Turn.34
西鳳民国のカレ
数時間後、一度外れた空路から引き返し、ようやく西鳳民国へ到着した。
ハイジャックした犯人達を警察に引き渡す。
空港では皆が警察の取調べを受け、感謝状を頂く事になった。周りには乗客が私達に盛大な拍手を送ってくれるので、なんだか照れてしまう。
「よくやったな、皆!」
外城さんが皆を褒めると、皆も嬉しそうな笑みを浮かべる。
「生きた心地がしなかったぜ。ったく……どこでああいう度胸をつけてくるんだか」
うまのすけさんだけは頭に手を当てて苦々しく文句を垂れていた。お前だよお前、と言われてようやく自分に対しての言葉だと気付いた。
「実は私、残機があるタイプの人間なんです」
「アホだろ」
「失礼な」
私だってかなり焦ったし、死ぬかと思った。それに1つだけわからない事がある。
それは最初の仕掛け――爆竹のような破裂音。一体誰がやったのだろう。
皆がわいわいとハイジャックの件を話したり警察に説明をしている中、1人で険しい顔をして居ると声を掛けられた。
「どうも、この度はご活躍でしたね」
「あ、はい……ありがとうございます」
声の主に目をやれば、スーツを着てメガネを掛けている金髪碧眼の男性。外国の方のようだが、日本語がとても上手だ。思わず言葉を失っていると彼が再び口を開く。
「申し遅れました、私はアクビー・ヒックス。密輸関係の国際捜査官をしています。ハイジャックされた時はどうなる事かと思いましたが、あなた達のおかげで助かりました」
「乗客の方だったんですね。私は苗字名前と申します。この度はお疲れ様でした」
差し出された手を取って握手を交わす。手を離すとアクビーさんはポケットから何かを取り出した。その指で掴んでいるものは、赤い紙筒が紐でいくつも連なっていて――そう、爆竹だ。
「及ばずながら、協力させて頂きました」
「まさか、あなたが……!?」
そう問うと、アクビーさんはウインクをして可愛らしい笑顔を見せた。
キレイな顔してなんという大胆不敵な方だろうか。
「すごく助かりました。でもどうしてそんな物を持っていたんですか?」
「君の後ろの席だったから話が聞こえてね。何か協力出来ないかとこれを思い付いたんだ。仕事仲間へのお土産の1つなんだけど、役立って良かったよ」
私とうまのすけさんの席の後ろだったのか、気付かなかった。銃といい刃物といい爆竹といい、何でもありだなあの飛行機。
するとまた見知らぬ男性が姿を現す。オオカミを思わせるツンツンヘアーで、全体的に黒い服装にところどころ龍のような模様があり、上着にはファーが付いている。
「おいアクビー!」
「ああ、狼」
「そろそろ行くぞ……って、誰だアンタ?」
その男性は私を見て不思議そうな顔をした。目付きがうまのすけさんみたいに鋭くて、物怖じしているとアクビーさんが私を紹介してくれた。
「彼女は名前さん。今回のハイジャック事件の英雄だよ」
「へぇ、可愛いのに見掛けによらねえんだな。俺は狼士龍、国際捜査官だ。アンタのおかげで《バルバロイ》の残党も捕まえられた。助かったぜ」
英雄だなんてそんな……。思わぬ褒め言葉に私は照れが隠せない。
アクビーさんの説明に狼さんも警戒心を少しばかり解いてくれたので、握手を交わしてくれた。
今回の件について3人で話をしていると、うまのすけさんがやってきた。
「苗字、そろそろ行くぞ」
「あっ、はい、ごめんなさい」
うまのすけさんは狼さんとアクビーさんの存在に気付くと、一瞥。そんなに睨まないで下さいよ。失礼ですよ。
「……誰だ? そいつら」
「国際捜査官のアクビーさんと狼さんです。ハイジャックについて話をしていました」
「ふうん。だがもう話はついたんだろ? みんな待ってるぜ、英雄サン」
