Turn.46
真実は歩みだす
翌日。身なりを整えてから家を出る。昨夜の馬乃介さんの過去の話を聞いて、思い立ったことがあった。
馬乃介さんと初めて会った時、『意地悪そう、怖そう』という印象だった。
でも本当は違った。
本当は誰よりも優しくて、強くて、頼りがいがあって……そして、辛い過去を今までずっと1人で抱え込んできたんだ。
私に出来ることがあるならば何でもしてあげたい。馬乃介さんの力になりたい。
歩きながら携帯電話を取り出して、とある人のアドレスを探す。
……ん? あれ?
「……ない?」
ない! どこを探してもない!
「そう言えば私、御剣さんとアドレス交換してなかったー!」
ガーン、と頭に衝撃が走る。
いや、交換していたつもりだったんだけどな! 気の所為だったのかな!? いいやこうなったら検事局へ直接向かおう。
そして私はタクシーを呼び止めて、単身で検事局へ向かった。
目の前には大きな検事局が立っている。こうして眺めると、ビルの高さには改めて圧倒されてしまう。
「アポなしで来ちゃったけど、御剣さん居るかなぁ……」
西鳳民国に行く前に話した時、彼が検事をしていると聞いた。何か事件に巻き込まれたら呼んでくれとも言ってくれた。
「うぅ……でも入るの怖い……」
「そこのアンタ! 何してるッスか!」
検事局の前で行ったり来たりを繰り返していると、後ろから野太い声で怒鳴られた。振り向くとそこに居たのは、薄汚れたコートを着たヒゲ面の男性。顎には絆創膏、耳には赤鉛筆を乗せている。赤鉛筆って……今時こんな人居るんだ。
「怪しいッス! 見るからに怪しいから逮捕するッスよ!」
「ええー!? 私、怪しい者じゃないですよ!」
「怪しい奴は決まってそう言うッス! さあこっちへ来るッス!」
その男性は内ポケットから警察手帳を見せた後、私の腕を強く掴んだ。
け、警察!? この人刑事なの!? どうにかして誤解を解いて、御剣さんに会わないと!
「だから違うんですってば! 私は……!」
御剣さんに会いに来ただけ、と反論をしようとした時だった。
「何をしている、糸鋸刑事!」
ご本人が私達の前に現れた。ちょうど検事局から出てきたところのようだ。
「検事! 外に怪しい女がウロついていたので事情聴取を!」
「待ちたまえ、彼女は私の知り合いだ」
「ハッ、では連行する……ってええー!? そうなんスか!?」
「いいからその手をさっさと離したまえ。さもないと刑事の給与査定が今よりも酷い事になるだろう」
「は、離すッス! 申し訳ねッス!」
御剣さんの言葉に急いで私の腕を離した刑事さん。とりあえず誤解は解けたみたいだ。それにしても給与査定をどうにかする権限があるなんて、御剣さんって偉い人なのかな。
「うム、私は彼女と話がある。刑事、君はさっさと署に帰りたまえ」
「ええ! でも自分も御剣検事に用があって……」
「後で聞こう。名前さん、こちらへ」
「は、はい」
シュンとうなだれている刑事さんを置いて御剣さんは検事局へ踵を返した。慌てて私も局内へ入ろうとしたら、刑事さんが私に謝罪した。
「アンタ、すまなかったッス! 後で何かお詫びをするッス!」
「いえ、無事に御剣さんと会えたので大丈夫ですよ。気にしないで下さいね」
それだけ言って急いで御剣さんを追い掛けた。
あの刑事さん、そそっかしいけど真面目だなぁ。きっと仕事熱心なんだろう。
検事局へ入るとすぐロビーで御剣さんが私を待っていた。
「名前さん、急にどうしたのだ?」
「実は御剣さんにある事件の資料を見せて頂きたくて」
「事件? 何かあったのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「ふム、しかし部外者の者に事件の資料を見せるのは……すまないが……」
「無理を承知で、どうかお願いします! 私は真実を知らなければいけないんです!」
御剣さんに深々と頭を下げる。御剣さんの「ム……」という迷っているような声が聞こえた。
名前を呼ばれるが頭を上げるつもりはない。頼れるのは御剣さんだけなんです、と頭を下げたまま再度頼み込む。
「……わかった。立ち話もアレなので私の部屋へ行こう」
「御剣さん……!」
「話は後で聞こう。今は黙って私に付いて来てくれたまえ」
「はい、ありがとうございます!」
御剣さんにお礼を告げ、再び深々とお辞儀をする。そして私は前を歩く御剣さんの後に付いて行った。
エレベーターでどこまで上がるのかと思えば、まさかの12階という高さ。1202号が御剣さんの仕事部屋らしい。
室内は綺麗に整頓されたガラス張りの書棚、壁には豪華な装飾の付いた服が飾られていて、チェスボードまで置いてある。無駄なものが一切ない御剣さんの部屋を見て、自分の部屋と比べてしまう。
「ここが、御剣さんの仕事場ですか?」
「あまりジロジロ見ないで頂きたい」
「あ! あれはトノサマンのフィギュア!?」
「そ、それはその……とにかく、そういうアレは困る」
窓際にトノサマンのフィギュアが飾ってあったので、つい反応してしまった。気恥ずかしさを紛らわせるかのように御剣さんが口を開く。
