あらすじ…誘拐犯とハラハラ・ゾクゾク☆ルームシェア。
12
「名前のダシが凝縮されたいい湯だった」
「第一声から気持ち悪い発言で登場しないでください」
濡れた髪をタオルで拭いながら馬乃介さんはリビングに戻ってきた。
私に先にお風呂を勧めたのはこの為か。
そして私が手紙を書いていることに気付き、声を震わせた。
「何書いてんだ? ハッ、まさか、お、俺へのラブレター……!?」
「残念ながら全く違います。退職届です」
「退職届だァ?」
馬乃介さんは眉間に皺を寄せ、文句を言いたげな顔をした。
う、ちょっと怖い。
「今日辞めたじゃねえか」
「あれはただの意思表示みたいなものです。やっぱりちゃんと退職届を出しておかないと、後で何言われるかわかりません。あと最低2週間は勤めるつもりです」
「なら有給を使えよ」
「あの社長の会社に、そんなものがあると思いますか?」
「とんでもねえな」
私の言葉に馬乃介さんは手を顎にあてて考え込む。
私の身を案じてくれているのだろうけど、もうこれ以上馬乃介さんに余計な問題を背負って欲しくはない。
「あの、馬乃介さん。後は私1人で頑張りますので気にしないで下さいね」
「そりゃ無理なお願いだな、アンタだって俺が『オーケー分かった』と簡単に引き下がると思ってねえだろ?」
う。
確かに、オーケー分かった、なんてすんなり言ってくれるわけないと思ってたけど。
「でも私、これ以上馬乃介さんに迷惑をかけたくないです。これから職無しになるわけですから」
「それは遠回しに俺の専業主婦になりたい、という申し出か?」
「ちちち、違います! そんな滅相もない!」
両手と首を盛大に振って否定をするが、俺は一向に構わん、と馬乃介さんは嬉しそうに笑うばかり。
「なあ、こういうのはどうだ? アンタが俺を2週間雇うんだ」
「なっ……!」
またとんでもない発言が馬乃介さんから発せられる。
「……どうしてそこまで考えてくれるんですか?」
「そりゃあ、名前が好きだからに決まってるだろう?」
「好きって、たった数秒目が合っただけじゃないですか! 中身を知ったら幻滅する、ましてや私、膨大な借金があったんですよ? ドン引き要素たっぷりの地雷女じゃないですか!」
「そこまで卑下すんなよ。アンタはいい女だぜ? たった数秒目が合った、それだけで十分なのさ」
もしかして馬乃介さんは今まで透明人間だったのかな?
それにしても、口を開くたびに冗談なのか本気なのかわからない事を言うから、本当に私は戸惑うことしか出来ない。
いや、彼にとってはきっと全て本気なのだろう。
「う……で、でも、お願いです! 私、自分だけの力でも出来るって事を、知りたいんです。馬乃介さんにたくさんの勇気を貰いました。だから……っ!」
「名前……。そこまで言うならわかった」
私の鬼気迫る表情に馬乃介さんはやっと納得してくれたようだ。
本当はまだ不安は残る。
でも、馬乃介さんに勇気を貰ったのは本当。
私もまだ頑張れる、そう思ったんだ。
「何かあったらすぐ呼べよ! 名前の携帯の電話帳のうち半分は俺だからな!」
「なっ……!? 1人分登録すれば十分じゃ……あっ、ああ――馬乃介さんのアドレスがいくつも複製されて入ってる――!!」
なんという無駄な作業!
「な」行と「ま」行に同じ名前がいくつも羅列している!
さすが馬乃介さん! 普通の人がやらない事も平然とやってのけるッ! そこに痺れないし憧れない!
私が呆れながら画面を確認していると、馬乃介さんは私の手から携帯電話を抜き取ってテーブルに置く。
そして私の手を優しく握り、手の甲に口付けをした。
チュッというリップ音と柔らかい感触にゾクッとして、私は小さく身震いした。
「〜〜っ!?」
「……いつだって、守ってやるからな。名前」
上目遣いで真っ直ぐに見つめられ、私は顔から火が出そうなくらい熱くなった。
ここまで女性のハートをバッチリ掴むような事をされて、心臓が張り裂けそうなくらいドキドキさせられて、好きにならない方がおかしいのではないだろうか。
いや、すでに私は馬乃介さんの事が好きに……
ま、待って落ち着いて!
どんなにカッコよくても、彼は元々誘拐犯!
ストーカーで、ヘンタイで、……私の恩人。
…………うん、肩書が滅茶苦茶すぎる。
冷静さを取り戻すには十分すぎるが、まだ私の心臓は熱く響いて鳴り止まない。
しかし馬乃介さんは私の焦りなど気にも留めない上に、ずいずいと迫ってくるのだ。
ボディガードの仕事で鍛えられた肉体がTシャツの上からでもわか……って、私は何を見てるんだ!
あまりの恥ずかしさに逃げ出したいと思い、私は咄嗟に言葉を紡いだ。
「す、すみません! ちょっとコンビニに行ってきます!」
私は馬乃介さんの手をするりと抜けて勢い良く立ち上がった。
「コンビニ? もう夜遅いんだからいいじゃねえか……ハッ、まさか酒を買ってきて、俺をべろべろに酔わせて朝起きたらベッドにはみだらで破廉恥な俺と名前の姿が……」
すごい。コンビニの一言でそこまで妄想出来る馬乃介さんは流石だと思う。
やっぱり馬乃介さんはかっこいいのに残念な人だ。
特に頭が残念だ。
「いえ、その、炭酸ジュースでもと思って!」
「そういえばアンタと出会ったコンビニでも炭酸ジュース買ってたな。好きなんだよな」
あんな一瞬の出会いの時にそこまで見ていたのだろうか。
それとも誘拐した時に私が買ったものを確認していたのだろうか。
……どっちでもいいか。
「……というわけで、ちょっと行ってきますね!」
「おい待てよ、1人じゃ危ねえから俺も付いて行く」
「だ、駄目ですよ、お風呂上りだから風邪引いちゃいます!」
この恥ずかしい空間から逃れて夜風にあたって頭を冷やしたいのに、馬乃介さんが付いてきては意味が無い。
急いで着替えようとする馬乃介さんを横目に私は急ぎ足で玄関へ向かった。
「す、すみません……! 私、行ってきます!」
「おい名前、待て!」
そして私は馬乃介さんの言葉を無視し、逃げるように家を後にしたのだった。
(20130721 修正20160729)
[
←
|
title
|
→
]
Smotherd mate