Turn.35
ひとすくいの気持ちと
西鳳民国に入国してから1週間。
射撃訓練では皆も銃に慣れ始めたのか、構えも様になり、的にも当たるようになっていた。
「おい苗字! ほら見ろ!」
「なんですかうまのすけさん?」
隣のレーンのうまのすけさんがはしゃぎながら私を呼ぶ。妙にテンションが高い。目をやれば、うまのすけさんはリボルバーの引き金に指をかけていた。
「見てろよ」
そう言うと、うまのすけさんは銃を回し始めた。綺麗に回転をし続け――ぴたり、と再びうまのすけさんの手に収まった。
「おお、出来るようになったんですね!」
「へへっ、それだけじゃないぜ。ほら」
今度は銃を回しながら左右の手を使って背中に回し始めた。背後で銃を回転させたまま前へ投げ、華麗にキャッチ。
「どうだ?」
「……すごい……!」
我ながらポカーンという擬音が聞こえてきそうなほど間抜けな顔だったと思う。
銃回しを終え、私の言葉を聞いたうまのすけさんは嬉しそうに握りこぶしを作った。
「だろ? すげえだろ!」
「はい、すごいです! うまのすけさん!」
遅ればせながら、うまのすけさんに拍手を送る。
その反応に気を良くして、また自らの手の中で銃を回し始めた。
「ま、こんなモン俺にかかりゃチョチョイのチョイさ」
「あ。うまのすけさん、膝に何か付いてますよ」
「ん? 何だ?」
私の言葉にうまのすけさんは少し膝を曲げて視線を落とした。
彼の頭部がちょうど私の目線まで下がったので、私は右手で優しく撫でる。
「すごいすごい」
本当は膝に何も付いてない。こんなのに引っかかるなんて、うまのすけさんもピュアだな。
うまのすけさんは自分が騙されたことに気付くとすぐに姿勢を戻して私の手を振り払った。
「だから、子ども扱いすんなって! ったく…!」
「まあまあ、でも本当にすごいと思いますよ」
「オレだってオンナの扱いは上手いんだぜ?」
「人間の女性の扱いはお察し……ですけどね」
「オ、オイッ!」
図星といわんばかりにうまのすけさんは動揺する。『オンナ』って……銃の事を『オンナ』って……。いや、でも私も人の事を言えないか。
「うまのすけさんがそんなアウトローな言い方するのは似合いません」
「何だと? 俺に女っ気がないってか?」
「いえ、どうせなら『レディ』とか……もう少し紳士的に」
「周りに『レディ』なんて言える様な淑女が現れてからの話だな」
「私は?」
そう聞くとそっぽを向いた。
「ねえ私は?」
もう一度聞くと無視していますと言わんばかりに私に背を向けて鼻歌を唄い始めた。
ちょっと悔しい。
「3秒数えますね。いち、にい……」
「うおッ、ここ、こんなところに素敵なレディが!」
「あらやだ〜」
うまのすけさんは慌てて振り返り、私を見ながらそう言った。思い通りになったのが嬉しくて、私はにっこり微笑んだ。
「食えねえ女だぜ」と呟いたのを聞き流し、再び銃の訓練を始めたのだった。
「外城君は居るかね?」
射撃訓練の休憩中、オウ様がいらっしゃった。私達は全員、休憩室でそれぞれお昼を食べている頃だった。私とうまのすけさんは2人でテーブル席に座り、一緒に昼食を取っていた。
「リーダーなら外に居ると思いますが」
「そうか、ありがとう」
うまのすけさんがそう伝えるとオウ様は外へ出て行かれた。
何か用があるのだろうか。明日からはオウ様の警護が本格的に始まるし、その話かな。
けどオウ様はどこかよそよそしいというか、とにかく違和感があるように感じた。気のせいだと良いけど。
「何ボーっとしてんだ? それ貰うぜ」
「あああ〜! わ、私の杏仁豆腐が!」
咀嚼しながら考え込んでいると、うまのすけさんが手に持っていたスプーンを伸ばして私の杏仁豆腐をさらっていった。一口って大きさじゃない。半分近い大きさをかっさらっていった。信じられない、あり得ない。
「何するんですか! 私の大事な栄養源を!」
ガタッと椅子から立ち上がってうまのすけさんに猛抗議。腕を伸ばしてうまのすけさん肩をポカポカ叩く。ちょうどいい所に当たっているのか気持ちよさそうにしているが、肩たたきではない!
