あらすじ…また付けられてました、発信機。
15
「だから、なんでそんなに私に発信機を付けたがるんですか!」
「お、名前。今日の料理は意外とイケるな」
「え、そうですか!? いや〜本に書いてある通りに頑張って……じゃなくって!」
夜の7時頃、仕事を終えて帰ってきた馬乃介さんとご飯を食べながらそんな会話をしていた。
そうです、また発信機を付けていやがったんですこの人は。
「そりゃあアンタが心配だからに決まってんだろ?」
「でも、会社の件は片付いたし、大丈夫ですよ? それより自分に付けられてるのを発見した時がイヤなんですけど……」
「バレなければどうという事はない」
「バレてるから問題になってるんですよ!」
家に居ながらも盗聴器やら発信機やらに怯えなければいけないのは正直嫌だ。
私みたいに盗聴器や発信機を頻繁に付けられちゃう人、他に居ますか? って居ないか、はは。
「それよりも、名前。俺はアンタがそんなに目ざとく見付けられることに驚いてるぜ」
「なんとなくあなたのする事はわかってきましたから」
嬉しそうにご飯をパクパクと口に運ぶ馬乃介さん。
褒めてないんですよ、喜ばないでくださいよ。
「わかったわかった、アンタがそこまで言うならわかった」
「本当ですか?」
馬乃介さんは箸を置いて、飲み物で口の中を流し込んだ。
コップをテーブルに戻し、一呼吸置いて言った。
「どっちか一つにする、好きな方を選べ」
「全然わかってないじゃないですか!」
馬乃介さんとの会話ってどうしてこうも拉致があかないんだろう。
「なら、俺が名前に発信機を付ける。代わりに名前が俺に盗聴器を付ける。どうだ?」
つまり、会社での馬乃介さんの仕事内容が駄々漏れになるってことか。
ちょっと面白そうとか思っちゃったけど、いいのかそれで。
警備会社のナンバー2が言うセリフじゃないよ。
「付けない方向でお願いします!」
私がそう言うと馬乃介さんは小さく舌打ちしながら胸ポケットを探りだした。
可愛らしいウサギのキーホルダー。しかし、そのお腹の部分には似つかわしくない出っ張りが付いている。
「なんですか、それ?」
「これを持っていろ。ここのスイッチを押せばいつでも俺が駆けつけてやる」
まさか防犯アイテムを元誘拐犯に渡されるとは思わなかった。自虐ネタかな。
でもまあ、それくらいならお守り程度に持っていても良いか。
「……確認しておきますが、このキーホルダーに発信機の類は搭載されてないですよね?」
「押すまでは、な」
押したら駄々漏れってことかな。
ああなんかもう聞くのが怖い。
仕方ない、この辺で妥協しよう。
「ご馳走様。すまん、先に風呂に入らせて貰う」
「あ、はい。どうぞ」
馬乃介さんはいつの間にか食事を終わらせ、立ち上がった。
どことなく馬乃介さんが疲れているように見えた。
私は馬乃介さんの布団を敷き終え、一杯のお酒で一息ついていた。
干したてふかふかの布団だから、きっとゆっくり休めるはず。
馬乃介さん、昨夜は一睡もしてなかったって言ってたからね。理由は下らないけど。
「お、悪いな」
「いえ、今日は早く休んでください」
お風呂から上がった馬乃介さんは既に敷かれた布団に気付き、私が座っているテーブルの向かい側に腰を下ろした。
「その前にちっとばかし俺の事を話しておこうと思ってな」
「あ……はい」
昼間の話の続きかな。覚えていてくれたんだ。
馬乃介さんが普段とは似つかわしくない真面目な顔をしたので、私も少し緊張する。
それから馬乃介さんが言葉にした、彼の出生は、いつもの言動からは想像も出来ない話ばかりだった。
施設の出。
両親が居ない理由。
今の仕事に就くまでの苦労。
私は昼間に『彼とは住む世界が違う』なんて思った事を恥じた。
馬乃介さんも私と同じだ。彼も諦めずに努力し続けた同じ人間だった。
人との距離感や接し方がズレているのはその為だったのだ。
いや、その辺は思い返すと『断層レベルのズレ』に近いけど、今は置いておこう。
でも……
「身分証明書まで見せてくるなんて律儀ですね……」
くすくす、と小さく声を漏らして笑う。
誰かに自己紹介をする時、そんなものを人に見せることがあるだろうか。
私は生まれてこの方そんな事をしたのは一度もない。
「……何笑ってんだよ、名前」
「すみません、馬乃介さんらしいなあと思って」
「チッ」
唇を尖らせていじけるように言う馬乃介さんが何だか可愛い。
微笑ましく見えて、少し口元が緩んでしまう。
でも馬乃介さんは何だか面白く無いのか、私が飲んでいたお酒のコップを奪って一気にそれを飲み干した。
