Turn.41
逆転スピーチ 後編
セキュリティルームを出たら、うまのすけさんが外城さんに銃を向けていた。
『外城はすげえヤツだ、俺よりリーダーに相応しいって。だが心のどこかで、それを認められねえ自分が居るんだ』
以前、うまのすけさんが言っていた言葉が頭によぎる。私は一目散に、うまのすけさんの元へ駆け出した。
「だめ――ッ!!」
外城さんに銃を向けているうまのすけさんに飛びかかり、一緒に床に転がる。
「うおォっ!?」
「苗字!?」
その勢いのままマウントポジションを確保し、力づくで銃を奪い取った。そして手を振り上げ――ビンタもとい張り手。
「痛ェッ!」
「何してるんですか! バカ!」
涙目で強く怒鳴りつけると、うまのすけさんは頬を赤く腫らしながら私に抗議した。
「おまっ……俺、怪我人だぞ!? 首が右に曲がんねえのにビンタすんなバカ!」
「関係ありませんよそんなの!」
私達がぎゃいぎゃいと騒いでいると、外城さんが私の肩を叩いた。今度は彼に視線を向けると、外城さんは眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「落ち着け苗字。お前は誤解している」
「……へ?」
「そうだよアホ! 良いから降りろ! 重い!」
「……へ、えぇ?」
私は相当間抜けで情けない顔をしていたと思う。へなへなと力が抜けて、うまのすけさんの腹の上から体をどかす気も起きない。
すると外城さんが手を貸してくれたので、その逞しい力を頼りに立ち上がる。うまのすけさんもすぐに体を起こした。
「どういう事ですか?」
「良いか、よく聞け苗字」
急かすように外城さんに尋ねると、静かに説明を始めた。
***
『……オウ様は苗字がセキュリティルームに連れて行った。もう大丈夫だな』
『ああ』
『しかし、内藤。何故オウ様の提案を引き受けた。一歩間違えれば大事故になるんだぞ』
『チッ……やっぱアンタにはバレてましたかい』
『あれだけ近くで発砲してれば嫌でも気付く』
俺が指摘すると内藤はバツの悪い顔をした。だが悪びれる様子もなく、むしろ開き直る。
『まぁいいじゃないすか。怪我人は居ないんだし、結果オーライですよ』
『そういう問題ではない。オウ様に頼りにされて嬉しい気持ちはわかる。だが関係のない者を巻き込むな!』
『うるせえな! 元はと言えばアンタが断ったのがいけないんだろうが!』
内藤はそばにあったテーブルを強く叩いた。その振動に、置いてあったボールペンやペットボトルが転がって床に落ちる。諌めるつもりが火に油を注いでしまったようだ。
『それに元から2発しか入れちゃいねえよ!』
そう言って内藤は銃を取り出した。銃をくるくると回しながら背中から前へ投げてキャッチし、俺に銃を向けた。
『……おい、何だそのアクションかっこいいな。どうやったんだ?』
『あ?……仕方ねえっすね。こうっすよ』
俺は銃口を向けられたことよりも内藤のガンアクションの格好良さに衝撃を受けて、懐から銃を取り出そうとした。
同時にセキュリティルームのドアが勢いよく開き、苗字が現れた。
『うまのすけさんと外城さん! 何して……ッ!』
***
「……というわけだ」
その話が終わった時、私は両手で顔全体を覆っていた。……恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。とんでもない誤解をしてしまい、さぞ今の私は非常に滑稽だろう。
怪我人のうまのすけさんにタックルをかまし、マウントポジションからビンタもとい張り手の連続コンボ。『穴があったら入りたい』というのはこういう時に使うんだなってわかりました。
「わかったかい、ウッカリ屋さん?」
「うう……ごめんなさい……」
ニヤニヤと口元を歪めて見てくるうまのすけさん。でも、誰だってあんな場面を見たら勘違いしてしまうに決まってる! 紛らわしい事をする方が悪いんだ……!
