Turn.37
不安も期待も
翌日からオウ様の警護が始まった。西鳳民国大統領専用機へ同乗し、スケジュール通り各国へ向かう。大統領専用機だから流石にハイジャックなんて起こらないだろう、という悪い冗談を交わす仲間の声も今の私の耳には入ってこなかった。
私の頭の中は、昨夜うまのすけさんに言われた言葉で一杯だった。
『この仕事が終わったらお前に言いたい事がある』
……思い出すだけで胸がドキドキする。
うまのすけさん、私に何の話があるんですか?
何度も頭の中で尋ねるけど、もちろん答えは返ってこない。本人に聞いた所で教えてくれないだろう。
6時間かけて到着した最初の国はボルジニア。
まずは大使館へ赴き、オウ様共々手厚い歓迎を受けた。その後、ホテルへのチェックインを済ませた。
「明日は遂に演説会が始まる。君達も休める内に休んでくれたまえ」
「「「ハッ!」」」
私達は交代制でオウ様のドアの前で見張りをする事になった。まずは私とうまのすけさんだ。いつもの組み合わせなのに……私だけだろうか、気まずく感じるのは。
そんないちボディガードの気も知らずに周りはマスコミらしき人影がちらほら見えるが、私達は一瞥もくれずに仕事に専念する。
深夜に指しかかった時、ようやく周りから人の気配が無くなった。
「うまのすけさん」
「何だ?」
小さな声でうまのすけさんに話しかけると、同じく声の音量を落として答えてくれた。
「私、見ちゃったんですよ……」
「何をだよ」
「大統領専用機のオウ様の部屋に……怪獣のぬいぐるみがあったんです……」
「……はあ?」
「可愛くないですか? あの怖そうなオウ様がですよ?」
「……苗字、あまり言ってやるな」
気を紛らわせようと他愛ない話を持ちかけてみたけど、どうやら駄目だったみたい。
その時、外城さんともう1人の仲間がやってきた。
「ご苦労、そろそろ交代の時間だ。お前達は休んでくれ」
「へっ。頼んだぜリーダーさんよ」
「よろしくお願いします、外城さん」
私とうまのすけさんはその場を離れ、それぞれの部屋へ戻って行った。休憩時間は明日の朝までだから今の内にゆっくり寝ておこう。
「――私はここに宣言しよう! あらゆる巨悪に鉄槌を!」
オウ様が拳を高く突き上げると共に聴衆からは歓声が沸いた。演説はうまくいっているようだ。
私達は指示された通りの配置でオウ様の警護に当たっている。見たところ、怪しげな人は居ない。インカムにも連絡は特に入って来ない。
こうして本日の演説会は無事に終わった。
その後の数日間、オウ様が観光案内や会食などの接待を受けて大忙しの最中も片時も離れずに護衛を続けた。懐の銃の出番が無いのは少し残念……っていやいやそれは良い事だよ。不謹慎だな、私。
それからも何ヶ国か回って演説会を行った。
大使館へ行っては歓迎を受けて会見を済ませ、翌日は演説会、その後は観光、会見、会食。やっと終わったかと思えば、すぐにまた別の国へ移動というハードスケジュール。
気付けばあっという間に2ヶ月が経っていた。
うまのすけさんとはあれから特に進展もなく、お互い仕事が忙しいせいで普通の会話もそうそう出来なかった。
私は、オウ様はもしかしたら非難を受けたり命を狙われたりするのではないかと危惧していたが、杞憂に終わりそうで少し安心する。
それどころか皆がオウ様の話をしっかり聞いてくれている。この調子なら西鳳民国が再び立ち上がるのももうすぐだろう。
「本日もご苦労であった。次の国までまだ時間がある、ゆっくり休んでくれたまえ」
「「「ハッ!」」」
「そして私から皆に渡したい物がある。受け取ってくれ」
そう言うとオウ様は傍に置いていた紙袋から包みを取り出しては、一人ずつプレゼントを手渡していった。
「観光中、私が君達一人ひとりへ思いを込めて買ったものだ。本当は最後の日に渡したかったんだが、今渡したくなってな」
「オウ様……!」
「ありがとうございます!」
「光栄です!」
皆がオウ様の気持ちに感動し、お礼を伝える。そういう飾らない気遣いこそがオウ様への信頼に繋がっているんだ。
やがて私の番になり、同じようにプレゼントを手渡してくれた。驚いたことに、私の手には2つの包みがある。
「苗字さんにはこれだ。観光地で貰ったものだが、私には使いどころがないものでな」
