Turn.39
残された不安
翌日、うまのすけさんは病院から私達の居る大統領専用機へ戻ってきた。
基本的に会議などは全て大統領専用機で行う。ホテルを取ってはいるが、寝る時やお風呂の時しか使用しない。
私達はミーティングルームに集まり、うまのすけさんが戻ってきたのを確認。元気そうなうまのすけさんを見る事が出来て安心した。首には固定用コルセットをつけていて、うまのすけさんは眉間に皺を寄せている。
「うまのすけさん、無事でよかっ……ぶふっ」
駄目だ。
笑いを堪え切れなかった。
「テメエ、今笑ったな」
「笑ってませんよ、ただのくしゃみです……うっ、……ふふ……」
「そんなくしゃみ聞いた事ねえよ! 笑えよいっそ! 笑えばいいだろ!」
そんな事を言うけどもし我慢せずに声あげて笑い出したら、怒り狂うか過度なツッコミを食らうかなんだろう。もうわかってる。
「内藤、お前が助かったのは苗字のお陰なんだ。命を救ってもらった事に比べれば笑われる事の一つやふた……ウブフッ」
「そうっすよサブリーダー! 苗字さん、めっちゃ頑張ってたじゃないです……ぐっ、ふふ……!」
「苗字さんが居なかったら死んでますね、サブリー……ふッ、へ……」
「お前ら全員はっ倒す!!」
遂にうまのすけさんが爆発した。私は一番に逃げ出して外城さんの背中へ隠れる。やっぱり最初は私を狙っていたのか、反対側にはうまのすけさんが来ていた。
「ふざけんな苗字! 卑怯だろうが!」
「ほら、うまのすけさん! ドウドウ!」
「ドウドウじゃねえよ! 人を馬扱いすんな!」
「あー……良いからお前ら席に着け。会議が始められんだろうが」
その調子なら大丈夫そうだな、と外城さんが言う。十分笑って満足したのか、他の皆が少しずつに席に座り始めたので、私も自分の席に向かう。
うまのすけさんとすれ違いざまに、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「……何で呼び方、戻ってんだよ……」
一瞬、ドキッとした。
けれど私は聞こえないフリをして、静かに椅子に腰を下ろした。
会議が始まり、私達は皆の前に立つ外城さんの話に集中する。
「皆も知っての通り、昨日、何者かの襲来によってオウ様の暗殺未遂が発生した」
昨日のことが鮮明に頭に浮かぶ。あれほど恐怖を感じたことはそうそう無い。
「調査した結果、奴は『虎狼死家左々右エ門』という100年前から存在する殺し屋だ。奴は3代目だが、相当な手練のようだな。今回は事なきを得たが、またやって来るかもしれん」
確かにあの男は今までと違う。ただ強いだけじゃない。『任務遂行』の4文字をしっかりと頭に刻み込んで機械の様に動く情なき殺し屋という印象を受けた。
「……というわけで、今回の配置は改めるつもりだ。今回のように俺達ボディガードに紛れ込んでいつ来るかもわからん。新しい配置表を配るから見てくれ」
そう言って配られた紙は、前回のものとまるっきり変わっていた。……専用機入口前の私以外。
「内藤はこの通り首を負傷して右を向けない。俺と内藤の位置が代わり、苗字は大統領専用機の入口のまま。他の皆は2人組みになって観客の前だ。いいな」
「「「ハッ!」」」
「という事です、よろしいですかオウ様」
外城さんが上座に座るオウ様に尋ねると、首を縦に振って口を開いた。
「うむ。皆の者、任せたぞ。そして内藤君、君が無事で良かった」
「ハッ。ありがとうございます」
うまのすけさんはオウ様の言葉にお礼を言う。うまのすけさん、何だか嬉しそう。
こうして本日の会議も終了。
明日はいよいよ最後の演説会だ。オウ様、どうか頑張ってください。
「苗字、時間あるか」
会議が終わった直後、うまのすけさんに呼び止められた。
「何ですか?」
「話がある」
うまのすけさんの言葉に、私達は専用機の一室へ移動して話を始めた。
「昨日は助かった。俺は意識を失っていたらしくてな、お前が何してくれたかってのは全部外城から聞いたぜ」
「……うまのすけさんが無事で良かったです」
