Turn.5
ひょうたん湖公園にて
父の友人の会社に入社してから一週間が経った。ようやく仕事の流れも掴めてきた頃、ついに私にも警護の仕事がやってきた。
「楽しみだね」
「わーい! 僕、トノサマン大好き!」
「もうすぐ始まるよ〜」
本日はひょうたん湖公園で行われるトノサマンショーでの警護。公園は楽しそうな様子の親子で賑わっている。
「へくしっ」
「おい大丈夫か」
「平気です」
寒さでついくしゃみが出てしまい、うまのすけさんに心配されてしまった。公園の大きな湖の前にステージがあるせいで、風がよく冷えているのだ。
「どうしてあなたと二人で……」
「俺じゃ不満だっていうのか?」
「いえ別に……はああぁぁーー……」
「メチャクチャ不満そうじゃねえか!」
そりゃそうだ。
印象最悪のうまのすけさんと”二人きり”(※ここ重要)で仕事なのだから。日本での初仕事だ、頑張るぞ、と意気込んだ矢先にこれだもの。
ちなみに、何故うまのすけさんと二人で仕事なのかというと──
『苗字。今日はひょうたん湖公園で行われるトノサマンショーの警護をしてくれ。内藤、お前も苗字の補佐を頼む』
『はい、わかりました外城さん。(はぁ、何でこの人と……)』
『おい、今「何でこんな人と〜」とか思っただろ?』
『いえ思ってはいませんが、どうしてわかったんですか?』
『思ってるじゃねえか!』
『ただのショーとはいえ、何があるかわからんからな。苗字、お前の実力は確かだが、現場となるとわからん。だからサブリーダーである内藤と行ってもらう。本来ならば俺の役目だが、急な仕事が入ってな。よろしく頼むぞ』
……ということで。
私とうまのすけさんの二人でひょうたん湖公園へ向かったのでした。
「申し訳ありませんが、少し距離を置いてください」
「何でだよ」
「次は何をされるかわからないので」
「何もしねえよ!」
私は少しでもうまのすけさんと体が近づくと離れる事にしている。次は何をされるかわからない。彼の手の届かない距離を維持しなければ。
「でも嬉しいです。トノサマンが見られるなんて」
「知ってるのか?」
「ええ、トノサマンは海外でも人気でした」
「ふーん」
うまのすけさんは興味なさそうに答えた。ならわざわざ反応しなければいいのに。
「……私も詳しくは知りませんが、大江戸戦士トノサマンはネオ・エドシティを舞台にライバルであるアクダイカーンとの戦いを繰り広げる特撮ものです。他にも派生シリーズで小江戸剣士ヒメサマンや大江戸戦士トノサマン・丙も居ます。子どもから大人まで幅広い層に人気があるのです」
「すげえ詳しいじゃねーか! ファンだろ!」
「見たかったら言ってくださいね。DVDもありますから」
「嬉しそうな顔だなオイ!」
うまのすけさんは呆れながら全力で私にツッコミを入れる。しかし、「DVDか……」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「もうすぐ始まるから配置に付くぞ」
「わかりました」
「トノサマンに夢中になってヘマすんなよ」
「誰に向かって仰っているのでしょうか」
「お前だよ、お前!」
私はインカムを付け、ステージに向けて扇状に作られた観客席の右側へ行く。その反対側にはうまのすけさん。
観客席を見回しても怪しげな人は見当たらない。だが、いつ何が起こるかわからない。しっかり注意しなければ。
この場合、怪しいというのは外見だけではなく、やたら周りを見回したりと行動が不自然だったり、やけに大きなカバンで何かを隠し持っていそうな人物の事である。
開始時間になると、司会のお姉さんが出てきて挨拶をする。
お姉さんの合図で、子ども達が一斉に「トノサマーン!」と叫ぶと、桜の花びらを散らしながらメインテーマ曲と共にトノサマンが登場した。
か、カッコいい……! やはりこのテーマ曲、そしてトノサマンの登場の派手さは胸が躍る……! いやいや、駄目だ、仕事に集中しなければ……。
ある意味この仕事は、酷なものかもしれない。
苦戦しながらも、無事にアクダイカーンを倒したトノサマン。最後の決めポーズと台詞でステージは終了となった。しかしこれで終わりではなく、さらに撮影会があるのだ。
