Turn.36
伝えたい事
訓練後、外城さんの号令により休憩室の隣室に全員が招集された。メンバーが揃ったのを確認し、皆で大統領のいらっしゃる官邸へと向かっう。
そして開いている一室を借りて、会議が始まった。
「皆も知っている通り我々は明日から各国に飛び回り、オウ様の警護が始まる。その配置などについての説明だ」
外城さんは全員に書類を回す。その書類には全員の配置がしっかりと書かれていた。
「基本的には俺と内藤がオウ様の傍に居る。この図だと俺が左で内藤は右だ。苗字、お前は隣接してある専用機の入り口だ。他の者はそれぞれ2名ずつ、各位置に配置してある」
私が専用機の入り口に?……なんだか大役を頂いてしまった気がする。
「とにかく周りに注意し、1人でも不審な者がいたら直ぐにインカムで知らせること。各自、この防弾アタッシュケースを足元に置いておけ。何かあったらこれを広げてオウ様を守るんだ」
外城さんは机に置いてあるアタッシュケースを持ち上げて広げる。使い方は簡単そうだ。
それからも、警護に関する説明は長く続いた。
「――以上だ」
3時間ほどの会議後、外城さんはようやく締めに入った。途中でオウ様がやってきて、重要な部分は聞いていたみたいだけど、演説以外の警護の話になると出て行ってしまった。
会議が終わり、それぞれがホテルへ戻る。皆がバラバラと部屋から出て行く中、私は外城さんの元へ行き、おずおずと質問をした。
「あの、演説中の配置なのですが……私がここでいいんですか? とても恐れ多いのですが……」
「ああ、良いんだ。皆、口に出さずとも苗字の能力を買っている。だからといって油断しないようにな」
「あ……ありがとうございます!」
「この1週間、銃の訓練で疲れただろう。今日はしっかり休んでおけよ」
「はい、失礼します!」
私は外城さんに深く頭を下げて、会議室から出て行った。
廊下に出るとうまのすけさんが私を待っていたらしく、私を見るなり寄りかかっていた壁から離れた。
「どうしたんだ苗字」
「いえ、配置に疑問を持ったので、ちょっと」
「ん? 何かあったのか?」
「……うまのすけさん、こんな重要なところで大丈夫かなあって」
「ふざけんなバカ! 大丈夫に決まってんだろうが!」
「冗談ですよ〜」
あははと笑うと、うまのすけさんは舌打ちをした。自分の実力を軽んじられることを人一倍嫌う人だ。誤魔化すとはいえ、ちょっと悪い事を言ってしまったかな。
すると、オウ様が廊下の反対側から現れた。
「会議は終わったかね?」
私もうまのすけさんもビシッと姿勢を直す。オウ様の質問に応えたのはうまのすけさんだった。
「終わりましたよ。何か御用ですか?」
「外城君は居るかい?」
「リーダーならまだ会議室に居ると思いますが」
「そうか、わかった」
短く返事をして、オウ様は会議室へ入って行った。
……最近オウ様はよく外城さんを探している気がする。そんなに大事な話があるのだろうか。
「オウ様も、リーダーをよく信頼してるよな。そんなにすげえか?」
「私はすごいと思いますよ。それに、信頼関係があるのは良い事じゃないですか」
「……まあいい、ホテルに戻るか」
うまのすけさんは先に歩き出す。その背中に妙な不安感が募るが、考えすぎだと信じたい。
ホテルに戻り、うまのすけさんと分かれて私は自室へ入る。明日からの準備をする為に荷物をまとめ始めたが、元々の荷物が少なかったのでそう時間はかからなかった。
今回はシングルルームなので、静かで落ち着ける。ジンクさんの時はうまのすけさんと同室で、大変な目に合ったからなあ……。
西鳳民国に来てからは1人になれる時間が少なかったので、今この時がとても大切に思える。
――さて、準備も終えたし、お風呂にも入ったし、後は寝るだけだ。
「ふふんふんふふん、ふふふふーん」
トノサマンのメインテーマを鼻歌で歌いながら就寝しようとベッドに近付くと、コンコン、とドアがノックされた。
時計を見れば21時過ぎ。こんな時間に誰だろう?……って、思い当たるのは1人しかいないや。
覗き穴から確認すると――やっぱり、だ。私はドアを開けて来客を迎えた。
「よお」
「夜這いですか? 間に合ってます」
「違えよバカ! 勘違いしてんじゃねえぞ」
うまのすけさんは手に持った携帯式のチェスボードで私の頭をコツンと叩く。
