倒れぬように足に力を込める。
今度は私に銃が向けられ――たと思えば、うまのすけさんが間髪入れずにボスに回し蹴りを入れる。
「オラアアァ!」
「ぐぼオッ!!」
うまのすけさんの長い足は見事にボスの顔面にクリティカルヒットし、鼻や口から鮮血を流して操縦室に倒れ込んだ。
歯も何本か折れたようだ。白い小さな塊がいくつか散らばっていた。
私は床に落ちたリボルバーを拾い、弾を全て抜いて安全装置を入れる。
「大丈夫か、苗字!」
「良い蹴りですね、うまのすけさん」
うまのすけさんが沈痛な面持ちで寄り添い、私の体を支えてくれる。そんなに心配しなくても私はこんなにピンピンしているのに。
「全く……お前らは俺の動く間もなく無茶しやがって。苗字、これで頭を拭け」
「え?」
外城さんが呆れ顔で近づき、胸ポケットからハンカチを差し出した。
よくわからないまま受け取ると、うまのすけさんまで呆れながら小さく溜息を吐いた。
「……額から血出てんぞ。鈍すぎだろ」
「あらら」
外城さんから受け取ったハンカチをうまのすけさんに奪われた。そして私の額を優しく拭う。
「なんだ、傷はそんなに深くないみてえだな」
「わっ……すみません、ありがとうございます」
「寿命が縮んだぜ、責任取れよ?」
「仕方ないですね。お礼に毎日私の味噌汁を飲ませてあげます」
「はあ!?」
いつもの調子で冗談を返したつもりなのに、うまのすけさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「? 責任ってそういう意味じゃないんですか?」
「くそっ、バーカ!」
随分と乱暴な文句だ。最初に言い出したのはそっちのくせに、本当に押しに弱いんだから。でもそれこそが、私の知っているうまのすけさんだなぁ。
……なんて少し和んでいると、周りの視線が痛い事に気付いた。場の雰囲気を切り替えようと操縦席の2人に声を掛ける。
「機長さん、大丈夫でしたか?」
返事がない。どうしたんだろう。
不思議に思って機長さんの傍に寄ると、呻くように言葉を吐き出した。
「ああ……滅茶苦茶だ……」
「どうしました――……」
……私はバカだ。うまのすけさんとふざけている場合なんかじゃなかった。
どうして気付かなかったんだろう。ボスを倒したというのに、機長とパイロットは微動だにしていなかったじゃないか。
「苗字、どうした?」
動かない私を変に思ったのか、うまのすけさんが声を掛ける。それに応えるように、私は両手を上げて皆に向き直った。一緒に機長も立ち上がる。
私の背中に当たる、金属質な硬い感触。
「まさか……!」
外城さん、そのまさかです。間抜けな部下で本当にすみません。
私のすぐ後ろで機長が憎々しげに言葉を放つ。
「計画が全て台無しじゃないか……全く」
「まさか、貴様が黒幕か!?」
フリでも何でもない、この飛行機の機長こそが真のボスだった。だから奴らは銃も刃物も持ち込めたのだ。
「くそ! 人質になってんじゃねえよアホ!」
「なりたくてなったわけじゃありませんよ!」
言い訳にもならない言葉を嫌々吐き出すと、一発の銃声が響いた。
一度、事態が収束しかけたことにより全員の集中力が失われていたが、その発砲音で再び機内に緊張感が走る。
「静かにしないか」
そう言って再び私の背中に銃を押し付けた。
機長が歩き出すのに合わせて私も前へ踏み出す。
「まずは仲間を解放して貰おうか」
「くっ……リーダー、どうすんだよ!」
「仕方ない……。だが苗字は解放しろ!」
「だ、駄目です外城さん!」
「いいからさっさとしろ!」
皆の言葉が交差する中、ひときわ大きい男の怒鳴り声が鼓膜を震わせた。更に強く背中に銃口を突きつけられ、どうしようもない。
「くっく……形勢逆転だな」
最後の最後でこんな油断をしてしまうなんて。
しかも発砲までさせてしまった、次は誰かを撃つかもしれない。
……あれ? そういえば、この男はオートマチックの銃を使っていた。
もしかしたら――いける。
意を決し、背中に押し付けられた銃に向かって自ら勢いよく下がった。
「なっ!?」
リボルバーとオートマチックの銃は、形状は違えど基本的な銃の発射方は同じ。
リボルバーは撃鉄が、オートマチックはスライドが戻らなければ発砲出来ない。
機長が驚愕の声を上げている隙に回転し、思い切り足を振り上げ――
「でやっ!」
――股間を蹴った。
「「「ッッ――――!!!!」」」
声にならない叫びと共に、股間を押さえて床に倒れる機長。しかしその叫びは機長だけのものではなかった。
視界の端では外城さんやうまのすけさん達、そしてパイロットも顔を真っ青にして震えていた……が、私はそれに気付かず、機長の手から滑り落ちた銃を端に蹴って皆の方を向く。
「やりましたよ! って……あれ、どうしたんです皆さん?」
(どうしたじゃねえよ! 痛ェよ! いや痛ェなんてもんじゃねえよ!)
(俺、今死んだ!! 確実に心と何かが死んだ!)
(仲間で良かった! 本当に良かった!)
(良かった……ある! ちゃんと俺のある!)
皆に危害を加えたわけではないのに息が切れ切れになっている。やはり金ケリは最大の武器であるが、諸刃の剣でもあるのかもしれない。あまり皆の前で使うのはやめておこう。
「ぐうぅッ……くッ……こ、の……アマぁ!」
死にそうなほど苦しく息をする機長が、胸ポケットから何かを取り出す。プラスチック製の四角いそれは――よく見るとスイッチだった。
「まさか、爆弾か!?」
「まずい! 早く止めろ!」
「くそっ、間に合わねえ!」
全員が機長に向かって走り出すが、男は不敵な笑みを浮かべて、けれど弱々しくボタンを押した。
「け、消し飛べ……!」
ああ、いよいよ終わりだ。墜落だ。皆がそう思って絶望していたことだろう。
しかし、数秒経っても何も起こらず、飛行機は変わらない様子で空を飛んでいた。
「……何故だ!? 何故爆発しない!?」
「あの、それって通気口に仕掛けてた物ですか?」
「何故それを!」
機長が驚愕しながら私に向かって叫ぶ。あまりの取り乱しっぷりに哀れになり、真相を告げた。
「通気口からこちらへ来る時に変なのを見つけたので、天井の扉から海にポイしちゃいました。爆弾とかだったら困るなぁと思いまして」
「…………」
私の言葉に機長は黙ったまま、動かなくなった。
「……リーダー、縛りますか」
「おう」
何ともいえない気まずい空気の中、真のボスは捕まった。最早一切の抵抗もしなかった。なんかすみません。
こうして私達はハイジャック事件を無事に解決したのだった。……私のせいで生み出された微妙にスッキリしない空気を残して。
(20120211)
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Smotherd mate