Turn.47
最後のオポジション 前編
御剣さんに《IS-7号事件》の資料を見せてもらい、私は真実を知った。それは私に天地がひっくり返ったような衝撃を与えるものだった。
呆然としながらゆっくりと検事局を出て行く。外へ出ると既に空は夕日で赤く染まっていた。
「……あ、偶然ですね」
検事局を出てすぐに声を掛けられた。その人物は私の良く知る相手だった。
「え? ああ、これはあくびですよ。ちょっと眠くなっちゃって……」
私の瞳が潤んでいる事に気付いたらしく、指摘されたが適当にごまかす。
「……え、話ですか? ああ、ご飯はこれからですが……良いですよ、お付き合いします」
大事な話があると言われたので、私は快く承諾した。そういえばお昼も食べていなかった。思い出したように空腹感を感じながら、私は彼と並んで歩き始めた。
***
「……何してんだアイツ」
俺は残り少ない休日を名前と過ごそうと思い電話をかけるが一向に出る気配がない。何度かけても繋がりやしねえ。仕方ねえ、不貞寝でもするか。
「チッ、ふざけんなよバカ名前……」
ベッドに飛び込んで再び目を瞑り、そのまま視界は暗闇に溶け込んでいった。人間、疲れてる時はどれだけ寝ても足りねえもんなんだな。俺は名前が夢に出てくる事を期待しながら眠りについた。
「……んが?」
気付けばまた相当長い間寝ていたようだ。俺は携帯の着信音に気付いて飛び起きる。
もしかして名前か!? 携帯の画面に表示された名前の名前を確認する。喜々として通話ボタンを押した。
「おい名前! お前何して……」
『名前? そのお姫様なら今、俺の隣で寝てるけど?』
……誰だ?
声がくぐもっていてよく聞こえねえ。いや、違う……これはボイスチェンジャーを使っている。どうやら男みたいだが、まさか名前は一緒に居るのか?
「何だテメエ、誰だ!」
『秘密。でもここへ来たら教えてあげる。来ないなら、お姫様は死んじゃうかもね』
「ふざけるな! 場所はどこだ!」
『教えたらつまらないだろ? でもノーヒントも辛いよね。じゃあ1つだけ。……ここはすごーい高いから、落ちたら絶対に死んじゃうね』
「テメエ……今すぐ行ってやる! 首洗って待っていろ!」
電話口の相手に噛み付くように吠えると、相手はケタケタと楽しそうに笑った。
『ちなみに、警察とかに連絡しない方がいいよ。そしたら君にとって大事な人が2人死ぬ。……草太君、だっけ?』
「草太まで居るのか!?」
俺にとって大事な奴を2人も手に掛けようとするなんざ、どこまでも汚え野郎だ。
『さて、おしゃべりはここまでにしようか。じゃあ待ってるよ、ナイトさん。タイムリミットは午前0時』
「おい待て!」
俺の制止も聞かず相手は勝手に通話を終了した。即座にかけ直すが、電源が落ちているという自動メッセージが流れてくる。
「くそっ!」
慌てて時計を見ると既に21時。
俺はすぐに家から飛び出して、まずは名前の自宅へ向かった。
「名前! 居ねえのか!?」
名前の部屋のチャイムを何度も鳴らすが反応がない。ドアは鍵が閉まっているし、叩いても名前を呼んでも返事がない。嫌な予感が次々と俺を襲う。
誘拐犯が提示したヒントの『高い場所』という言葉を思い出す。
もしかして、屋上か?
そう思いついた俺はすぐに階段を上ってマンションの屋上へ向かった。
……しかし、屋上には誰も居ない。人の気配も感じない。そうだよな、こんな単純な場所に居るわけがない。
マンションから飛び出して他に屋上のある場所を探し始めた。人目の事を考えれば、マンションの可能性は低い。となると、デパートか? だがデパートの方が余計に人目があるだろう。もしかしたらどこかの廃ビルかもしれない。
「屋上なんていくつあると思ってんだ、クソッ!」
文句を言っている時間はない。とにかく探さなければ。どこだっていい、名前と草太が無事でいるならば。
***
「馬乃介さんと連絡は取れましたか?」
ベンチに座って待っていると、私から携帯を借りて少し離れたところで電話をしていた彼が戻ってきた。私は彼から自分の携帯を受け取る。
「うん、取れたよ。携帯を家に置いてきちゃってさ。助かったよ」
「構いませんよ。ところで、ここで一体何の用事があるんですか?」
「ちょっとね……」
言葉を濁す彼の曖昧な態度に小首を傾げる。聞いちゃいけないことだったかな。
「馬乃介さん早く来るといいですねー」
「なんか忙しそうだったよ。もしかしたら遅くなるかもね」
「じゃあ迎えに行きませんか?」
私がそう提案すると、彼は両手を振って慌てて言った。
「ムリムリムリ! 俺、方向音痴だからさ!」
***
「ハァッ、ハァッ……!」
駄目だ、どこにも見当たらねえ! どこに居るんだよ! 名前、草太!