「う、うまのすけさんまで……! わかりました、行きます」
皆を待たせているのは申し訳ない。
私は狼さんとアクビーさんに向き直り、軽くお辞儀をする。
「では、失礼します」
「応、今度はゆっくり話そうぜ」
「そうだね、楽しみにしているよ」
狼さんもアクビーさんもいい人で良かった。国際捜査官と言うと、とても厳しそうなイメージがあったけど、そんな事ないかもしれない。
「ったく……子どもじゃねえんだから呼ばれなくても来いよな」
うまのすけさんと一緒に歩いていると、また文句を垂れている。どっちが子どもみたいなんだか。ちょっとくらい良いじゃないですか。
「呼んだら来る方が犬みたいで可愛いですよ」
「そうか、じゃあこれから俺が呼んだら尻尾振って走って来いよ」
「ノーサンキューです」
「チッ」
いつものふざけた掛け合いに、うまのすけさんの機嫌が徐々に良くなるのを感じた。
うまのすけさんが私の頭に手を伸ばしたかと思えばわしゃわしゃと髪の毛を撫で回す。
「わあっ、やめてくださいよぉ!」
「もう危ないマネすんなよ。俺らが居なかったらって思うとゾッとするぜ」
「うまのすけさん達が居なかったらしませんよ」
ニッと笑うと、うまのすけさんは目を見開いてそっぽを向いた。
あれ、照れてる? もしや照れてるんですか? うまのすけさんが?……なんだ、可愛いところもあるじゃないですか。
でもね、今の言葉は本当ですよ。
もし、この会社のチームじゃなかったら、私はきっと自ら危険に飛び込もうなんて考えなかった。
そんな事を心の中で思っていると、急にうまのすけさんが振り向いて、また私の髪の毛をかき回す。
「当たり前だっつーの!」
「わああ〜! もう髪の毛ぐしゃぐしゃですよ!」
「うるせえ、心配かけたバツだ!」
照れ隠しが乱暴すぎる。
うまのすけさんらしいけど。
こうして爆竹の謎も解決し、ハイジャック事件は幕を閉じた。
かなりのタイムロスもあったけど、なんとか目的地へ到着。今度こそ、こんにちは西鳳民国!
空港からそのまま、私達はオウ様のいらっしゃる官邸を訪問した。いよいよ大統領にお会いするんだと思うと、心臓が落ち着かない。
「はあ……なんだか緊張しますね」
「お前がビビるようなタマかよ」
「失礼な、タマはついてませんよ!」
「下ネタじゃねえ! 女がそういう事を言うな!」
緊張を紛らわせるつもりで返したが、うまのすけさんに割りと本気で怒られてしまった。ウブなんですかね。
「こちらに大統領がいらっしゃいます」
秘書さんに案内されて、全員がドアの前に並ぶ。一旦、皆で身なりを整えて、秘書さんがドアをノックした。
「オウ様。ご依頼されたボディガード様がいらっしゃいました」
「わかった、通せ」
「はい」
秘書さんがドアを開けると、そこには実に貫禄のある堂々した風貌の男性が立っていた。紫色の裾の長いスーツがよく似合う。
私達は順に室内へ失礼させてもらう。そしてオウ様の前に整列した。
外城さんが前に出てオウ様に挨拶をする。
「この度はご依頼下さりありがとうございます。我々は誠意を尽くしてオウ様を護衛する所存です」
「良く来てくれた。そして長旅ご苦労であった」
握手を交わすオウ様と外城さん。体格の良い2人が並ぶと物々しい絵面だ。オウ様は護衛が要らないくらい力強そうに見える。
「途中で事件に巻き込まれたそうだが、君達が解決したと聞いた。安心して任せられそうだ」
「ハッ、命に代えましても」
本当に一国の大統領を護衛するのかと思うと、急に現実味と緊張感が私を襲った。自分でも度胸はある方だと思っていたが、隣の余裕そうなうまのすけさんを見るとまだまだだ。というか、うまのすけさん……なんだかワクワクしている?
