Turn.7
私の過去
ピピピピ、と目覚まし時計がセットした時間通りに鳴り、私はもぞもぞと起き上がる。寝ぼけ眼で目覚まし時計を探し、手のひらでスイッチを叩いて止める。
ベッドから降りて窓辺まで歩き、カーテンを開けると思ったより太陽の光が眩しくて目を細めた。うん、今日は良い天気だ。
「運動日和かな」
まだ冴えない頭を起こすべく洗顔、そしてジャージに着替えて出発。部屋のドアに鍵をかけて、私はマンションを後にした。
ボディガードは体が資本。
日本に来たばかりで、ジムなど運動するのにうってつけの建物の場所がわからず、しばらくおろそかになっていた。だが先日、仕事でひょうたん湖公園へ行った時になかなか良いランニングコースだと思ったので、しばらくはそこで運動をしようと思う。
「はあっ、はあっ……」
ひょうたん湖公園まで走りで十分。
さらに公園でジョギングすること一時間。
そろそろ休憩しようかな、と私は走る速度を緩めて少しずつ歩き出した。しばらく歩いていると息が整ってきたのでベンチを探す。
「あそこでいいかな……、あっ」
ちょうど良さそうなベンチを見つけたと思ったら、見知った人が優雅に缶コーヒーを飲んでいた。その人物は片手を軽くあげ、私に向かって挨拶をしてきた。
「よっ」
「……何してるんですか、うまのすけさん」
「人間観察」
「暇なんですね。休みなのにスーツまで着てお疲れ様です」
「冗談に決まってんだろうが! 夜勤明けだ!」
夜勤か。そういえばうまのすけさん、週末は夕方から出勤していたような。……すっかり忘れてた。きっとどうでもいい事だったんだろうな、私にとっては。
「さっき仕事が終わって帰るところだったんだが、見た事ある奴が走ってるなと思ってよ」
「そうなんですか。変質者かと思いました」
「お前は本当に素直だよな」
「ありがとうございます」
「褒めてねえよ!」
ほら、とうまのすけさんに缶コーヒーをつきつけられる。仕方なく私は彼に近付き、缶コーヒーを頂いて隣に腰掛ける。
「ありがとうございます、コーヒー飲めませんが」
「先に言えよ! 別のモン買ってくるからちょっと待ってろ!」
うまのすけさんは私から缶コーヒーを奪い取って頭を掻きながら自販機へ向かった。先に言うも何もないタイミングだったと思うけどな。
彼はどうして、私のような愛想も可愛げもない部下を相手にしてくれるんだろうか。上司だからって、そこまでしてくれるものなのだろうか。私にはわからない。
何となしに考え込んでいると目の前にミルクティーが現れた。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
これなら私も飲めるし、大好きな飲み物だ。律儀に別のものを買ってきてくれるなんて、意外と優しいところもあるんだ。
うまのすけさんは再びベンチに腰を降ろして私に言った。
「お前海外でボディガードしてたっつったよな。どうだったんだ、外国は」
「そうですね、周りはみんな凄腕のボディガードだったので、置いていかれないように必死でした」
私はぽつぽつと話し始めた。
「男女の力の差を埋めてくれたのは銃でした」
「ほう……」
「私が好きな銃はリボルバー式拳銃のコルトパイソンでありまして、常に4インチのものを懐へ入れていました。大好きです。あの美しい仕上げとベンチレーテッドリブ、4インチならではのグリップとバレルの黄金比……」
「おい」
「スナイパーライフルも好きなのですが、ボディガードはそういった銃を使わないので。趣味で撃ちに行ったりはしていましたね。エイムをし、ど真ん中に当たった時の快感と言えばまさに感無量です。抑えきれない興奮がこみ上げてきます」
「おーい」
「はっ、すいません。話が逸れましたね」
「戻ってきたか」
そう、私は銃が大好きだ。特に好きな銃についてなら何時間でも話していられる自信がある。
「何で海外に行ったんだ?」
「飛行機でですが?」
「そういう意味じゃねえよ」
どんな些細なボケにもしっかりとツッコミをくれるうまのすけさんは、私にとって好印象になりつつあった。最初が良くない印象だけあって、だろうか。
「元々は日本生まれの日本育ちです。父の仕事の都合で、海外へは家族でついて行きました。父は私の憧れで、私は父と近しい仕事がしたいと思いボディガードになりました」
「なるほどな。しかしお前、自分の話よりも銃の話の方が長いってのはどうなんだ」
「……あまり話す内容もないかなと思いまして」
言い終え、私はミルクティーを口の中へ流し込む。うまのすけさんは私が飲まなかった缶コーヒーを開けた。
「で、何でまた日本に戻ってきたんだ?」
「それは……」
うまのすけさんの質問に俯く。そのまま視線を手に持ったミルクティーから離さずに答えた。
「私が……海外で銃に夢中になりすぎたからです……」
(アホか)
「父が『お前は銃に夢中になりすぎて危険だ。日本なら銃の所持は禁止されている。友人に警護会社やってる奴が居るからそこで働け。異議は受け付けん!』と」
「ああ……お前はアホだ。真性のアホだ」
うまのすけさんが呆れながら言った。
いいえ違います。私は自分の好きなものをとことん愛しただけです。
「でも俺は何となくわかる気がするぜ」
「え?」
「銃刀法違反。日本でなら娘が殺される心配もないだろうからな。ま、今や日本じゃ立派なゴ」
うまのすけさんが言い切る前に私は人差し指と中指を彼の目の前につきつける。あと3cm先に進めば彼の目玉に触れることが出来るだろう。
「なんですか?」
「護衛が出来る有能ボディガードだからな」
「ですね」
この人は本当に懲りないなぁ、ため息を吐いた。
話が終わる頃、ちょうどミルクティーは空になっていた。少し休憩し過ぎたかもしれない。
「ではうまのすけさん、私はそろそろ……あ、そうだ。この辺にジムとかはないでしょうか?」
「まだ鍛えるつもりかよ。それくらいにしておけ」
「いえ、しかし……」
「ああもう、お前は頭が堅すぎる!……つうか腹減ったな。お前は減ってないか?」
「ミルクティーご馳走様でした」
私はスタスタとその場から早歩きして逃げ出す。この流れはきっとこの後一緒にご飯とかそんな事になるんではなかろうか。それはちょっとご遠慮したい。
「待て待て待て待て。何故逃げる」
「わぁ離して下さいよぉ」
何だか息苦しいと思えば、うまのすけさんは私のジャージの襟を掴んでいた。どうして私がうまのすけさんとご飯に行かなければならないのか。
「うま〜い飯だ」
ぴくっ
「もちろん、俺の驕りだ」
ぴくくっ
「おかわり自由だ」
私はうまのすけさんの手を襟から離させて、ゆっくり振り向いた。
「……仕方ないですねぇ、付き合ってあげますよ」
「ハハッ悪いな!」
自分の思い通りになったのが嬉しいのか、うまのすけさんは歯を見せて笑った。
「けど汗をかきましたしジャージのままでは嫌なので、一旦帰ります」
「おいおい、早くしねえと行っちまうぞ!」
「なので、うまのすけさんは私の部屋で待っていて下さい」
「ったくしょうがねえなぁ……え?」
私の言葉を聞いていたのかいないのか、うまのすけさんは間抜けな返事をした。私はタダ飯という事しか頭に無く、上機嫌で自宅まで走り出す。うまのすけさんはいつの間にか隣を走っていた。
私は「夜勤明けなのに元気だなぁこの人」と思った。
(20120117)
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Smotherd mate