Turn.42
大統領である前に
本日からオウ様は映画の撮影で忙しくなった。
私達は早速英都撮影所へ同行する。現場はすでに準備が整っており、オウ様は関係者の方達と挨拶を交わした。
「この度は恐れ多くもご出演の申し出を受けてくださりありがとうございます」
「うむ。よろしく頼む」
監督の方がとても緊張しているのがよくわかる。私も初めはそうだったなぁ。
そんなやり取りを見守っていると、見覚えのある少年が私に近付いてきた。
「名前! アンタ、名前だろ!」
「詩紋君じゃないですか! 久しぶりですね。水鏡さんはお元気ですか?」
「ああ、母さんは今仕事中なんだ」
「お前この映画に出んのか?」
私と詩紋君が久々の対面に喜んでいるとうまのすけさんが寄ってきた。
こうして見ると何だか年の離れた兄弟みたいだ。
「フン、主役だ。その、名前は相変わらず、なんていうか、き、綺麗だな」
「ありがとうございます。詩紋君もかっこよくなりましたね! ツノまで生やしちゃって」
詩紋君は牛の角のようなものを頭に付けていた。全く違和感を感じないのは詩紋君の役者力ゆえだろうか。指先で角をつっつくと詩紋君は照れくさそうにツノに触れながら説明した。
「こ、これは映画の特殊メイクで……」
「へえ、そうなんですか! よく出来てますね〜」
「お前にゃお似合いなアイテムじゃねえか。年相応ってヤツだな」
「何だと!?」
うまのすけさんってば大人げない。うまのすけさんにもそのツノが似合うだろうに。詩紋君と睨み合ううまのすけさんの首根っこを掴むと、「何で俺ばっかり」と睨まれたが、その反論はいかがなものか。
「詩紋さーん! 移動するのでこちらへお願いします!」
スタッフの女性が詩紋君の名前を呼ぶ。そろそろ出番のようだ。
「ほら詩紋君、呼ばれてますよ」
「ああまたな、名前! それと馬の兄貴!」
「はい、頑張ってくださいね!」
「おいコラ! 馬の兄貴ってなんだ!」
「プッ、そのコルセットよく似合ってるぜ!」
そう言って詩紋君はスタッフの方へ走って行った。
詩紋君、以前と違って明るくなった気がする。無理をしていないし、子供が持つ本来の元気と明るさを感じて安心する。
そんな私の隣では、うまのすけさんが怒りから肩を震わせていた。
「まあまあ、おうまのすけさん」
「お前もフザけんな、『お』を付けんじゃねえ!」
『う』はいいんですか、うまのすけさん。心の中でツッコミながら私達は仕事を再開した。
それから数日後。
撮影は順調に進んでいき、ようやく今日で終わりを迎えた。かと思えば、私とうまのすけさんはオウ様に呼び出され、彼の待つ大統領専用機のセキュリティルームへ失礼する。
「来てくれたか」
室内に居たオウ様は椅子を回転させて私達の方へ体を向けた。うまのすけさんが早速用件を聞こうと口を開く。
「話とは何でしょうか」
「実は今夜、とある人と大切な話がある。よって、今夜の警護担当である君達は外れてくれ」
「えっ」
私は短く声を上げた。
何の話かと思えば……警護無しだなんて、本当に大丈夫なのだろうか。コロシヤの件もあった手前、そうやすやすと受け入れられる内容ではない。
「ビッグタワーで話をするだけだ。問題無い」
「ですが……」
「苗字」
私の言葉をうまのすけさんが制す。仕方なく私は口を閉じ、うまのすけさんに任すことにした。
「ではせめて、どなたとお会いするか教えて頂けませんかね」
「悪いが、それも教えられぬ」
「……オウ様。本当に宜しいんですか?」
うまのすけさんがオウ様に問い掛ける。オウ様は曇りなき眼でただうまのすけさんの双眸を見つめ、迷いを感じさせない真っ直ぐな言葉を吐き出した。
「うむ、心配無用だ」
「わかりました。では失礼します」
「うまのすけさん!?……し、失礼します!」
うまのすけさんが一礼して踵を返すので、私も慌ててオウ様に頭を下げて部屋を出ようとした。うまのすけさんがドアに手を伸ばした時、再び背中越しに声を掛けられた。
「待て。君達に聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
うまのすけさんはドアから手を離してオウ様に向き直る。それに合わせるように私も振り向くと、オウ様は複雑そうな表情を浮かべて手を組んでいた。
「君達は『嘘』をどう思う?」
