Turn.6
友達が出来た日
いつものように会社に出社し、エレベーターに乗り込もうとしたら三人組の女性に声を掛けられた。
「あの警護課の苗字さんですか?」
「はい。私ですが」
「ちょっとご相談があるのですが……」
そう言われた私は、昼休みに約束を取り付けた。総務事務課の彼女たちは、警護課の自分に用があるらしい。自分のデスクにつき、既に隣の席に座っていたうまのすけさんに挨拶をする。「何だ、今日は機嫌が良いな」と言われたので無視したら怒られた。
それもそのはず、日本に来て初めて女性と食事なんだもの。今日は書類仕事だから特に忙しい事も無い。それに、なんだか友達が出来たようで嬉しかった。
昼休み、ロビーへ向かうと今朝声をかけてきた女性達が私を待っていた。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ。じゃあランチに行きましょ!」
「ここの近くに美味しいお店があるんですよ」
私は彼女達と一緒にオススメのお店へと歩き出す。なんだかわくわくしてしまう。
「それで、相談と言うのは?」
席に案内され注文を済ませた後、早速彼女達に要件を尋ねてみると、気まずい顔をしながら小さな声で答えた。
「実は、最近総務事務課の女子更衣室が誰かによって荒らされているんです」
「みんな下着を盗まれたりしてて、私も盗まれました……」
「自分達で解決しようにもどうすればいいかわからないんです。男性にも相談し辛いし、もしその相手が犯人だったらと思うと怖くて。だから、ここは警護課かつ女性である苗字さんに助けて貰えないかと思いまして……」
私の嫌な予感は的中したようだ。彼女達は女の私から見ても美人の部類に入る。それに全く接点のない警護課かつ同性である私への相談事。となると、相談事は大体その辺りだろうかと思っていた。
それにしても嫌な事件だ。どうして男っていうのはこうなのだろうか。
「わかりました。今日から張り込んでみます」
女性を脅かす不届き者は許せない。私の心の正義がそう言うので、二つ返事で快諾した。
「ありがとうございます!」
「良かった……!」
その後は、皆さんと楽しくランチの時間を過ごせた。
会社に戻るとうまのすけさんが何ともつまらなさそうにしていたので、無視しておいた。
定時になり、私はすぐにタイムカードを切る。真っ直ぐに総務事務課のある階へ行き、お昼にランチをした女性達と軽く会話をしてから女子更衣室へ向かった。
更衣室内へ入るが誰も居ない。そりゃそうか、定時後にそんなにすぐ犯人が現れるはずがない。いつ犯人がやってきても良いように隠れようかとしていたが、隠れられるような場所もない。困り果てた私はドアのすぐ傍に立つ事にした。
「……流石に今日すぐに来るとは思えませんが。とりあえず待ってみますか」
女子更衣室の窓は高い位置にあり、そこから赤い陽が指してくる。少しずつ暗い色が混ざり合い、薄暗くなってきた頃に足音が聞こえた。
コツコツ、という音は確実にこちらへ向かってきている。女性のハイヒールとはまた少し違う、床と接する面が多い男性の革靴の様な足音。
ドア越しに聞こえる足音が少しずつ近づいて大きくなってくる。私は少し緊張しながら静かに待っていた。
足音は女子更衣室――今私が居る部屋の前で止まり、そしてドアノブに手をかけた。
ガチャ、とドアが開いて中に入って来る。随分と長身の男が部屋の真ん中まで来たところで、私は飛びかかって首に腕を回して締め上げた。
仰向けで床に倒れる男。その体に足を絡ませて首を締め付ける私。まさに修羅場。
「観念しなさい、この変態め! あなたに渡すものなんかありません!」
「イデデデデ! 何しやがる! 離せ!」
……ん? この聞き覚えのある声は……。それに私が締め上げている頭は……坊主頭に金髪のトサカ……まさか!
「うまのすけさん! あなたが犯人だったんですか!?」
「はあぁ!? 何がだよ! 良いから離せ! お前の力はゴリラ以上なんだよ!」
プツ、と私の中で何かが切れた音がした。
「あーあー聞こえない聞こえない」
力を込めてギリギリと首を締め付ける。うまのすけさんは焦りながら私の腕をペシペシと叩く。ああ、なんという非力。
「わかった! 悪かった!」
「本当にあなたという人は……」
デリカシーの欠片もない、と心の中で呟いて私は腕を離す。やっと痛みから解放されたうまのすけさんは首をコキコキ鳴らして呻いていた。
「お前……こんなところで何やってんだよ」
「いえ、私の台詞ですよ。ここ女子更衣室ですよ? なに普通に入って来てるんですか」
「今日のお前の様子が変だったからな。昼休みは総務の女達とも話していやがったし。何かあったのかと思って聞いてみたら女子更衣室に居るって教えてもらってな」
「それでわざわざ仕事を切り上げて来たんですね。お疲れ様です」
「バカ、定時はとっくに過ぎてんだよ!」
そんな事は知っている。私は途端に気が抜けてしまった。更衣室のドアを閉めて、ひとまずうまのすけさんに事のあらましを話した。
「……なるほどな、それでお前が犯人を見つけるってわけか」
「そうですよ。まだまだ長いんですから、もうお帰りになった方が良いのでは?」
「手伝ってやるよ」
「……は?」
今何て言ったのこの人? 手伝う?