「お前のお陰だ。本当にありがとうな」
珍しく、うまのすけさんが優しく笑みを浮かべた。
うう、何だか調子が狂う。素直なうまのすけさんも良いけど、私はそんな風に素直になれない。意地っ張りで臆病で弱虫だもの。
「あっ、そういえばうまのすけさん。私、これファーストキスなんで」
「ハア!?」
だから、そんな冗談で空気をぶち壊す。うまのすけさんは笑顔から一変し、驚いた表情を浮かべた。心なしか顔が赤い気がする。
「大事にしてくださいね」
「ば、バーカ! 人工呼吸なんかキスのうちに入らねぇよ!」
「あれー? 照れてるんですか? まさかうまのすけさんもファーストキ……」
「うるせえ! 人がせっかく感謝してるってのに!」
本当にごめんなさい。でもそんなしんみりした空気は、今は欲しくないんです。
でもやっぱり、こういう方が私とうまのすけさんらしいや。
「そうだ、うまのすけさん。これ、お返ししますね」
「!!」
ポケットから赤いリボンを取り出してうまのすけさんに差し出すと、ぎょっとしたような顔でそれを見つめた。さっきから表情豊かですね。
「大事に持っていてくれたんですね」
「だ、だ、黙れアホ!」
いつもの暴言を吐きながらリボンを奪い取って自分の胸ポケットにしまった。
あーあ、顔が真っ赤ですよ、うまのすけさん。
「それ、すっごいお守りになりますからね。大事にしてくださいよ?」
「わ、わかってるっての! もういいだろ! じゃあな!」
うまのすけさんは部屋から逃げるように飛び出して行ってしまった。
私が言うのもなんだけど、うまのすけさんって意外と純情だなあ。
「はぁー……」
1人になった室内で、大きく溜息を吐きながら壁にもたれかかる。手を胸に当たると、いつもよりも大きく脈を打っていた。
「私だって、ドキドキしてるんですからね……」
その夜のホテル。
私は何だか眠れなくて、チェスをしようとうまのすけさんをの部屋へ訪れた。ノックをしてみるが返事はない。部屋には居ないらしい。
この時間帯はオウ様の警護じゃないはずだ。どこかに出かけたか、もしくは既に寝てしまっているのか。どちらにせよもう遅い時間だし……やっぱり私も部屋に戻って就寝を試みよう。
そう思って踵を返した時――通路の向こうから声が聞こえてきた。
足音を立てないよう、その声がする方へ歩いて行く。扉が僅かに開いている。ここから声が漏れているのか。しかし中は薄暗い。
「……頼む、君しか居ないんだ。外城君には断られてしまってね」
「……わかりました、俺がやります」
外城さんに断られた? 何の話だろう。詳細が聞きたい。もう少し近付いてみよう。
「……外城も、コマとして利用してやるんです」
「ありがとう。君ならやってくれると思ったよ、内藤君」
「……もちろんですよ、オウ様の為なら暗殺計画くらいどうってことないです」
「ッ!?」
暗殺計画!? オウ様と、うまのすけさんが!?
驚きのあまり声が出そうになってしまい、咄嗟に両手で口を塞いだ。
「誰だ!」
オウ様がそれに気付いたのか、ドアの外へ向かって声を荒らげる。もちろん返事はない。
「……気のせいでしょう」
「そうだな、では戻るとしようか」
「ハッ」
まずい、足音がこちらに近付いて来る! どこか、隠れる場所は……!
慌てて周りを見回すと、視界に入ったのは隣の部屋。すぐにドアを開けて中に潜み、息を殺す。2人分の足音が徐々に近付き、そして離れていく。
どうやらそれぞれの部屋へ戻って行ったようだ。私はゆっくりとドアを開け、一人呟いた。
「どういう事……?」
オウ様とうまのすけさんが暗殺を企てている?……一体、誰を? それは先日のコロシヤの件と関係があるのだろうか?
出来ることならすぐに追いかけてうまのすけさんを問い詰めたかったけど、もし彼の銃口が私に向けられると思うと怖くて踏みとどまってしまう。仕方なく、今夜のところは自分の部屋へ戻ることにした。
胸のざわめきはやまないまま、夜は更けていった。
(20120221)
[
←
|
title
|
→
]
Smotherd mate