「嘘、ですか?」
オウ様の問い掛けの本質がわからなかったが、私は自分の思ったままの言葉を返す。
「私なら本当の事を言って欲しいと思います。その方がお互いスッキリします」
「そうか……」
私の回答にオウ様は眉間に皺を寄せた。彼にとってはあまり気持ちのいい答えではなかったのかもしれない。
「ったく、だからお前は青いんだよ苗字」
「なっ、どういう事ですか!」
「人間生きてりゃ色々あるんだ。……俺は、嘘は2種類あると思っています。『自分の為の嘘』と『人の為の嘘』。大事なのは『嘘をつかない事』じゃなく『嘘をつき通す事』だと思います」
うまのすけさんが珍しく真面目な事を話し出したので、私はびっくりしながらもその内容を聞き入ってしまった。
「その『嘘』が大きいもんだったら突き通して『真実』にしちまえばいいんですよ。人の為の『嘘』であるなら尚更ですね。そんでもって……それを最後まで背負うのは自分自身ですよ」
そうか、そういう考え方もあるんだ。私は最初から『嘘』自体を否定してしまっていた。誰しも嘘をつかずに生きているわけではない。私だってこれから先、『嘘』をつかねばいけない時がくるかもしれないのだ。
「ならば別の質問だ。仮に私が『ニセモノ』だとしたら君達はどうする?」
オウ様がニセモノ?
つまりオウ様の存在自体が『嘘』だったという事かな。……やっぱり真意はよくわからない。けど私にとってのオウ様は、この数ヶ月一緒に居た――目の前に座っている彼であって、それ以外の何者でもない。
「オウ様はオウ様ですよ」
「む?」
私の言葉にオウ様は顔をしかめた。
「大統領としてのオウ様や私生活でのオウ様。世間的にも色んなオウ様が居ますが、私にとっては一緒に居たこの期間全ての貴方が紛れもなく本物です」
「頭がこんがらがるような事を言うなよ」
「うまのすけさんの頭が処理に追いついていないだけです!……要するに本物とか偽者とか関係なく、今私達の目の前にいる貴方がオウ様なんです」
「まあ何となくはわかるけどよ」
言いながら自分でも頭がこんがらがってきた。うまのすけさんの言葉に比べて、自分の何と幼稚なことか。……ちょっと情けない。
けれどオウ様はしばらく真剣に考え込んだ後、優しい笑みを浮かべながら顔を上げたので、私も少しは役に立ったかなとホッとした。
「うむ、君達の意見は参考になった。ありがとう」
「はい、それでは失礼します」
私とうまのすけさんは頭を下げ、今度こそセキュリティルームを出て行った。
「……結局、来ちゃいましたねぇ」
夜、私達はビッグタワーの屋上にある屋台に身を隠していた。
「いいだろ、俺達の役目はオウ様を守る事なんだ。それに、ああでも言わなきゃあの場は収まらなかった」
「『人の為の嘘』ってやつですか。早速活用してますね。突き通さないといけませんよ?」
うまのすけさんは得意気にヘッと笑う。あらかじめ人払いを済ませているせいか、私達以外に誰も居ない。50階建てなだけあって、風が強くて肌寒い。本当にオウ様はこんな所で話をするのだろうか。
半信半疑だったけど、早くも出入り口からオウ様と1人の女性が現れた。
(って、水鏡さんじゃないですか)
(ああ。しかしあの2人に何の接点があるんだ?)
(さあ……。でも話の内容なんかどうでもいいじゃないですか。とりあえずオウ様を守れれば)
(……だな)
声を潜めながら2人を見守る。相手が水鏡さんであれば特に警戒することはないだろう。
会話が止まったかと思えば、水鏡さんは手に持っていた黄色い花をオウ様に渡した。頭を下げて、出入り口に向かって行く――が、足を止めて半身振り返り、口を開いた。
「では、いつか我が子にもお会いしてくださいね。実の父親として」
「ああ、その時はまた日本に来よう」
オウ様が頷きながら答えたのを確認すると、水鏡さんは屋上から室内へと戻って行った。
水鏡さんの姿が見えなくなると、オウ様は切ない表情を浮かべながら丸く輝く月を見上げていた。
(わがこ……我が子って事か?)
(実の……父親……!?)
そこだけハッキリと聞こえた。水鏡さんのお子さんといえば詩紋君のはず。つまり……
(まさかっ、うまのすけさん!)
(ああ、間違いねえな! こいつは驚きだぜ……)
(水鏡さんとオウ様は夫婦で、その子どもが詩紋君だったなんて!)
