Turn.45
彼の過去
私と馬乃介さんはおなじみのひょうたん湖公園へ行きベンチに座った。夕焼けで赤く染まる公園内にはちらほらと人が居た。馬乃介さんは周りを見渡してから、静かに話し始めた。
「俺と草太は施設で育ったんだ」
「そう、だったんですか……?」
予想外の言葉に、私はありきたりな言葉しか返せなかった。
「2人きりの親友だったのに、俺はアイツに罪を犯した」
罪という重い単語に、今度は言葉を飲み込む。……私は本当にこの話を聞いてしまっていいのだろうか。馬乃介さんは何だか辛そうな顔をしている。
……ならやっぱり私も、彼の辛さを受け止めるべきだ。
「大丈夫です馬乃介さん。どんな事があったとしても、あなたを受け止めます」
「……サンキュー」
馬乃介さんは薄く笑みを浮かべたが、すぐに笑みが真剣な眼差しになる。
「俺と草太の父親は有名なパティシエで、お菓子のコンテストに出場したーー」
ぽつりぽつりと、馬乃介さんの口が彼の過去を紡ぎだした。
***
俺と草太は幼馴染だった。
それも父親同士が仲良かったからだ。俺達は自分の父も互いの父も尊敬していた。
だが俺達の父親は、決して優しくはなかった。仕事第一だったんだろうな、最初はそりゃあ寂しかったが……次第に慣れたさ。
パティシエだった親父はある日、ダンスイーツという番組の人間が開催したコンテストに出場することになった。草太の父親もアメ細工職人だったから一緒に出場していた。
俺の親父も草太の父親も勝ち進み、決勝まで残った。そして最後の決勝の日、俺達は親父達の応援に行こうと思っていたんだ。
だが……
『草太くんを縛って動けないようにして欲しい』
親父にそう頼まれた。
理由はわからなかった。
出来ることならそんな事したくなかったが、親父の鬼気迫る顔が俺をそうさせた。従わなければ今その場で俺の存在すらも危ういとさえ思わせた。俺はまだ小学生で、親父に逆らえるわけもなかった。
そして俺は草太を親父の車内に連れて行き、動けないように縛り付けた。草太は泣きながら俺に頼み続けた。
『僕が行かないと駄目なんだ、まのすけ、お願いだから外してよ』
だが俺は親父が怖くて、聞こえないフリをし続けた。
辛かった。胸が張り裂けそうだった。
父親と友人、どちらを取れば良いのか俺にはわからなかった。
友人を取ったところで俺はどうすればいい? まだほんの子どもだ。他の大人に言うとか警察に逃げるとか……そんな事、何も思いつかなかったさ。
何よりも俺は親父に捨てられる事を恐れたんだ。
結局、俺は草太を縛ったまま逃げないように隣で見張っていた。草太も次第に諦めたのか、何も言わずにただ震えていた。
その後の事はよく覚えていない。
***
――これが、馬乃介さんの罪?
隣を見ると馬乃介さんは指を交互に手を組んで目元を覆っていた。微かに息が乱れている。
その手にそっと自分の手を重ねると、馬乃介さんは優しく握り返してくれた。悲しそうな笑顔でこちらを見つめる。
「親父はその後、戻っては来なかった」
「……どういう事ですか?」
私を捉える馬乃介さんの瞳は暗く、深く、冷たいものだった。
「そのコンテストの最中、親父は殺された」
「えっ……!?」
穏やかでない言葉に驚き、重ねた私の手がびくりと震えた。
「犯人はコンテストの主催者らしいが……名前なんざ忘れちまったな」
「…………」
「……車の中で意識を失った俺達を見つけたのは警察だった。俺達は記憶障害になっていたようでな、その時の記憶も曖昧なんだ。全部警察から聞かされた話で、親父の記憶もおぼろげだ」
「……そうなんですか」
「唯一の手がかりと言えば、この指輪だ」
そう言って馬乃介さんは、右手の中指にはめていた指輪を外して私に見せた。それは銀の星型の指輪で、『PH』と彫られていた。
「PHって何ですか?」
「ああ、それは俺の親父の別名らしい」
「別名?」
「親父はパティシエだったが、彫刻家でもあったらしいぜ」
そっと返すと馬乃介さんは再び指輪をはめた。
「それから草太の父親もどっか行っちまった。俺達は2人して両親を失い施設に入れられたんだ。だから内藤って苗字も元々のもんじゃねえし、なんかしっくりこねえ。だが昔の苗字は忘れちまった」
「馬乃介さん……」
「けど名前はちゃんと俺のモンだぜ?」
「わかりますよ、それくらい」
ハハッ、と馬乃介さんが笑った。でもその笑い声も今はどこか力ない。あまりに暗い話を聞かせたせいか、馬乃介さんなりに気を遣って冗談を言ったのだろう。
「……草太がこの事を覚えてるかはわからん。もしかしたら俺の事を憎んでいるかもしれない。それでも俺にとってあいつは親友だ。あいつだけが俺の傍に居てくれたんだ」
「馬乃介さん……私も、傍に居ますからね」
そう言って私は馬乃介さんの肩に寄り添い、肩に頭を乗せる。
ずっとこの人の傍に居てあげたい。
少しで良いから、安心させてあげたい。
「……おう」
「馬乃介さんは悪くありません。まだ子どもだった……それは仕方の無い事です。きっと草太さんもわかってくれますよ」
そうだといいな、と馬乃介さんは小さく呟いた。
「馬乃介さんの手の届く範囲で頑張ってください。でも無理はしないでください」
「おいおい、難しい注文だな」
「馬乃介さんなら大丈夫です」
大丈夫、大丈夫、と何度も言う。あなたが自信を取り戻して、これからも前を向けるように。
馬乃介さんの右腕が私の肩を掴んでさらに引き寄せた。更に縮まる距離、密着する胸元に鼓動が少しばかり速くなる。
「……馬乃介さん?」
「もう少しここに居ろ」
「へ?」
「いいだろ、明日も休みだしよ」
「仕方ないですね。居てあげても良いですけど?」
「ヘッ、本当はお前も居たいんだろうが」
「あらら、バレましたか?」
きっと馬乃介さんは自分の過去の話をするのが初めてだったのだろう。その相手が私だと思うと嬉しくて、頼りにされてるんだなって心が満たされる。
「馬乃介さん」
「何だよ」
「少しと言わず、ずーっと傍に居ますよ。何日、何ヶ月、何年、何十年経っても」
馬乃介さんに笑顔を向けながら、今の思いを伝えた。普段は言えないような言葉を言うのは緊張するし、相手が馬乃介さんだと余計に胸がドキドキする。
すると馬乃介さんの顔が近付いて私に優しく口付けをした。顔を離すと嬉しそうにニッと笑った。
「当たり前だ、バーカ」
「バカじゃないです!」
「バカだろ。わざわざ人生踏み外すような道を選んでんだからな」
「何を言いますか。順調な人生設計ですよ?」
得意げに馬乃介さんを見つめると、馬乃介さんはム、とした顔をしてから再びくしゃっと笑って「やっぱりバカだ」と言った。
(20120302)
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Smotherd mate