Turn.8
パスタと私と彼と父
うまのすけさんを部屋へ案内し、シャワーを浴びている間リビングで待ってもらう事にした。女性の部屋に入るのが初めてなのか、それとも私の部屋が意外だったのかそわそわしているうまのすけさん。
「意外に普通の部屋だな。だが物が少ねえな」
「引っ越してきたばかりですから。『意外に』は余計です」
私はうまのすけさんに、足元に転がっていたクッションを手渡す。
「少々お待ち下さい。あ、クッションの上からはみでないようにして下さいね」
「流石にそれは無理だろ!」
うまのすけさんが50cm四方のクッションを私に突きつけながら抗議する。頑張ればなんとかなる。気合ですよ。
そんなうまのすけさんの抗議を無視してテレビの画面をつけ、リモコンをテーブルの上に置いた。
「良かったらテレビでも見ていて下さい」
「おう」
「覗かないでくださいよ?」
「覗かねえよ!」
シャワーから流れる熱いお湯が気持ちいい。私はシャワーやお風呂が大好きだ。安心して裸になれるし、何より温かいお湯が汗と疲れを洗い落としてくれる。
「……ふう」
軽く体を洗い、シャワーの栓を閉めて体を拭き、脱衣所へ戻る。簡単な私服に着替え、ドライヤーで髪の毛を乾かしながら櫛で整える。
あまり待たせるのも悪いので時間をかけないようにして、リビングへ戻った。
「うまのすけさん、お待たせしました」
うまのすけさんに声を掛けるが返事がない。
確認すると、うまのすけさんはクッションを枕にして小さな寝息を立てて寝ていた。
屈んでうまのすけさんの顔を覗き込む。黙っていればカッコイイのにな……って、私は何を考えているんだか。
「まあ夜勤明けだし、仕方ないよね」
朝まで仕事をした後に公園で長話して余計疲れたのだろう。ここはゆっくり寝させてあげよう。
しかしその時、私の腹の虫が鳴いた。急いでお腹を押さえ、うまのすけさんに聞かれなかったか確認する。私の心配とは裏腹に、うまのすけさんは相当疲れているのか構わず寝ていた。
「何かご飯でも作ろうかな」
リモコンでテレビの音量を少し下げ、私は乾ききっていない髪の毛をタオルで拭きながら立ち上がった。
「……パスタ食べたいな……簡単だし」
私の中でお昼のメニューが決まった。
「うん、美味しい」
私は眠っているうまのすけさんとテーブルを挟んで向かい側に座り、自分で作ったパスタを自画自賛しながら食べていた。もちろんうまのすけさんの分も用意してある。
「まだ起きないのかな……」
「んん……んが……?」
「あ、起きた」
「……腹減った……なんか良いが匂いする……」
うまのすけさんは目をこすりながら上体を起こす。眠そうな目をゆっくりと開いて私を視界に捉え、ハッと驚いた顔をした。
「悪い、寝ちまった!」
「大丈夫ですよ。それよりご飯作ったので良かったらどうぞ」
私はうまのすけさんの分のコップに麦茶を注いだ。
「お、悪いな。いただきます!」
うまのすけさんは料理に向かって両手を合わせてお辞儀をする。意外に礼儀正しいのかな……と思っていたが、フォークを持ってがつがつとパスタを食べ始めたのでそうでもないか、と心の中で否定した。
「うめえ!」
「それは良かったです。パスタは得意なので」
料理を作って褒められるのは悪い気がしない。
むしろ嬉しくて私は自然と笑みがこぼれた。
「茹でるだけだからな」
「何ですって?」
「冗談だ! だからフォークを向けるな!」
この人の減らず口はどうにかならないだろうか。うまのすけさんからしたら「お前が言うな」と思うんだろうけど。
そうこうしている内に、私が食べ終わると同時にうまのすけさんも食べ終わった。この人食べるの早いなぁ。
「ご馳走さま、すげえ美味かった。悪いな、飯おごるとか言ったのに寝ちまって」
「ええ、埋め合わせはしてもらいますよ」
「しっかりしてやがるぜ」
当然じゃないですか、と私はほくそ笑む。料理を褒めてくれたのは嬉しいけど、それはそれ、これはこれ。
「全く、お前は……」
「おかわりありますが」
「頂くとしよう」
「了解です」
私は自分とうまのすけさんのお皿を持ってキッチンへ向かう。自分のお皿は流し台へ片付け、うまのすけさんのお皿にはフライパンから再びパスタを乗せる。そしてうまのすけさんに渡すと嬉しそうな顔でパスタを頬張った。その顔が子どもみたいで可愛くて、なんだか和んでしまう。
その時、自宅のチャイムが鳴った。
「ちょっと待ってて下さい」
「おう」
私は玄関へ向かい、覗き穴から訪問者を確認する。驚いたことに、ドアを開けた先に立っていたのは。
「名前! 元気にしてたか!」
「お父さん!」
父が私を抱きしめて頬ずりしてくる。いい年して頬ずりはちょっとやめて欲しい。
「母さんは用事があって来れなくてな! 父さんだけでも来たぞ!」
「うわっ、ちょっとやめてよぉ!」
「良いではないか! 久しぶりの父子の再会だ! ワハハハハ、ハ……?」
「?」
娘との再会を楽しんでいた父はピタリと動きを止める。父の視線は玄関に置いてある一足の黒い革靴。
「誰か居るのか?」
「違うよ! ええとこれは、私の靴!」
「サイズが全然違うようだが?」
「うっ!」
ギクッとした時の私の表情を、父は見逃さなかった。すぐに何かに気付いたように自らも靴を脱ぎ始める。
「男か!? 男だな!! 上がるぞ! お邪魔します!」
「ちょ、ちょっと!」
父は私の制止も聞かずに礼儀正しく上がり込んた。
私にとって面倒くさい2人が出会ってしまうのかと思うと……後の展開が容易に想像出来た私は大きくため息を吐いた。
(20120119)
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Smotherd mate