Turn.9
嵐の後の静けさ
リビングに入ると、パスタを口いっぱいに含みながらポカーンとしているうまのすけさんが居た。ここまでアホ面なうまのすけさんを見るのは初めてで、つい吹き出してしまう。
「何だ貴様は! 娘の男か!?」
父がうまのすけさんに指を差しながら叫ぶ。人に指を差してはいけませんと父にはよく注意されていたのに、本人が破ってどうする。いや、父からすればそんな事も頭からすっぽ抜けてしまう程の事態なのだろう。
うまのすけさんはパスタを飲み込んで静かに立ち上がった。
「初めまして、内藤馬乃介と言います。名前さんとは同じ会社でボディガードをしています」
そう言ってうまのすけさんは父に会釈をした。意外にもうまのすけさんがしっかりと挨拶をしていたので正直私は驚いた。社会人だし当たり前か、と思いながら続けて私も紹介をする。
「こちら、上司の内藤うまのすけさん」
「ウマノスケ君か、よろしくな」
「父子揃って名前を間違えるな!」
うまのすけさんの鋭いツッコミが冴え渡り、私と父は揃って笑い声を上げた。
父はうまのすけさんの礼儀正しさと的確なツッコミ能力を気に入ったようだった。
「ウマノスケ君。こんな娘だがよろしく頼むぞ」
「うッス、"まのすけ"ッス」
父はうまのすけさんに手を伸ばして握手を求めた。
うまのすけさんもしっかりと握り返す。
「娘は不器用だからな。友達になってやってくれ」
「ああもう十分わかってます。不器用なところは」
「ハッハッハ、そうか! まあ万が一も億が一も無いと思うが……間違いを起こしたらどうなるかわかっているな?」
「痛デデデデ!!」
父の驚異的な握力により、メキメキとうまのすけさんの手は嫌な音を立てた。うまのすけさんは必死に離そうとするが父の力には全く敵わない。
「もちろんです! 俺はこんなゴリ…ご、ご立派なお嬢さんには…! まず力も敵わねぇ、しッ、ぐ、痛ェッ!」
「お父さんやめて! ただでさえか弱いうまのすけさんが!」
「おおそうか、悪かった」
「か弱くねえよ!」
私の言葉に、父はうまのすけさんの手を離した。うまのすけさんは右手を押さえながら「テメエ覚えてろよ」という目で私を睨んできたので、さらりと目を逸らした。
「では名前よ。父さんは早くも向こうへ戻らねばならない。これは土産だ、受け取れ」
「うん、ありがとう」
これはまた大きな紙袋だ。きっとまた海外の変なお菓子や洋服がいっぱい詰め込んであるのだろう。お菓子はともかく、洋服はセンスあるお母さんに任せて欲しい。いや自分で日本で買うので十分なんだけどな……と貰う度に密かに思うのは内緒。
父はもう出なければならないというので玄関先まで見送る。
「少ししか居られなくてすまないな。父さんは忙しくてな」
「大丈夫だよ。お母さんにもよろしくね」
「ああ! ではまた会おう我が愛娘よ!」
私は手を振り、うまのすけさんはお辞儀をして父と別れ、玄関のドアを閉めてリビングに戻る。
うまのすけさんは驚異的な握力で握られていた手を開いたり閉じたりして無事を確かめながら、反対の手でフォークを持ってまだお皿に残っているパスタを食べ始めた。
「手は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえよ。親子揃って馬鹿力だな」
「ありがとうございます」
「だから褒めてねえ!」とツッコミを入れながらうまのすけさんは綺麗にパスタを平らげる。
私が満足気に食器を片付けているとうまのすけさんが声をかけてきた。
「なかなか美味かった。また食いに来てやるよ」
「いえ、結構です」
上機嫌な声とは正反対に遠慮をすると、うまのすけさんは「なんでだよ!」と叫んだ。
もう手は回復したそうで、クッションの上に座ってテレビを見ていた。というか何故この人は自宅の様にくつろいでるのだろうか。
「あの、うまのすけさん。ご自宅で休まれてはいかがでしょうか」
「なんだ、俺が居ちゃ迷惑か?」
「えっ……いえ、そういうことでは無いのですが、迷惑です」
「何で一度否定してから言うんだよ!」
ワンクッション置いた方が良いかなと思ったんだけど。うまのすけさんは起き上がったかと思えば、今度はあぐらをかいた。
「なんかお前の家って落ち着くな」
「そうですか。ところで、背負い投げと巴投げと大外刈り、どれがよろしいですか?」
「嫌なラインナップだな! 俺を投げる気満々じゃねえか!」
「ちょっと聞いただけですよ」
私は電気ポットのお湯を急須に入れ、2つの湯飲みに交互に注ぎ、うまのすけさんの前に差し出した。
「サンキュー」
うまのすけさんはお茶をすする。何ともまったりした時間だが、ここまでもてなしたのだ、そろそろ帰ってもいい頃合いなのではないだろうか。
お茶を飲み干すと、おもむろに立ち上がった。
「そんじゃ、ベッド借りるぜ」
「はい、わかりました」
私は壁に掛けていたエアガンを掴み、うまのすけさんに狙いを定めた。向けられた銃口に気付いたうまのすけさんは両手を上げて私に謝ってきた。
「確かに俺が悪かった。だがどうしてこうなった」
「ご自分の胸に聞いてみては?」
この人はどれだけ私の家でくつろぐ気なのだろうか。私としては残りの休みの時間をゆっくりと過ごしたいのだが。
「しかしお前は本当に銃が好きなんだな」
「はい、こういう時の為に」
「役に立つもんだな。ところでそろそろ銃を降ろさないか?」
「嫌です」
きっぱりと言い放つ。銃を揺らして玄関へ向かうように促す。
「さあほら立ったのならそのまま玄関へどうぞ。私はこの後も用事が控えているんです」
嘘だけど。
「だが断る」
「……そうですか」
「わかった、わかったから更に取り出したショットガンも構えるのはやめろ」
「ちなみに1回で3発の弾が出る仕様です」
やれやれ、とうまのすけさんは気だるげに玄関へ向かった。半ば強制的にうまのすけさんを家から追い出すことに成功。
こうして苗字家に再び平穏が戻ったのであった。
リビングで二杯目のお茶を飲んでいると、私はあるものに気付いた。見慣れない携帯電話がテーブルの下に落ちている。もちろん私の物ではない……となると、うまのすけさんのものだ。
私は急いで玄関から飛び出したが、廊下には誰もいなかった。下を覗いても歩道にうまのすけさんの姿はない。
「……会社で返そう」
追いかけるまでもないか。きっともう遠い場所に居るだろうし。……決して面倒くさいからというわけではない。
私は何度目かの大きなため息を吐いて、携帯電話をテーブルの上に置いた。
(20120119)
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Smotherd mate