「話を戻そう。それで名前さんは何の事件が知りたいのだ?」
「実は……内藤馬乃介の父親の事件について資料があればと思い、御剣さんを訪ねました」
「君の同僚の父親の事件か。何故私の所へ?」
「警察署へ行ったところで取り合ってくれないでしょうし……御剣さんは優秀な検事とお聞きました。頼れるのは御剣さんしか居なくて……」
話しながら、自然と拳を握りしめていた。
私、勝手に馬乃介さんの過去を探ろうとしてる。
すごく最低な行為だと思う。それでもやっぱり、真実を知らなければいけない。
馬乃介さんのお父さんを殺した人は留置所へ居るらしい。会いに行こうかと思った。でもそんな勇気はなかった。
どうして馬乃介さんのお父さんは殺されてしまったのか、私は全てを明確にしたい。
…………違う。
結局私は、彼の過去を暴こうとしてるだけだ。
不透明な部分を、彼が必死に隠して生きてきた部分を、私が土足で踏みにじろうとしているだけなのだ。
ここまで来たのに、御剣さんが協力をしてくれるところまで進んだというのに、未だに私は心の何処かで迷っている。ああもう、私というやつは、どこまで臆病で根性がないんだ。
「名前さん……?」
御剣さんが不思議そうな顔で私を見つめる。
そこで気付いた。自分が泣いている事に。
「あ……私……」
「……何か、あったのか?」
「いえ、その……ごめんなさい私……やっぱり……」
「それでいいのだな?」
全て言う前に御剣さんに問われ、私は目を見開いた。目の前に立っている御剣さんは、いつものようにどこか優しさを帯びている彼ではない。"検事"としての御剣さんだ。
「君は真実が知りたくてここへ来たのだろう? 今更何を恐れる必要があるのだ。真実は何も怖くない」
「けど……」
「初めて名前さんに出会った時、君は女性であるがゆえの凛々しさを持ち、真っ直ぐに前だけを見ていた。だが今の君は目の前の真実に怯えている。何が君を弱くした? 君はその様な人間ではなかったはずだ」
「……」
「例え真実が君を裏切ったとしても、君はそれを受け止めなければならない。その覚悟が今の君にあるとは思えない」
非常に痛い言葉だ。
今の私に真実を受け止める覚悟があるのだろうか。
「名前さん。君は目の前にある真実をみすみす逃していいのか?」
「ッ……!」
御剣さんの言葉で、私は自分の信念を思い出した。
馬乃介さんの全てを受け入れると言った言葉は嘘偽りなんかではない。
彼を受け入れるためには、真実を知らなければ先へ進めない。
「ここで諦めれば、君は永遠に何も手に入れられないだろう」
「……御剣さん、私に真実を教えてください!」
「フッ……、良いだろう」
それから、御剣さんが取り出した資料は《IS-7号事件》というファイルだった。それが馬乃介さんのお父さんが殺害された事件の名前。
被害者はコンテストの出場者の1人、氷堂伊作。
犯人はコンテストの主催者、天海一誠。
現場に置いてあった『PH』の彫刻品は形見として遺族へ渡された。その遺族と言うのが当時小学生だった馬乃介さん。馬乃介さんはそれを指輪にして今も身に着けている。
「この事件には続きがあるのだ」
「なんですか?」
「実は先日、IS7号事件を私が解決した」
「御剣さんが? でも、これは18年前の事件では……?」
「まだ続きがあるだろう。そこを読みたまえ」
御剣さんの言葉通りファイルをめくる。そこには衝撃的な事実が隠されていた。
「これは……!」
「そう、真犯人は風見豊。猿代草太の父親だ。先日、正式に逮捕した」
「そんな……これが真実だって言うんですか!?」
頭からサッと血の気が引く。私は事件の真相を信じられず、ファイルを持つ手に力を込めた。
「氷堂氏を殺害後、風見豊は猿代草太を置いて海外へ逃亡。両親の居ない猿代草太と内藤馬乃介はその後、施設へ入所させられた」
「……これが……」
「君の求めていた真実だ」
草太さんのお父さんが、馬乃介さんのお父さんを殺した。
公式の捜査ファイルを見ても尚、私は自分の目を疑っていた。本当にこれは私が知っていい事だったのだろうか。今となっては後悔の念に駆られて仕方がない。
もしかしたら馬乃介さんは気付いていたのだろうか。草太さんも、もしかしたら……。いや、記憶障害があったと言っていたし、やはりここで考えたところで何もわからない。
「馬乃介さんが目を背けていた真実を私が蘇らせてしまったんですね」
「それは違う。名前さん、君が負い目を感じる必要はないのだ」
「いえ、良いんです。……事件の資料、ありがとうございました。御剣さん」
ファイルを御剣さんに返す。お礼を告げて御剣さんの執務室を出て行った。
とても喉が苦しい。上手く呼吸が出来ない。目に溜まっている涙を零さないようにしながら検事局の外へ向かう。
今すぐに馬乃介さんの傍に行きたくて仕方ない。
けどそれは、思いがけない形で叶わぬ事となったのだった。
(20120304)
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Smotherd mate