「えっ……、あ、ありがとうございます!」
オウ様から頂いた2つ目のプレゼントは綺麗な造花のコサージュだった。この国の国花らしい。
ああ、そうか、オウ様はお父さんに似ているんだ。立ち振舞いや堂々とした姿勢、威厳があるけどどこか優しさを感じ取れるような印象。まさに力強く包み込んでくれるお父さんのような感じだった。
「何浮かれてんだ」
「あ、うまのすけさん。これオウ様から頂いたんです!」
ウキウキしながら部屋に戻る途中でうまのすけさんに声を掛けられた。私は貰ったコサージュをうまのすけさんに見せびらかす。
「へえ、良かったな。似合うかは別としてよ」
「……うまのすけさん、本当に乙女心ってやつがわかってませんね!」
「おいおい、冗談だろうが。しかし本当に良い大統領だよな」
「ええ本当に。心から尊敬します」
私もうまのすけさんも……いや、きっとチーム全員がオウ様を尊敬していた。
また今日もとある国での演説会が終わり、私達は専用機へ乗り込んだ。外城さんは私達をひと部屋に集め、恒例の会議が始まる。
「明日からは俺達の母国、日本で演説会が終わる。それで最後だ」
もう最後になってしまったのか。これでオウ様とお別れと思うと寂しい。でもだからこそ、しっかりとオウ様を安全に西鳳民国へ帰したい。そして国民を安心させてあげたい。オウ様は長い間、祖国の為に頑張って働いてきた。そして無事に戻って来たから心配はいらない、と。
子どもみたいに安易な考えかもしれない。それでも私はただそれだけを願う。オウ様は私達だけでなく西鳳民国のお父さんだから。
「じゃあ、今日はここまでだ」
外城さんの言葉で本日の会議は終了した。専用機は離陸し、飛び立った。明日には日本に到着するだろう。
休憩室へ向かい、ドアを開けようとすると中から声が聞こえてきた。その先客は――うまのすけさんだった。誰かと電話しているみたい。邪魔をしてはいけないと思って引き返そうとしたが、そろそろ終わりそうな雰囲気だったので、私は少し待つことにした。
「……ああ、そうだな。明日には日本に着くぜ。でけえ仕事だが、カンペキにこなしてみせる。……おう、またな」
丁度電話が終わったようで、私はノックをしてから休憩室へお邪魔させてもらう。うまのすけさんがビクリと肩を震わせ、どこか強張った表情をしていたが、すぐにいつものうまのすけさんに戻った。
「誰かとお電話ですか?」
「ああ、草太から電話が掛かってきてな。ちっと話してたんだ」
「草太さん!? お元気そうですか?」
「今もサーカスでちゃんと働いてるぜ? 苗字にもよろしくってよ」
「わあ嬉しい! 頑張ります!」
「俺に言うなよ」
やれやれという表情を浮かべながらうまのすけさんは頬杖をついた。私はテーブルを挟んで反対側の席につく。
「もうすぐだな」
「……何がですか?」
「オウ様の警護に決まってんだろ。この仕事もそろそろ終わるだろ」
「あっ、そうですね……」
一瞬、胸が高鳴る。『もうすぐ』なんて言うから、ついうまのすけさんとチェスをした夜を思い出してしまった。
微かな動揺を見抜かれたのか、うまのすけさんの双眸が私をしっかり捉える。
「心配するな」
「え?」
「不安なんだろ? 最後に何か起こるんじゃないかって」
「あっ……」
勘違いさせてしまった。……でもそれで良い。私の気持ちにはまだ気付かないでいて欲しい。
「はい。でもきっと大丈夫ですよ。私達が居ますからね!」
「ああ、うちにはエースのクイーンが居るからな」
「え、それって私……?」
「他に誰が居るんだよ。外城か?」
うまのすけさんが柄にもなく私を持ち上げるので、つい聞き返してしまった。外城さんはクイーンというよりルークだ。
「明日は日本だ。母国だからって気を抜くなよ」
「はい、わかりました!」
うまのすけさんに忠告され、私は自分に気合を注入するように返事をした。……けれどやはり、何か良くない事が起こるような気がしてならない。
悪い事なんて考えない方がいいのに。しかしどうにも私は、不安で胸がいっぱいだった。
(20120217)
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Smotherd mate