あらすじ…私、名前! 花も恥じらう女の子! そんな私はある日突然……
14
無職になりました。
あの会社から解放されたのは嬉しいです。
ただ『無職』という響きはちょっとご遠慮願いたい。
でも、これで仕事に縛られることもないし、馬乃介さんもしばらく休めと言ってくれてる。
馬乃介さんに甘える事になるけど、次の仕事は焦らないで探そうと思う。
「こんなに早く帰ってこれると思わなかった」
とりあえず一旦家に帰り、スーツから普段着へ着替える。
その時、ふと『もしかして隠しカメラも仕掛けられてたりして』と思ってしまった。
い、いや、流石に馬乃介さんは隠しカメラなんて……!
…………念の為、探知機を今度買っておこう……。
私は少し不安になってきたので、掃除がてら部屋に変なものが仕掛けられてないか探す。
今日は天気も良いし、布団も干そうかな。もちろん馬乃介さんの分も。
そう思って馬乃介さんの布団を抱えた時に彼の匂いがした。
そういえばこの匂い、誘拐された時もかいだな。……嫌な思い出し方だけど。
馬乃介さんの匂いは男らしくて、なんだか安心して、いつまでも……
「……って、私何してんの!?」
これじゃ馬乃介さんと一緒だ!
私はすぐに正気に戻り、ベランダに布団を並べる作業に戻った。
掃除機をかけ、荷物を整理し、綺麗ですっきりした部屋になった。
うん、やっぱり気分が一新する。
時計を見るとお昼前。
せっかくだし外に食べに行こうかな。ついでに求人誌と履歴書を……あ、そうだ!
馬乃介さんの会社って駅の方って言ってたし、ちょっと見に行ってみよう。
そういえば私、馬乃介さんの事を何も知らなかったな。
「んーと、どの辺かなあ……」
求人誌をバッグの中にしまった後、私は馬乃介さんの会社を探し始めた。
それっぽい感じの会社はポツポツあるんだけど、会社名がわからない時点でとっくに詰んでる。
「……まあいっか、お昼食べて帰ろ!」
諦めて踵を返した途端、後方から腕を強く掴まれた。
「えっ!?」
慌てて振り向くとそこには息を切らして汗をかいている馬乃介さんが居た。
ど、どうしてここに…!?
「ま、馬乃介さ……」
「名前―――!!」
「み"ゃ"―――――ッ!!?」
馬乃介さんは私の言葉も聞かずに思いっきり抱きしめてきた。
やめて! 恥ずかしい! 周りの人が見ている! ていうか折れる! 馬乃介さん、力が強すぎる!
しかも……ふ、布団と同じ匂い……!
自分のしでかした事を思い出してさらに顔が熱くなり、馬乃介さんの腕の中でもがき続ける。
しかし腕力で敵いっこない私は、馬乃介さんの気が済むまでぐねぐね抱き締め続けられたのであった。
ああ、お願いです。誰か通報して下さい。
「で、なんでアンタこんなとこまで来たんだ?」
「聞くの遅くないですか!? いきなり公衆の面前で抱きつかれるとも思いませんでしたが! 一体何の公開処刑ですか!」
私たちは近くのファミレスに入り、一緒に昼食を取ることにした。
注文した料理を口に含みながら手短に説明をする。
「とりあえず求人誌と昼食を求めて来ました。馬乃介さんの会社、こっちの方だって言うからついでに見ていこうかと…。会社名がわからなかったので、ほとんど当てずっぽうでしたが」
「俺の事が知りたいならそう言えよ。全部教えてやるからさ」
「そうして頂けると嬉しいです」
最初から本人に聞いたほうが早かったかも。
聞いたら聞いたで面倒になりそうだったから、なるべくひっそり済ませたかったけど――……
待って、これじゃあ初期の馬乃介さんと同じじゃないか。
今朝の布団と言い、もしかして私は馬乃介さんの病気ともいうべき変態が移ってきている?
そ、そんなことは断じて無い! 話を切り替えよう!
「ところで馬乃介さんは昼休み中だったんですか? あんな道端で会うなんて…」
「ああ。発信……いや、会社の窓からアンタが見えてな」
発信? 何?
もしかして今、”発信機”って言おうとした?