私とうまのすけさんはあまりの衝撃に開いた口が塞がらないまま放心していたのだった。
「では皆、世話になったな」
翌日。
大統領専用機内にオウ様とチームの全員が集合していた。オウ様の言葉一つひとつをしっかりと胸に刻み込む。ふと見ると、テーブルの上に黄色い花が飾られていた。
それは昨夜、水鏡さんがオウ様に渡した物だった。
私とうまのすけさんは出歯亀根性でオウ様のプライベートに踏み込んでしまった。そこだけは確かに猛省している。けれど、その花がきっと3人をまた結びつけてくれるのだろうと思うと何だか嬉しさがこみ上げてきた。
「内藤君も、ようやくコルセットが取れたようで何よりだ」
「ぐっ……、ド、ドーモ」
うまのすけさんは今朝方病院へ診察に行った際、コルセットを外す許可が出たらしい。オウ様の言葉でみんなに笑いが起きたが、うまのすけさんだけは何とも言えない顔をしていた。
「外城君、君を筆頭に皆に助けてもらった。本当にありがとう、大変感謝している」
「我々もオウ大統領の警護という偉大なる仕事を完遂する事が出来て光栄です。またいつでもご用命下さい」
外城さんがびしっと決めてオウ様に頭を下げた。2人が固い握手を交わした後、オウ様は義理堅い事に私達一人ひとりにも声を掛け、手を握ってくれた。
「オウ様もどうぞお元気で居て下さい」
「本当にありがとうございました、貴方と居られて貴重な経験が身に付きました」
「自国へ戻られても我々を忘れないでください!」
皆が思い思いの言葉をオウ様に伝える。これが最後だから、悔いのない別れをしなければ。……いや、どんな別れをしようとも後悔は必ず訪れる。今この瞬間、自分にできる精一杯の言葉をオウ様に贈りたい。
「オウ様、本当にお世話になりました。離れるのが惜しくて堪りません。……本当のお父さんみたいで大好きです。国は違っても、私はずっとオウ様を応援しています!」
最後の握手。最後の言葉。オウ様は全てが終わって肩の荷が下りたかのような、晴れやかな笑顔を私達に見せてくれた。
もう会えないかもしれない。会えたとしてもこうして話すことは出来ないかもしれない。けれど私にも皆の心にも、今日までの記憶はいつまでも残っている。だから悲しむ必要なんてどこにも無い。
私達は専用機から降りて、ドアの前に立つオウ様を見守る。
「では皆、さらば! また会おう!」
「「「はい!」」」
ドアが閉まり、大統領専用機は浮上して高い空へと飛んで行ってしまった。
やがて飛行機が見えなくなり、外城さんが口を開いた。
「よし皆、会社に戻るぞ。報告書を書き上げた者から退社だ。3日間は休みだからあと少し踏ん張れ」
外城さんの言葉に従い、皆で会社へ向かい始める。全ての仕事終わりに早速報告書を書かせるなんて外城さんもかなりのスパルタだ。今までも毎日のように書いてきたけれど……何だか急に現実に引き戻された気がする。
私はいち早く報告書を書き上げて退社準備をする。その間、うまのすけさんが何やら睨んでいたけど気にしないようにした。
真っ直ぐに自宅へ帰り、リビングに寝転がる。何ヶ月ぶりかの我が家はやっぱりとても落ち着く。けれどまだどこか非現実な感覚が身にまとう。あんなに色んな国へ飛び立ったというのに、帰って来てしまえばここはただの日本で、いつもの私の家だ。
うまのすけさん含む他の人達はまだ書いている最中だろうな。もしくは書き終えた後に打ち上げに行ってたりして。流石にそんな元気、私は無いな。
そういえばうまのすけさん、この仕事が終わったら私に話があるとか言ってた気がする。……マズイ、先に帰って来てしまった。あ、だから睨まれてたんだ。
そんな事を考えながらゴロゴロしているとインターホンが鳴った。
「はーい」
返事をして立ち上がり、玄関へ向かう。カメラで確認すると、肩で息をしているうまのすけさんの姿が映っていた。頑張って報告書を書いたんだろうなとか、走って来たのかなとかいう言葉よりも、ただ驚きで一杯だった。
玄関のドアを開け、うまのすけさんに声を掛ける。
「どうしたんですか、うまのす……」
――瞬間、私はうまのすけさんに抱き締められて、思わず言葉を失った。
(20120222)
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Smotherd mate