「あまり緊張せず、リラックスして欲しい。まず1週間は、ゆっくりと過ごしてくれたまえ。同時に、銃に慣れる為にこの国で訓練をしてもらおうと思っている」
銃と聞いて、私までうまのすけさん同様心が躍ってしまった。私の銃好きっぷりを知っているうまのすけさんが見てくる。こりゃ、うまのすけさんの事をとやかく言えないな。
「君達には我が国の銃を支給する。近くに射撃場があるので明日から1週間は射撃訓練をして技術を身に付けてくれたまえ」
「「「ハッ!」」」
全員揃って返事をし、我々は外城さんに誘導されて外へ出る。ひとまずホテルへ移動し、今日のところは全員休むように言い渡された。
明日から銃に触れると思うと楽しみで眠れそうにないかも。
翌日。
まあ普通に疲れていたので眠りこけました。
射撃場に到着し、1人1丁ずつ西鳳民国の銃を支給された。
私の大好きなリボルバーだ。この手にズッシリくる重量感、やはり実銃は堪らない。
指導者から銃の説明を受け、いよいよ射撃訓練が開始した。
「うまのすけさん、銃は反動がすごいですから気をつけてくださいね」
「わかってるって」
私の言葉なんてきっと流されているだろう。それにしてもうまのすけさん、昨日から浮かれているように見える。いや、私もそうなんだけど。
気持ちを落ち着かせようと、深呼吸。銃を構え、数メートル先の人型の的を狙う。
撃鉄を起こす。ダブルアクションよりシングルアクションの方がブレが少ない。
私は引き金を引いて――撃った。一発目。脳天に命中。二発目。心臓に命中。三発、四発と続けて狙い撃つ。
よし、腕は鈍っていないようだ。
隣のレーンで訓練しているうまのすけさんを見る。しっかりとした体格、長身でスーツ、そして銃。……不覚にもカッコイイと思ってしまった。
ふとうまのすけさんの的を見ると、しっかり命中していた。
「うまのすけさん、すごいですね」
「まあな。伊達に鍛えちゃいねえさ」
「エラいエラい」
「こ、子ども扱いすんなよ!」
手を伸ばしてうまのすけさんの頭を撫でようとしたら避けられた。そんなに照れなくてもいいのに。
うまのすけさん程の長身なら誰も撫でることなんて出来なさそうだし。
「そうだ、コレ見てください。本当は危ないからしちゃいけないんですけど」
「何だ?」
私はリボルバーの安全装置を入れ、引き金に指を掛けて銃を回し始めた。今は弾が入っていないから安全だけど、本当は危ないからよい子はマネしちゃ駄目な技。なぜなら暴発の危険があるから。
お手玉のように私の手の中でくるくると回るリボルバーを見て、うまのすけさんは驚きの声を上げた。
「すげえ。俺にも出来そうだな」
「い、いえ、危ないので……」
「弾はもう全部撃ったぜ。こうか?」
うまのすけさんも引き金に指を掛けて回そうとするが、銃が重いせいでなかなか上手く出来ない。確かに弾はないようだけど、ちょっと怖い。
「……ふぁいとー」
「なんだよそのやる気ない応援は!」
「頑張ってください、ヒヒーンブルル」
「苗字――!!」
怒ったうまのすけさんは銃を台の上に置き、私の頭を両手で掴んだ。しまった。からかいすぎた。つ、潰れる! 馬鹿力でスイカみたいに割れてしまう!
「ぎゃああー! 出ちゃう! なんか出ちゃいますよおおぉー!」
「何にも出ねえから安心しろ!」
私の悲鳴を気にも留めず、ぎゅいぎゅいと両手で頭を圧迫してくる。
おかげで頭がボーっとしてくるし、呼吸が乱れる。頭に血が集まっている感じがして、自然と目に涙が溜まる。
「ちょ、うまのすけさん、本当に、そろそろ…!」
「あッ……!」
呼吸を乱しながらうまのすけさんに訴えると、やっと手を離してくれた。
た、助かった……。浜辺のスイカ割りの様にならずに済んだ……。
「……ったく、すぐに人をからかうからだ」
「だってからかいやすいんですもん。……あれ、うまのすけさん、何か顔赤いですよ?」
「うっせー見るな!」
「変なうまのすけさんですね。私は射撃に戻るので真面目にやってくださいよ?」
「俺の台詞だ!」
再び銃を構えて的を狙い撃つ。相変わらず手首を持っていかれそうになるほどの反動。加えてマグナム弾ならではの銃声。
……最高……!
「お前、気持ち悪いぞ」
「……だって、カレってば……」
「カレとか言うな!」
恍惚とした表情で銃を抱き締めながらうまのすけさんを見ると、ギョッとしていた。失礼な。
「わかった、お前が銃好きなのはよくわかった!」
「はあ……そうですか……」
私の感動は、一体どうすれば伝わるのだろうか。上手く表現出来ないのがもどかしい。
今日から1週間、ここで銃を使いこなす為の訓練が始まる……のだが、きっと私は毎日腰が砕けそうになってしまうのだろう。
(20120213)
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Smotherd mate