「苗字、オウ様の様子は?」
「今はセキュリティルームに避難しています」
外城さんに聞かれて、私はハッとしたようにオウ様の存在を思い出した。
「よし、行くぞ」
「はい!」
外城さんとうまのすけさんと一緒にセキュリティルームへ入る。室内はとても静かで人の気配が全くない。
「まさか、また殺し屋が……?」
嫌な予感がして、3人で必死にオウ様の名を呼びながらくまなく探す。
その時、ベッドがガタンと動いた。
「!?」
ベッドへ近寄ると、下からはみ出ている紫の布がもぞもぞ動いていた。布地全体がベッドの下から姿を現すと、それは紛れもなくオウ様だった。
「も、もう銃声はないかね」
「オウ様! 良かった、ご無事でしたか……!」
「申し訳ありませんオウ様、今度は離れないよう、用心します」
「う、うむ。私は銃声が苦手でな……しかしこの騒ぎ、どうすれば良いだろうか」
今頃は生中継で西鳳民国大統領暗殺事件発生とか、騒がしい事になっているのではなかろうか。
その時、私は1つの案を思い付いた。
「あの、非常に苦しいとは思いますが……」
「皆の者! 私は無事だ!」
大統領専用機からオウ様が私達ボディガードを引き連れて出てくる。演説台の階段下には我々の仲間がアリ1匹通さないようにと立っていた。その周りにはマスコミと聴衆の姿。オウ様の姿を確認するやいなや歓声が上がる。
オウ様は台に立つと、演説を再開した。
「先程の件についてまずは弁明させて欲しい。我々は各国を回り演説会を開いてきた! そこで今回、日本が最後の演説会となったが故にこちらでサプライズを用意したのだが、」
オウ様は腰に手をあてて、考え込むようなポーズを取る。
「……見事に失敗してしまった。実はそのバルーンがサプライズだったのだが、紙吹雪を入れ忘れクラッカーの音のみで、ただ破裂しただけに終わってしまった。申し訳ない!」
眉を下げながら、困ったような笑顔でそう言った。見た目すごく怖そうな人が実は茶目っ気ありで、しかも一般市民を喜ばせるための仕掛けが失敗しちゃったなんていうドジっ子ギャップ萌え。
聴衆からは嫌味のない笑い声が漏れて、私たちはほっと胸を撫で下ろす。
良かった、少し苦しい言い訳だけどどうにか収められそうだ。謝罪を兼ねつつ、今度こそ無事に演説会は終わりを告げた。
「皆、ご苦労であった」
演説会を終えたオウ様と警護を完了させた私達は大統領専用機へ戻った。
ああ、これでオウ様ともお別れなんだ。随分と長い間一緒に居たから、そんな日が来るのか疑う時もあったけれど、やっぱりここで終わりなんだ。
最後にとんでもない騒ぎを起こしてしまったけど、それでも私はオウ様を尊敬している。
「オウ様、西鳳民国へお戻りになってもどうぞお元気で」
「うむ、またボディガードが必要な時は君達に頼むとしよう」
そこまでの信頼を私達に寄せてくれていたのかと思うと感無量だ。
必要でない時でも声を掛けられれば飛んで行きたいものだが、実際そんなことは出来ないよね。
「残り数日ほど日本に滞在して観光する予定だ。それと映画へ特別出演する事になった。今度こそ最後の仕事だ、よろしく頼む」
「「「はい!」」」
全員で、オウ様の言葉に何度目かわからない力強い返事をする。
オウ様、いつの間に映画の話なんて出たんだろう。もしかして今回のお茶目な件でスポットが当たったのだろうか、なんて。一国の大統領が日本の映画に出演だなんて、最後の思い出としても大変素晴らしい。
あとほんの数日間しか一緒に居られないけど、悔いの残らない様に立派に仕事を成し遂げたい。
(20120222)
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Smotherd mate