盗聴器だけじゃ飽きたらず発信機まで私に着けていたのか、この犯罪者もどきは。
私はすぐに持っていたバッグをくまなく漁り、ひっくり返し、見つけた、ええ見つけましたよ。
テーブルに小型の四角い発信機を置くと、馬乃介さんは『しまった』という表情をした。
「……馬乃介さん、もしかして部屋にカメラなんて、仕掛けてたりしませんよねえ?」
私は持っていたフォークで発信機をザクザクと刺す。
ガツ、ガツ、ガツ、ガツ、と嫌な音を立てる発信機。
しかし馬乃介さんは全く動揺する気配がない。
「そんな事しねえ。俺はありのままの臨場感溢れる名前をこの脳裏と網膜に焼き付けて頭のフィルムに収めるのが人生の楽しみなんだ」
臨場感溢れてどうする私。
この人の表現力の広さは尊敬に値する。
「……そ、そんな事を言っておきながら後で見つかったりしたら、ルームシェア解消ですからね! 野宿でもしてください!」
私は半ばキレながら馬乃介さんに詰め寄った。
ドキドキさせたり怒らせたり、本当に忙しい人だ。
「いいかい、名前。俺はな、”名前が俺を認識した上での言動”を楽しむのが好きなんだ。ナマのアンタがな。そして盗聴器や発信機はアンタを絶対に守ると決めた時にしか使わねえ。そこんとこは理解してもらわねえとな」
理解出来るかい。
私のプライバシーってその辺の犬にでも食われてるのかな。
「とりあえず、カメラは無いと言うことで良いですね?」
「おう」
やることは本当に犯罪的だけど、この人は嘘を吐かない。
まあ……嘘だとしたら、その時はその時だ。
「なあ、名前の食ってるやつも俺に食わせろよ」
「あ、いいですよ。どうぞ」
私がお皿ごと馬乃介さんの方へずらすと、それに手を伸ばしてきた。
「サンキュー」
そして私の右手首を掴み、私が持っていたスプーンでオムライスを一口すくう。
そのまま自分の口元へ運び、頬張る。
「なっ……!」
「お、美味え」
これは、俗にいう『あ〜ん(はぁと)』というやつではなかろうか。
まさか私の手を使ってセルフあ〜ん(はぁと)をされるとは思わなかった。
しかも、私の使っていたスプーンを使ったのだから、これはその、なんというか、そのようなアレだ。
「アンタが今考えてることを当ててやろうか?」
「何も考えてません!」
頬杖をついて私の顔を覗き込むように見てくる馬乃介さん。
私は手を振り払って、本日何度目かの渋い顔をした。
「……で、名前は俺の会社を見に来たんだろ?」
「まあ、そうですけど」
「案内してやるから来いよ。ついでに俺の嫁だと紹介すっかな」
「案内だけお願いします!」
時計を見ればじきに昼休みも終わりそうだった。
馬乃介さんにありがたく奢られつつ、私たちはお店を出た。
「まさか、ここですか?」
案内された先には、10階建てくらいの重厚感溢れるビルが立っていた。
「そのまさかだ」
意外と大きくて驚いた……。
こんなに変態的で犯罪的な人が勤められるなんて、きっと良い会社なんだろうな。
大丈夫ですか? セ○ムついてますか? 警護会社の内部にストーカーがいますよ?
「ちなみに俺は、会社でもナンバー2だ」
「ナンバー2!?」
ますます信じられなくなってきた。
もしかして務めているのも彼の夢や妄想だったりして…なんて至極失礼なことを考えてしまう。
会社の人達も、社内ナンバー2である自分の同僚が実はストーカーと知ったら信じられないだろう。※ただし本人に自覚はない。
道理で私の借金を肩代わりしたり、盗聴器や発信機を揃えたり、即日退去なんてとんでもない事も出来るわけだ。
何だか住む世界が違うなあ、と少し卑屈なことを思ってしまった。
「見てろよ名前。俺はいずれナンバー1になってやる」
そんな私をよそに、馬乃介さんは胸を張って堂々と言った。
だから私も何だか背中を押したくなって、
「頑張ってください、応援してます」
なんて、言ってしまった。
その後、馬乃介さんとは分かれ、私はちょっとだけお買い物しながら家路へと向かった。
再び馬乃介さんが私に発信機を付けていたことに怒るのはあと6時間後の事である。
(20160808)
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Smotherd mate