いくつもの屋上という屋上を見て回るが、名前も草太も犯人らしき奴も居ない。
背中と額から大量の汗が流れている。息が乱れて上手く呼吸が出来ない。俺は一旦、足を止めて膝に手をついた。
「くそっ……!」
バクバクと激しく脈を打つ心臓を落ち着かせようと、深く呼吸をする。
腕時計の針はすでに23時過ぎを指していた。あと1時間も無い。
ここから探せる場所なんか他にあるのか? ほとんどのデパートやビル、マンションは探した。
そもそもあいつはそんな簡単に誘拐されるのか?
「……!」
そうだ、冷静になって考えろ。あいつは……名前は昔っから護身術だのなんだのって鍛えてきた。ほんのちょっと腕の立つ野郎に誘拐されるような女じゃねえ。大人数の男にだって引けを取らない強さを持っていた。
じゃあ、誰が誘拐した?
そういえば、俺は電話の時に名前の声を聞いていない。
何故誘拐かと思ったかって、名前の携帯から着信があったからだ。
――名前は本当に誘拐をされたのか?
犯人の男は『誘拐』とは一言も言わなかった。つまり、名前が気を許し、携帯を貸したり、その様子を傍観できる相手……。
「まさか……」
頭に浮かぶ人物が信じられず、俺は空を仰ぐ。真っ暗な空の中に浮かぶ丸い月が、柔らかな光を零していた。
ああ、こんな綺麗な月はあの日見た以来だな。確かオウ様がビッグタワーに行った時も……
「!!」
そうだ、俺はまだビッグタワーの屋上に行っていない! 何でそんな場所を忘れていたのか、俺は自分を憎んだ。
冷静さを失いすぎなんだよ、クソ!
「ここからだと……くそっ! 30分以上かかるじゃねえか!」
タクシーを探そうと周りを見渡すが、なかなか見つからない。こうしている間にもあいつは危ない目に遭っているのかもしれない。
「ざけんなよ……! 俺があいつを、名前を守るって誓ったんだ!」
俺は額から流れる汗を拭って、再び走り出した。
***
「わっ、もうこんな時間ですね」
気付けば時計の針は23時半過ぎを指していた。大分話に花が咲いてしまったようだ。気付けばこの場所には私達以外に誰も居なかった。
「本当に馬乃介さん、ここに来るんですか?」
「うん、来るよ絶対に! だってアイツ、ナイトだろ?」
「あはは、何ですかそれ。 確かにチェスのナイトみたいな髪型ですね」
「……それよりさ、こっちにおいでよ。一緒に夜景見ようよ」
「はい!」
私はベンチから立ち上がって屋上の柵の方へ歩き出す彼に近寄った。屋上からの町並みは光り輝いて、夜景の美しさに目を奪われてしまう。
このタワーは50階という高さなので眺めも最高だ。下を見ていると、あまりの高さに身が竦んで、心臓がひゅっとする。このままどこかに飛んでいってしまいそうだ。
「もうすぐ0時だね」
「そうですね」
私、何をしてるんだろう。
知ってはいけない真実を知って虚ろな心のまま、何となく彼について来てしまった。
馬乃介さんを放ってこんな場所に居ていいんだろうか。
彼の傍に居てあげたい、けど真実の扉を無理矢理こじ開けてしまったという後ろめたさが胸を締め付ける。
それでも私は……馬乃介さんに会いたい。
「あのやっぱり私、馬乃介さんを探して……」
「名前ッ!!」
その時、背後から聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。びく、と体が跳ねて振り返る。
馬乃介さんは私と、隣りに居る彼をジッと凝視している。
出会っていけない2人が出会ってしまったような気がした。私が真実を知ってしまった事など2人は知らないのに。
「名前、こっちへ来い!」
「えっ、ど、どうしたんですか?」
やけに焦っている馬乃介さんの元へ走り出そうとしたが、背後にいる彼に腕を掴まれてしまった。
そのまま両腕を引っ張られ、後ろ手に押さえ付けられる。
「痛ッ…! な、何で…!?」
「お前が名前を誘拐した犯人だったんだな!」
「えっ、誘拐……?」
「名前を離しやがれ、草太ァ!」
……私は草太さんに誘拐されていたの?
何が何だかさっぱりで頭の回転が追いつかない。
けれど私の腕の自由を奪っているのは紛れも無く草太さんで、でもその草太さんの顔はさっきまで私と一緒に楽しくご飯を食べて、遊んで、会話をしていた彼とは全く違っていた。
(20120306)
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Smotherd mate