「明日から忙しくて暇がないからな、今のうちにチェスしようぜ」
「いいですね! 負けませんよ!」
これだから、うまのすけさんは好きだ。私が喜ぶ事を無意識の内にしてくれるものだから、自然と受け入れてしまう。
私はうまのすけさんを部屋に招き、テーブル席に案内する。椅子に座るうまのすけさんの反対側のベッドに私は腰を下ろした。テーブルに携帯式のチェスボードを広げ、駒を配置。
「始めるか」
「はい」
それからしばらくの間、うまのすけさんとチェスをしていたと思う。勝敗率は五分五分。時間など忘れて、真剣にチェスボードに目を走らせていた。
静かな空気が2人を包む。……不思議だ、いつもはうまのすけさんと2人で居るとドキドキするのにチェスを介すと自然と心が落ち着く。
「苗字、お前は日本に来て良かったか?」
「どうしたんですか、突然……」
たびたび会話はあれど、お互いに手は止めずひたすらチェスの駒を進ませる。
「いや、お前の気持ちが聞きたいだけだ」
「……私はここへ来ていろんな事がありました。大変な事や辛い事、苦しい事がいっぱいありましたが、それは全て私の成長の糧になったと思います」
「そうだな」
コツ、コツ、とチェスの駒の音が心地良い。
「そしてその糧はきっと、ここじゃなければ手に入らなかったと思います」
「……へえ」
「だから私は、日本に来て良かったです」
「そう思えてんなら、良かったぜ」
「はい、チェックメイトです!」
「あっ!……くそ、もう1回だ!」
「どうぞ、いくらでも」
私は口端を上げて勝利を堪能し、再び駒を並べ直す。
「苗字、俺はな……」
「何でしょうか」
私は盤面を読みながら、目は向けずにうまのすけさんの言葉に耳を傾ける。
「この仕事が終わったらお前に言いたい事がある」
「えっ……?」
思わぬ言葉に顔を上げると、うまのすけさんも手を止めて真剣な瞳で見つめてきた。
「気になります……今では駄目なんですか?」
その問いにうまのすけさんは首を横に振った。
「駄目だ。それにお楽しみがあるほうが仕事にやりがいが出るだろ?」
「さあて、どうでしょうかね?」
勿体ぶるところもうまのすけさんらしい。素直にハイと答えるのも癪なので、私はそっけなく放った。
「言ってろ。チェックメイトだぜ」
「へっ……? あ、あれ!? ウソッ」
いつの間にやらうまのすけさんに大分攻め込まれていたようだ。
どうしよう、これ以上逃げ場がない。……スマザード・メイト。窒息だ。
悔しいけれど、私は素直に負けを認める。心理戦も勝負の内だ。
「負けました……」
「今回は随分悪手だったな。動揺しちまったか?」
「まさか。最後に勝たせてあげようと思っただけです」
「ははっ、負け惜しみだな!」
「違いますもん!」
私は頬を膨らませてそっぽを向いた。うまのすけさんが椅子から立ち上がって近付いてくる。大きな手で私の頬に触れて、胸が大きく高鳴った。ドキッとしたのも束の間、頬を挟むように掴まれて口内の空気が抜かれた。
反抗心から再び頬に空気をいれるが、また抜かれる。何度空気を頬にいれて膨らませても、必ず抜かれる。
「っもう! やめてくださいよ!」
「ハハハッ! 面白れえ!」
「面白くないです! も、もう寝ますから、そろそろ出て行ってください!」
「チッ、仕方ねえなあ……寝坊すんなよ?」
「私の台詞です!」
チェスの駒を片付けてうまのすけさんに渡し、部屋から出て行く彼をドアまでお見送りする。
「……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
優しくドアを閉められて、私は緊張の糸が切れたかのように大きな溜息を吐きながら額をドアにくっつける。ひんやりと冷たくて気持ち良い。
「……気になるじゃないですか……ばか」
この仕事が終わったら、私に何を言うつもりなんですか?
もしかして、いやでも、まさか、ありえない。そんな言葉がずっと頭の中でグルグル回る。
でも、その時はちゃんと私も伝えたい。
ずっとずっと温めていた、私の気持ち。
「……好き」
私の唇が自然と、二文字の気持ちを紡いだ。
(20120216)
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Smotherd mate