「あっ」
「……ん? おい……これは、何だ……」
「お酒です。度数は低いですが」
馬乃介さんは額を押さえてぐらぐらと揺れる。
もしかしてお酒に弱いのだろうか。
物凄い意外だけど…………あ、倒れそう。
「だ、大丈夫ですか馬乃介さんっ」
私は素早く馬乃介さんの隣にしゃがみ、肩を支える。
「らいじょー…ぶに、みえるか……?」
駄目だ、呂律が回っていない。
顔はもちろん、耳まで真っ赤になっている。これはマジなやつだ。
「布団まで運びますから、立ってください!」
「お、おう…………」
何とか立ち上がらせ、よたよたと馬乃介さんの布団まで歩く。
上手く歩けない馬乃介さんを、精一杯の力を振り絞って引っ張っていく。
身長が高く体格も良い成人男性を、私みたいに運動もロクにしていない女が支えるのは本当にギリギリだ。
「う、重い……」
少しずつズシリと私に体重がかけられていく。
馬乃介さんの呼吸が何だか荒い。
一歩一歩と布団まで一緒に歩いて行く。
まさか馬乃介さんがこんなにお酒に弱いだなんて知らなかった。
意外すぎて、未だに少し信じられない。
「よいしょ……! 馬乃介さん、布団につきましたよ」
「う……」
途端に馬乃介さんの力が抜けて、私の肩からズルリと落ちる。
「ぎゃあ!」
危ない、と思って手を伸ばしても、私の非力じゃ彼を支えることは出来ず、一緒に布団へ倒れ込んだ。
我ながら何とも色気のない悲鳴だ。
「いたた……って、あ、ああっ、ちょっ、えっ、」
この状態を説明するには何とも恥ずかしいのだが、今、私は馬乃介さんに上に寝ている。
しかも馬乃介さんは仰向け、私はうつ伏せ、腕はガッチリと私を捉えている。
「ちょ、ま、まのすけ、さん!」
「……ん…名前…」
密着した体は熱を帯び、お互いの鼓動が混ざり合ってどちらの脈かわからない。
視線を少し上に上げれば、目の前には何とも悩ましい表情の馬乃介さんの顔。
「まのすけさん、離して……」
私は何とも弱々しい声で馬乃介さんに懇願するが、当の本人には聞こえていないようだ。
どんどん脈が速くなるのが自分でもわかる。
このうるさく鳴り響く心臓の音も、きっと馬乃介さんには筒抜けかもしれない。
行き場のない手を仕方なく彼の胸元に置くと、薄い布地を通して彼の鼓動をより強く感じることが出来た。
「……すー……」
細い寝息が聞こえてくる。
もしかして、寝てしまったのだろうか。変に慌てた自分が何だか恥ずかしい。
起こしてしまわないように、静かに腕を解いて逃げ出そう。
私がもぞもぞと動き出すと、私の腰に当てていた馬乃介さんの手が少し下にずれた。
「ひゃっ!?」
びく、と体が跳ねる。
変なところを触られて素っ頓狂な声を上げてしまう。
他人にそんなところを触れられたのは初めてだ。
「あの、あのっまのすけ、さん!」
「……ぐー…」
本当に寝ているのか、この人は。
狸寝入りしているんじゃないかと、疑いの眼差しで馬乃介さんの顔を覗くが瞼はしっかりと閉じられている。
「……!」
よく見ると、目尻から耳にかけて一筋の線が走っていた。
それを見て私は頭から冷水を被らされたような気分になった。
つけられた線を指先で拭うと微かに湿っていた。
彼の境遇、そして現在は、本当に彼が望んだものだったのか。
他人に自分の内面を知られるのは、怖い。
嫌われるかもしれない。
疎まれるかもしれない。
突き放されるかもしれない。
愛してもらえないかもしれない。
馬乃介さんも、私と同じように自分の事を知られるのが本当は怖かったのかもしれない。
でも馬乃介さんは、私の隠していた事実を知っても尚それを受け入れてくれた。
これだけ私のことを愛してくれる人、きっと世界中を探しても彼しか居ないだろう。
だからこそ、その愛に私は応えたい……のかもしれない。
「ん……」
小さく寝息を立てる馬乃介さんは完全に眠りに落ちている。
大きな手が、私の体を優しく包み込む。
それが嫌ではなく、むしろ安心してしまうことに気付いた。
大きな体も、逞しい胸板も、ごつごつとした手も、少し高い体温も、鼻孔をくすぐる香りも、その一つひとつが私にとって愛しいものになりつつある。
そう、か。
もしかして、私は、
馬乃介さんのことが―――……
「――好き、です」
聞こえないようにと祈りながら、か細い声で、切なく呟いた。
(20160812)
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Smotherd mate