「いえ大丈夫です。ここ女子更衣室ですよ? うまのすけさんがここに居たら何をしでかすか……」
「アホ! 俺はんなもんに興味はねえよ!」
ベチ、と頭を叩かれた。痛い。
「犯人が来るまで時間があるだろうし、俺が一緒に居て時間潰してやるって言ってんだよ。上司として、部下を危険な目に合わせられねえだろうが」
「わーやさしー。ありがとーございまーす」
「思ってないよな? それ全然心こもってないよな?」
全くお前は……と、うまのすけさんはため息を吐きながら懐から小さなチェスボードを取り出す。それを見て私はすかさず反応してしまった。実はチェスが大好きなんだ。
「やろうぜ? お前得意なんだろ?」
「仕方ないですね。チェスは私の得意ゲームの五本指に入るほどです」
「ほう、良い勝負が出来そうじゃねえか」
そして私達は女子更衣室の中にある背もたれのないタイプのベンチに座って向かい合った。
「チェックメイト」
「ぐ、くくっ……!」
「はい、10連勝ですね」
私は得意げに鼻を鳴らす。対面するうまのすけさんはものすごく悔しそうに頭を抱えていた。
「お前、得意ってレベルじゃねえぞ……!」
「いろんな国へ行くと、いろんな遊びが身に付くんです。取引相手や依頼主と会話を弾ませる為に覚えました。中でもチェスが一番好きなんです」
「くっそ……!」
悔しそうに私を睨むうまのすけさん。窓の外を見るとすでに真っ暗で、腕時計の時間を見ると短針が21時を指していた。
「……まだですかねー」
そう呟いた直後、ガチャリと更衣室のドアが開いた。
「「あ」」
女子更衣室のドアを開けたのはサングラスに帽子にマスクといかにも不審者な男だった。うまのすけさんが「何だ?」と振り向いたと同時に私はベンチから降りて相手を捕まえるべく走った。もちろん相手も全速力で逃げ出す。後ろでうまのすけさんの声が聞こえたが構っている暇はない。
追いかけて追いかけて、男を行き止まりまで追い詰めた。ようやくうまのすけさんも私達に辿り着いたようで、息切れをしている。
男は私とうまのすけさんを交互に見てくる。そして私に襲い掛かってきた。
まあどちらから道を切り開けるのが楽かと問えば女でしょうけども、一筋縄ではいきませんよ。
「おいそっちはやめとけ。女じゃねえ、ゴリラだ」
うまのすけさんが何か言ったが私は男から目を離さない。男は私の胸倉を掴んできた、が、私はその腕を素早く右手で外側へ押し出しながら左手で相手の腕を右回転させる。ゴキ、と嫌な音がして男が叫び声と共に崩れ落ちた。
「だから言ったのに……苗字、何した?」
「関節を外しました」
「容赦ねえな……」
「そう言えばさっきうまのすけさん、私をゴリなんとか、と言ってましたね」
「『ご立派な令嬢なので扱いには気を付けるように』と言ったんだ」
「結構です」
こうして、女子更衣室を荒らしていた犯人は無事に捕まえる事が出来た。
犯人はどうやら総務事務課の係長だったようだ。女性社員には相手にされず、いつまでも係長である事にストレスを感じてつい出来心でやってしまったらしい。もちろん通報しました。
私は女性社員達からたくさんのお礼を頂いてしまった。更にアドレス交換まで。これはもしかして、友達……と呼んでも差し支えないのでしょうか。
私はアドレス帳に刻まれた新たな名前をニヤニヤと眺めていた。
「うまのすけさん」
「馬乃介な」
「うまのすけさん」
「わざとだろ?」
「うまのすけさん」
「ああもういい、何だよ!」
私のしつこさにうまのすけさんは諦めたのか、話を進めようとする。
「友達って、何だか良いものですね」
「……嬉しいのか?」
「ええ」
「……そうだな」
(お前のそんな顔が見られるとはな)
うまのすけさんがどこか優しい顔になった気がしたけど、きっと気のせいだろうと思って私は目を逸らした。
(20120116)
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Smotherd mate