Turn.44
ひと時の休息
今日は馬乃介さんと草太さんの3人でご飯を食べる約束をしている。10時に私の家に集合だ……って、どうして私の家が集合場所に選ばれるんだろう。もはや恒例だ。
部屋はあらかた掃除したし、お茶の準備もオッケー。後は2人を待つだけ。
ピンポーン、とタイミングよくチャイムが鳴った。やって来たのは私が待っていた馬乃介さんと草太さん。
「おはよう名前ちゃん!」
「よっす」
「おはようございます馬乃介さん、草太さん!」
ふと、草太さんの笑顔が一瞬固まったような気がしたけれど……気のせいだよね。
「久しぶりだね名前ちゃん。会いたかったよ」
「私も会いたかったですよ、草太さん!」
草太さんに抱きつこうと腕を伸ばし、草太さんも私を受け入れようとした。が、直前で体がピタリと止まる。何事かと思えば、馬乃介さんが私の襟首を掴んでいた。
「おいこら苗字。草太は俺みたいに鍛えてねえんだから、無害なフリをして抱きつき様に骨を折るようなマネはするなよ」
「何言ってるんですか! しませんよそんな事!」
「そうだよ馬乃介。それに俺だって鍛えてるし」
ムッとしながら馬乃介さんに反論する。仕方なく私は腕を下ろし、気を取り直して2人を部屋に上がるよう促す。
「さ、どうぞどうぞ」
部屋へ招き入れてリビングへ案内。キッチンで3人分のお茶を入れて、座って待っている2人の元へ持っていく。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「あー……」
馬乃介さんがはっきりしない声を出す。もしかしてだけど、馬乃介さん、あなた……。
「その通りだ」
「やっぱり何も考えてなかったんですね。というか、何も言ってないのによくわかりましたね」
「お前の顔がそう言ってたからな」
さすが馬乃介さん、よく見てらっしゃる。やっぱり付き合いが長いと顔を見るだけで考えている事もわかるのだろうか。それか私の顔はよっぽどわかりやすいんだろうな。
「あれ? 名前ちゃん、可愛い花を飾ってるね」
「あっ、それはですね……!」
草太さんが指をさしたのは、壁に掛かっている私のスーツの胸元についている造花のコサージュだった。私はそれを手にとって草太さんに見せる。
「西鳳民国のオウ様から頂いたんです。大切な物なので、いつも肌身離さず持ってるんです! 流石に仕事中は着けられないのでポケットにしまってますが」
「へえー、綺麗だね! 見せてくれる?」
「はい、どうぞ」
私はコサージュを草太さんに渡した。珍しいものを見るように色んな角度から覗き込んでいる。
「オウ様も女心がわかってるよな」
「当たり前ですよ。馬乃介さんよりずっと大人の男性なんですから」
「その減らず口にはお仕置きが必要みてぇだな」
片方の口端を上げてニヤリと笑う馬乃介さん。あ、これは後でいじわるされるパターンだ。私にはわかる。
「名前ちゃん。お茶のおかわりくれる?」
「はい、わかりました」
草太さんの言葉に私は立ち上がり、ティーポットを手にしてキッチンへ向かう。すると何故か馬乃介さんもやってきた。
「お前まだ銃とか置いてんのか?」
「まあ、ありますけど……でもリビングには置いてないですよ、んっ」
お茶を淹れつつ馬乃介さんの方に顔を向けると、唇が重なった。突然のキスに動揺して体が震える。しかしすぐに唇を離し、馬乃介さんはニッと笑った。
「ゴチソウさま」
すぐに背を向けて馬乃介さんはキッチンから出て行く。
もしかしてそれだけの為に付いてきたのか、馬乃介さんは。この場に草太さんが居ないからって、し、心臓に悪すぎる……! いきなり何してくれるんだ、馬乃介さんは……! どうしよう、顔赤くなってないかな。……大丈夫みたいだ。でもまだ心が落ち着かないから、少し時間を置いてから戻ろう。
リビングに戻り、みんなのカップに再びお茶を注ぐ。馬乃介さんが含みを帯びた笑みで私を見てくるので何だか腹が立ち、馬乃介さんのカップだけ飲みくちギリギリまで注いでやった。
コサージュは草太さんの手元を離れ、私のスーツの胸元に戻されていた。
「オウ様から贈り物なんてすごいね。大事にしないとね」
「はい、もうずっと身に着けますよ」
草太さんの言葉に、私は大きく頷く。オウ様を思い出す度に嬉しい気持ちが溢れてくる。
「そうそう、名前ちゃん達が出張してる間に新作が出たんだよ」
そう言って草太さんが取り出したものはトノサマンのDVD。私が見たことのないパッケージだ。
「ト、トノサマン!」
「名前ちゃんが喜ぶと思って。これあげるね」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろんだよ、なんなら早速観る?」