「そんなに怒るなよ。栄養は主食で取れって」
「私の栄養源は糖分なんですー!」
「お前よくボディガードになれたな!? んじゃまあ、ちゃんと食ってしっかり働けよ?」
「そう言いながらまだ食べてるじゃないですかー!」
うまのすけさんはそう言いながらも未だ私の杏仁豆腐にスプーンを刺して二口、三口と食べていく。私が望まぬ肩たたきをして杏仁豆腐から手を離している間に、いよいよ最後の一口となってしまった。
「うまのすけさん酷い! もう無いじゃないですか!」
「……ほら、苗字」
うまのすけさんが掬った最後の一口を私に突き付ける。
「えっ……?」
「食えよ」
私の口元にずいずいとスプーンを近付けて、食べろと目で訴えてくる。
た、確かに食べたいけど。でもそれはうまのすけさんの使っていたスプーンで。もし食べたら、か、か、間接キス……!? な、な、何考えてるんだこの人は!
急に心臓がドキドキし始めて、私は今までの勢いが押さえられてしまった。
「食えって、最後の一口だぞ?」
「……わかって言ってますよね……」
「ハア? 何の事だかさっぱりだな」
ニヤニヤと、それはもう最高にいやらしく笑う男が居た。私の反応を見て楽しんでいる。純情で、ピュアホワイトで、穢れなき私の反応を。
「早くしねえと休憩終わっちまうぞ?」
「ううッ……!」
どちらに動こうともうまのすけさんの思う壺だと思うと、どうにも体が動かない。どうしたらいいんだ、どうしたらこの状況を打破出来るんだ。こうして戸惑っている時点で、すでにうまのすけさんの手のひらで踊らされているというのに。
挑発に乗るかのように、負けず嫌いな私は小さく口を開いた。
で、でも……そんな難易度高いこと、やっぱり出来ない……! だって私、ピュアだもん! ここは負けでいい。この羞恥プレイから逃げ出したい!
「や、やっぱり……うまのすけさんが、」
「全員、話がある。早めに食事を終えてこっちへ来てくれ。……なんだ苗字、まだ食べ終わってないのか? さっさと食え」
外城さんが休憩室へやってきて、返事をする間もなく私の背をトンと押した。死角だったのか、うまのすけさんがスプーンを差し出していたところが見えていなかったのだろう。
「んむッ!」
「あ」
その衝撃でうまのすけさんが持っていたスプーンは私の口の中へゴールイン。うまのすけさんも予想外だったらしく、小さく声を漏らした。
……うん、とろりとした食感とさわやかな甘みが口の中に広がる――じゃない。そうじゃない。今、私はそれどころじゃない。
「先に行って待ってるから、早く来いよ。内藤、お前もだ」
「お……ウッス……」
それだけ言って外城さんは休憩室から出て行ってしまった。
なんて事してくれたんですか外城さん! 見事にうまのすけさんとか、かか、間接ホニャララじゃないですか……!
心臓はもはやドキドキを超えてバクバクの絶頂リズミカルだし顔は熱いし額に変な汗をかいてきた!
「早くスプーン出せよ」
「……んっ」
ちゅぷ、という湿り気のある音と共に私の口からスプーンが抜かれた。
悪戯な笑みを浮かべてうまのすけさんは私を見上げる。
「美味かったか?」
「……まあまあですね」
「言うようになったじゃねえか。さっきまであんなに……」
「ほら、もう片付けてさっさと行きますよ!」
「……へいへい」
私は食べ終えた昼食のゴミを持ってテーブルを離れ、乱暴にゴミ箱に捨てて休憩室を出て行った。そのままうまのすけさんを置いて皆の元へ向かう。
――だから私は、気付かなかった。
後ろのうまのすけさんが隠すように手で押さえていた顔が、どれだけ赤く染まっていたかなんて。
(20120216)
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Smotherd mate