Turn.38
守る人、守られる人
日本の大使館へ到着した私達はオウ様の警護を開始する。大使館での歓迎パーティーでひと通りの質問に答え、沢山のフラッシュを浴びるオウ様。それでも疲れた様子を見せないオウ様はやはり凄い人だと思った。
日もとっぷり暮れた頃にようやくパーティーは終わり、私達は一旦大統領専用機へ戻る事にした。
「2日後にはひょうたん湖公園で演説会を行う。各自、配置表と一緒に確認しておくように」
演説会当初に外城さんが配ってくれた配置表は穴が空くほど見てきた。それに加えて、日本のひょうたん湖公園での警護スケジュールの書類が配られる。配置は相変わらずだった。
「ではホテルへ戻るか。オウ様を呼んできてくれ。セキュリティルームにいらっしゃるだろう」
「はい」
外城さんの言葉にチームメイトの1人が我先にと動いた。
……ん? 今の人の声、聞いた事あったっけ?
私は嫌な予感がしたので、バレないようにその人の後をついて行く。
監視していると、セキュリティルームのドアをカードキーで開けた――ということはチームメイトのはずだが……。しかし、その男は背中を向けるオウ様に声を掛けず、途端にスーツを脱ぎ捨て、あろうことか懐から小刀を取り出した。
「待ちなさい!」
「ッ!」
すかさず大声で叫びながら男へ全力疾走すると、驚いた様子で振り返る。走りながら銃を取り出すが、男の方が動きが速い。突き出された小刀の切っ先を何とか銃のバレルで受け止める。
「くっ……!」
「なかなかの反応ですね」
細身だがしっかりとした体格。短い髪の毛の真ん中に白いトサカが控えめに生えており、口元には紳士風の髭、左目にモノクルをつけている。何より目を疑うのは、顔のど真ん中に縦に入った縫合の跡。一見優しそうな顔付きとは裏腹に、猛獣のような殺意をヒシヒシと感じる。年は、50はいっているのだろうが、非常に身のこなしが優れている。
男の感情のない顔がぐいっと近付く。その顔には全てを見透かされているような、得体の知れない恐ろしさがあった。恐怖に負けそうになるが、大きく口を開いて助けを呼ぶ。
「誰かっ! 誰か来てください!」
「苗字さん……!」
オウ様が不安そうな声で私を呼ぶが、今この男から目を離してはいつ命が無くなるかもわからない。小刀と銃で競り合って踏ん張りながらも、男の力は非常に強く、このままでは押し切られてしまう。
それでも私は守らなければいけない、オウ様を!
「苗字! どうした!」
「大変だ、皆こっちに来い!」
「オウ様、無事ですか!」
私の声に気付いた外城さんやうまのすけさん達が続々とセキュリティルームに入ってくる。外城さんは私と男が武器を手に戦っている様子を見て銃を取り出した。
「貴様、何者だ!」
「テメェ、苗字から離れろ!」
外城さんが動くよりも早くうまのすけさんが駆け付けてくる。
いけない、うまのすけさん……!
私は後ろへ下がって男と距離を取り、銃を構えて牽制射撃を試みる。だがそれよりも早く男は私の目の前までぬるりとやって来た。
――まるで世界がゆっくり流れているようだった。男の大きな手が私の首元に伸びる。このまま首を握られる。潰される。捻り殺される。たった一瞬の間が、私に死を予感させた。
諦めかけた瞬間、うまのすけさんが私の前に立ちはだかった。男の手は止まる事無く、うまのすけさんの首を掴んでそのまま絞め始めた。
「ぐっ、お、おォ……!」
「うまのすけさん! や、やだ……!」
このまま撃てばうまのすけさんに銃弾が当たる危険があり、外城さんやチームメイトが腕づくでうまのすけさんから男を引き剥がそうとした。しかし、それらをするりとかわし、うまのすけさんの首を更にきつく絞め上げる。
「ぐ、あ……かッ……!」
うまのすけさんは首をぎりぎりと絞められて苦しそうにもがき、口から涎を垂らして一生懸命抵抗するが敵わない。私は目の前の現実が現実のように思えなくて、ぐるぐると頭が追いつかないまま、それでも男に銃を向けた。外城さんも力技では無理だと思ったのだろう、接近して銃を構え直した。
「馬乃介さんを離せええぇ――ッ!」
私と外城さんが銃を撃ったのは同時だった。私は男の頭を狙い、外城さんはうまのすけさんを掴んでいる男の左腕目掛けて発砲した。
「くッ……!」
私の狙いは当たらなかったが外城さんの銃弾は命中したらしく、男はうまのすけさんの首を絞めていた手を離した。
うまのすけさんは背中から倒れ込み、男は包囲をくぐり抜けて外へと逃げて行った。その後を数人の仲間が追いかける。
私は倒れたうまのすけさんの傍にしゃがみ込んで大声で呼びかけた。
「うまのすけさん! しっかりしてください、うまのすけさん!」
苦しそうに呼吸をするだけで返事がない。
「内藤! しっかりしろ!」
「サブリーダー!」
「おい誰か、救急車を呼べ!」
他の人達も一生懸命声を掛けるが一切反応が返って来ない。あまりに受け入れたくない惨状に私自身も気を失いそうだ。これは、本当に現実なのか。私の見ている悪い夢ではないのか。
そんな現実逃避を繰り返したところで、うまのすけさんが起きるわけがない。私をかばったせいで、うまのすけさんの命が危うい。
目頭が熱くなり、じわりと瞳に涙が浮かぶ。鼻の奥がツンとして、喉が痛くて堪らない。心臓が急速に冷えて、凍り付いていくような感じがする。次第に自分の呼吸が荒くなり、肩で息をしながらにうまのすけさんの名前を叫んだ。
「うまのすけさん! 起きて! 目を開けてくださいよ!!」
ボタボタと零れる涙を拭うのも忘れて、うまのすけさんに呼び掛ける。けれど彼は目を開けない。
……ねえ、起きて下さいよ! この仕事が終わったら、私に言いたい事があるって言ったじゃないですか。……言う前に居なくなったら、私……絶対にあなたを許さないんだから!