「えっ、あっ、でも……!」
すごい観たい。でも、この時間を私の趣味で費やしてしまって良いのだろうか。そう思うと素直にハイと言えない。
「いいんだよ、俺も観たいし。それにその為に今日は早めに来たんだよ」
「なんだ、そうだったのか。草太が10時とか言い出すから何事かと思ったぜ」
この時間を提案したのは草太さんだったんだ。
どうやら草太さんなりのサプライズプレゼントを企画していたようだ。じゃあこれは、厚意に甘えなければ逆に失礼だ。勿体無い。
「わかりました、観ましょう! 草太さん、ありがとうございます!」
DVDを抱きしめながら草太さんにお礼を言うと、草太さんはほのかに頬を赤らめて可愛くはにかんだ。
「ううん、どういたしまして」
このオンナ顔負けの笑顔、こうかはばつぐんだ! 早速私は嬉々としてトノサマンのDVDをプレイヤーに突っ込み、鑑賞会を始めた。
「おおう……やはりトノサマンは素敵ですね!」
「ああ、爽快だな!」
「俺はアクダイカーンの方がいいな」
「えーっ!」
トノサマンのDVDを見終わり、それぞれが感想を放つ。馬乃介さんはトノサマン派で、草太さんはアクダイカーン派なんて意外だった。
「なんでアクダイカーンがいいんですか?」
「うーん、悪役に徹しているところかな」
「うう、確かに格好良い悪役ですが……」
どっちかというと草太さんと馬乃介さんの好きなキャラは真逆な気がする。どう見ても馬乃介さんがアクダイカーンだよなぁ。
「何だその顔は。まるで俺がトノサマン好きなのがいけねえみてえだな?」
「ぎくぅっ! そんな事ないですよ!」
「『ぎくぅ』じゃねえよ!」
「まあまあ、それよりお昼はどうする?」
「あっ、そうですね。時間もちょうどいいですしね」
「俺は和食だな」
提案したのは馬乃介さん。私も同意見だ。
「実は私も和食が食べたくて」
「俺も、和食かな」
みんな揃って和食と言い出した。3人で目を見合わせていると、馬乃介さんが言った。
「そりゃお前、トノサマン見たからだろ。和食美味そうだったからな」
「なるほど、馬乃介さん冴えてますね」
「じゃあ行こうか」
3人の意見は一致したので、近くにある和食料理屋へ向かった。
食事中はとにかく会話が弾んだ。
ハイジャックの話。
西鳳民国での仕事の話。
オウ様の話。
草太さんの日本での話。
話しても話しても足りなくて、私はずっと口を動かしていた。馬乃介さんはたまに相槌を打ったり、あくびをしたり、聞いているのかいないのか。けど草太さんは楽しそうに話を聞いてくれていた。
気付けば外は夕焼け空になっていて、随分長い事そのお店に居たようだ。会計を済ませてお店の外に出ると、草太さんが真っ先に口を開く。
「俺、今日はこのまま帰るね」
「わかりました。またお話しましょうね!」
「もちろん。じゃあね、名前ちゃん、馬乃介」
「おう」
手を振り、草太さんは足早に帰ってしまった。残された私と馬乃介さんも帰ろうという流れになった。
「家まで送って行ってやるよ」
「え、いいですよ」
「遠慮すんなっての」
「いえ遠慮とかじゃなくて」
「おら行くぞ」
(本当にこの人は話を聞かないな……)
こうして私は馬乃介さんに自宅まで送って貰う事になった。隣を歩く馬乃介さんの体格に胸がドキドキしてしまう。
私の心より体の方がよっぽど素直だ、と静かに息を吐いた。
「なんだよ、ため息なんかつきやがって。そんなに嫌か?」
「ち、違います! そういうわけじゃないというか、……乙女のプライバシーに踏み込んではいけないんですよ!」
「何が乙女だか」
「もう! そうやって……」
私が文句を言おうとすると、手を握られた。指が交互に重なり合い、馬乃介さんのゴツゴツした太い指に緊張する。びっくりして口ごもってしまい、私はそのまま素直に馬乃介さんに引っ張られて行った。
気まずい沈黙を破るように、私は話し掛けてみる。
「草太さんと馬乃介さんはいつからお友達なんですか?」
「……知りたいか?」
振り向いた馬乃介さんの顔はいつもの笑顔じゃなく、どこか影を帯びていた。切なそうな瞳が微かに揺れる。
「聞いちゃ駄目でしたか?」
そんな雰囲気が出ていた。しかし馬乃介さんは首を横に振った。
「お前になら話しても良いかもしれないな」
「えっ?」
馬乃介さんは私の家へ向かう足を止め、別の方向へ歩き出したので私も歩みを変えざるを得ない。
オウ様から頂いたコサージュが、鞄の外側で小さく揺れた。
(20120302)
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Smotherd mate