「うまのすけさん、こちら異常なし」
『了解。こっちも異常なしだ』
インカムでうまのすけさんに報告する。どうやらほぼ記念撮影も済んだようで、少しずつ親子連れの人達は帰って行った。
『苗字、俺達もそろそろ引き上げるぞ』
「はい」
インカムからうまのすけさんの声が聞こえ、配置場所から離れようとした時だった。
「ねえねえ君可愛いね! 名前何て言うの?」
「……え?」
突然、知らない人に声をかけられた。歳は二十代中頃だろうか。茶髪を上にツンツン尖らせて髭を生やした、いかにも軽そうな男性だった。
「申し訳ありません。仕事中ですので」
「うおおークールビューティ! そんなところも素敵だぜ! 俺の名前は矢張……いや、今は天流斎マシスというしがない絵描きだ! 君の魅力に惚れ込んでしまった男さ!」
「おい何してんだ苗字……ソイツは何だ?」
うまのすけさんがやってきてジト目でマシスさんを見ている。面倒になる前にどうにかしなければ。
「観客席にいらっしゃったお客様です」
「そうか、じゃあ帰るぞ苗字」
うまのすけさんが私の肩を掴んで引き寄せた。ちょっと、なんか馴れ馴れしいんじゃないですかこの人。
それを見ていたマシスさんが眉間に皺を寄せて叫んだ。
「オイ! 今俺が口説いてんだから邪魔すんなよな! アンタこの子のなんなのさ!」
「俺は名前の……」
「上司です。警護の仕事が終わったところなので会社へ報告しに行かなければなりません」
うまのすけさんの言葉を遮って簡潔に答える。何やらうまのすけさんが渋い顔をするが、思い通りにはさせない。
「何をしているのだ、矢張」
「あっ御剣、聞いてくれよ! 俺の恋路を邪魔するヤツが居るんだ!」
マシスさんの背後から真っ赤なスーツを着た男性が近づいて来た。歳はマシスさんと同じくらいだろう、首元に三段のスカーフを巻いている。グレーの髪をセンター分けにし、後ろはピチッと整えていて、清潔感を感じる。マシスさんとは正反対の印象だ。
その男性は眉間に皺を寄せながら、マシスさんに指をさして言った。
「どう見ても貴様が邪魔をしているヤツにしか見えないのだが」
「全くだ。アンタ、知り合いならどうにかしてくれ。こっちは仕事中なんだ」
うまのすけさんの言葉に、更に男性は眉間に皺を増やした。
マシスさんをギッと睨むその視線の恐ろしさに、私まで震え上がってしまう。
「私の友人が迷惑をかけて申し訳ない。行くぞ矢張」
「待てよ御剣! ほら、これ受け取ってくれよ名前ちゃん!」
マシスさんから丸められた紙を受けとる。その紙を広げると、そこには仕事をしている私のイラストが描かれていた。丁寧に色まで塗られている。嬉しい。
「すごい……!」
「俺、名前ちゃんがスゲー可愛くって気付いたらスケッチしてたんだ〜。あげるよ!」
「ありがとうございます。でもどうして私の名前を……」
「さっき隣の怖いヤツが呼んでたからな!」
「チッ!」
うまのすけさんが憎々しげに舌打ちをする。そういえば何気に私の名前を呼んでいたような……まあそんな事はどうでもいい。ところでうまのすけさんは、いつになったら私の肩から手を離してくれるのだろうか。
「またな名前ちゃん! 仕事頑張ってね!」
「あはは……はい」
そうして、マシスさんは赤いスーツの男性に連れて行かれた。
私はイラストを丁寧に丸めて、肩からうまのすけさんの手を払った。
「さ、戻りますか、うまのすけさん」
「ったく、さっさと戻るぞ!」
「何でそんなに機嫌が悪いんですか」
「っせーな! いいから行くぞ!」
スタスタと早足で歩き出すうまのすけさんに合わせて、追いかけるようにその場を後にした。
会社に戻っても、うまのすけさんの機嫌は悪いままだった。
マシスさんから貰った絵がとても気に入ったので、デスクマットにそっと挟んでおいた。嬉しくて何度も眺めてしまう。
逐一隣の席から舌打ちが聞こえてくるが、私はなにも気にしないことにした。
(20120116)
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Smotherd mate