私はうまのすけさんの顎を上げて鼻をつまみ、口を開かせる。そして思いっきり息を吸って、うまのすけさんの口から酸素を送り込んだ。
「苗字ッ……!」
「今救急車を呼びました! すぐ来ます!」
ゆっくりと息を吹き込み、ネクタイを外して胸部圧迫をする。何度も、何度も心肺蘇生法を繰り返す。その間もずっと、自分の心臓が張り裂けそうなくらい痛くて仕方なかった。
ふと、馬乃介さんの胸ポケットから何か赤い紐のようなものが出ていることに気付いた。それをするりと引っ張る。
「あ……あぁ……」
それは、私がうまのすけさんにクッキーをプレゼントした時に包んだ箱のリボンだった。
こんなものを、わざわざ大事に持っていたなんて。……どこまでも、あなたって人は……。
私はリボンをぎゅっと掴んで、再び人工呼吸と胸部圧迫を始めた。絶対に諦めない。
「う、まのす、けさ……! まの、すけさん……! お願いだから、起きてッ……!」
足も腕もガタガタになりながら、それでも名前を呼び続ける。
「――馬乃介さんっ!」
馬乃介さんは嘘つきだ。私を守ってやるって言ったくせに。お願いだから馬乃介さん、目を覚まして。いつもみたいに意地悪な笑顔で憎まれ口を叩いてください……。ナマイキな事を言う私を叱ってくださいよ……!
自分の涙が馬乃介さんの頬に次々と落ちる。気にせず、続けて彼に息を送り込んだ。
その時だった。
「――ゲホッ、……ゲホッ!」
「馬乃介さんッ!!」
「内藤!」
「サブリーダー!」
馬乃介さんが咳き込み、ゆっくりと目を開いた。虚ろな瞳は少しずつ光を取り戻し、唇をゆっくりと動かして喋り始める。
「……んだよ苗字、ひでぇツラだな……」
「良かった、馬乃介さん……無事で良かった!」
「……お前の声がうるせえから、起きちまったじゃねぇか……」
私はただ、馬乃介さんの瞳にもう一度私が映った事が嬉しくて、周りも気にせず馬乃介さんの胸で泣いた。力が抜けて自分から立つ事も叶わず、ただひたすら安堵の涙を流し続けた。
大統領専用機の外で休憩を取っていると、外城さんに声を掛けられた。
「苗字」
「あ、外城さん」
あれから数時間が経った。
うまのすけさんは病院へ運ばれ、オウ様を暗殺しようとした男には逃げられてしまったらしい。幸いな事に、オウ様は怪我一つ無かった。
「内藤を助けてくれてありがとうな」
「いえ、外城さんのお力が無ければあの男は……」
「だが結局逃げられてしまった。対策を考えないといかん」
「そうですね……。ところでうまのすけさんの様子はどうですか?」
「さっき病院から電話があった。すぐに復帰出来るだろう。そう重い怪我ではないし、内藤も咄嗟の行動だったから窒息へ陥ってしまったんだろう」
「そうですか……。なら良かったです」
私はひょうたん湖の柵に腕を乗せて寄りかかる。湖面は月の光が反射してきらきらと輝いていた。
「苗字、お前は内藤をどう思っている?」
「どう、とは?」
背後から問われた言葉に困惑し、外城さんへ振り返る。びっくりした。どうしてそんな事を聞いてくるのだろうか。
「そうだな……内藤を男として意識しているかどうかだ」
「……意識……」
「……苗字。俺は、内藤には勿体無いと思っている」
「えっ?」
意外な言葉に私は小さな声を上げた。
「苗字、お前は仕事熱心で真面目で向上心のある素晴らしいボディガードであり、女性だ」
「そんな事ありませんよ」
「そう謙遜するな。……だからな、苗字」
「外城さん。私はボディガードです。ただそれだけです」
違うんです、外城さん。
本当はいつも不安でいっぱいなんです。
弱くて、心細くて、自分の歩む道は間違っているのではないかといつも心配している。決して誰かに尊敬されるような人間なんかじゃない。
……でも、うまのすけさんを意識している。確実に異性として意識してしまっているんだ。
そこだけは完全に否定は出来なくて。
「……すみません、失礼します」
「苗字、一つだけ聞いてくれ」
「何ですか?」
「規則を守るボディガードである前に、お前は一人の人間だ。選択肢はいくらでもある」
「外城さん……。ありがとうございます!」
私は外城さんに一礼し、どこか安心したような表情を浮かべてその場を後にした。
***
「……まあ、わかっていたがな」
苗字が去った後、自嘲気味にため息を吐いた。
わかっていただろ、自分でも――あいつは内藤しか見ていないと。
お互い好き合ってるクセに、心の奥に触れるのが怖くてラインを超えられずに居る。見ている俺達はもどかしいんだってのに。
不器用な奴らだ。だから可愛げがあるんだろうな。不思議と愛着も湧く。
内藤、しっかり苗字を捕まえねえとぶっ飛ばすからな。だが、よくやった。……よく、苗字を守った。
お前は俺のリーダーの地位を羨ましがっていたが、俺はお前が羨ましい。肩書きなんかよりも、もっと大事なモンを手に入れたんだからな。
俺は心の中のシコリが無くなったかのように、どこかスッキリとした気分だった。
(20120220)
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Smotherd mate