あらすじ…履歴書を書いていたら部屋から隠しカメラが見つかりました。
17
どれくらい、そうしていただろうか。
固まったまま手に持った隠しカメラが、手からコトリと落ちる。
……"ここ"だけじゃ、ないかもしれない……。
私は石のように重い体を奮い立たせて、ふらふらとリビングを出て行く。
玄関。
トイレ。
脱衣所。
風呂場。
キッチン。
ベッド。
押入れ。
さして広くはない私の部屋を隅々まで2時間ほど探し続けた。しかし、私の予想に反して何も見つからなかった。
私が発見したのはリビングに置いてある置き時計の1つのみ。
それでも、私の心を打ち砕くには十分だった。
置き時計を隠しカメラごとゴミ袋に入れて、ひとまず押し入れにしまう。
今居る場所が、まるで自分の部屋ではないような奇妙な感覚。この部屋に居る事自体が、気持ち悪い。
私は財布と携帯だけを手に持って、部屋の外に出る。
視界の端には馬乃介さんから貰ったウサギのキーホルダーが映ったが、無視した。
行き先なんて考えてない。
ただ、頭が真っ白なまま歩いていた。徘徊と言ってもいい。
どの道を通ったかも覚えていない。
携帯の時計を見るとお昼はとっくに過ぎていたが、食欲が全然無い。
ふっと顔を上げると公園があったので、何となく入って行く。
平日の昼下がりの公園に人の姿はなく、ただ小鳥があちこちに点々としているだけ。
木陰のあるベンチを見つけ、落ちていた葉っぱをはらってから座り、一息つく。
冷静に、真剣に、考えてみる。
――もしかして、馬乃介さんは何か目的があって私に近付いたのか?
いや、それは無いだろう。彼と初めて出会ったのは4日前だ。
それ以前に見かけたことは無いし、彼の性格上、もしもっと早く出会っていたならその時にすでに私は誘拐されているはずだ。
そもそも、私を狙って何の得がある? いや、得どころか借金しかない。
――じゃあ、好きになってから、設置した?
もしそうならば、可能性はある。
盗聴器も発信機も使っておきながら、隠しカメラは使用しないと言っていた。その点に関しては何やらこだわりを持っていたようだけど……正直なところ、わからない。
――設置するタイミングは?
私は普段から戸締まりはしっかりとしている方だ。
出勤する時だってしっかりと…………。
そこで、ハッと気付いた。
あったじゃないか、一度だけ。隠しカメラを置くタイミングが。
芝九蔵社長が、私の家に来た時……社長がドアの鍵を無理やりこじ開けて入ってきた。
その後、馬乃介さんが鍵を修理してくれたんだ。
絡まっていた糸が、少しだけ解けていく感覚。
しかし、それでもまだ腑に落ちない。
私は馬乃介さんを信じたかったからだ。
「……あら、苗字さん?」
「えっ……」
不意に声をかけられて、声の主を見上げる。
目の前には鹿羽さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「昨日ぶり、ですね……」
「は、はい……、良かったら隣どうぞ」
「いえ……私、まだ仕事中なので……」
「あっ、そうですよね……すみません」
私はベンチの隣へ差し出した手を引っ込めた。
それでもすぐに去ろうとしない鹿羽さん。
「職探し……大変みたいですね……」
「う……」
痛いところを突かれて、少し体が縮こまる。
そんな私を見て、鹿羽さんは口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ゆっくりで……良いと思いますよ……」
「ありがとうございます……」
「借金だって、もう無いんですから……」
「……え?」
鹿羽さんの言葉に、私はすかさず反応する。
借金の件、もちろん鹿羽さんは知っているだろうけど、『もう無い』ということはどういうことだろうか。
疑問を浮かべた表情で見つめていると、鹿羽さんは口を開いた。
「先程……仕事の為、通帳の記帳に行って参りましたの……そうしたら、振り込まれてました……」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ……耳揃えて、1000万」
その言葉を聞いた瞬間、考えるよりも早く口が動いた。
「すみません、無理なお願いとはわかっているんですが、通帳を見せて貰えないでしょうか!」
普通に考えて、会社の通帳を部外者に見せるなんて絶対に有り得ない。
だが鹿羽さんは「言うと思ってました」と、鞄から通帳を取り出した。
「本来なら、見せませんが……苗字さんは、当事者ですから。……少しだけ」
「ありがとうございます……!」
鹿羽さんは通帳を開いて、ページを確認し、該当部分以外を軽く隠すようにして見せてくれた。
私はそれをまじまじと、穴が空くほどに見つめる。
……名義人、ナイトウ マノスケ。
……送金額、*10,000,000。
し、信じられない……。
一括で支払ってる…………!
「……苗字さんもなかなか、面白い方が恋人なんですね……ククッ」
「こ、恋人じゃないです……」
ゆっくりと通帳から目を逸らし、見せてくれた事にお礼を言う。
「では、午後のお仕事がありますので」と鹿羽さんは去って行った。
ますます、わからない。
頭が混乱する。
私を誘拐した馬乃介さん。
借金から助けてくれた馬乃介さん。
優しくて温かい馬乃介さん。
どれが本当の彼なのか、私にはわからない。
考えがあまりにまとまらない。
もう放棄しても良いだろうか。そんな投げやりな事を思う。
静かな町並みをベンチから眺めていると、『哀牙探偵事務所』という看板を見付ける。
ここでもし私が探偵を雇ってアレコレ調べたら、とんでもないイタチごっこだな、と苦笑した。
「誰を信じたら良いんだろうな―……」
心ここにあらず、と言うに相応しい。
もう、誰の目にも映りたくない。
そんな事を考えながら、人気のない道を選んで、私はゆっくりと自分の家へと向かった。
「……おい、名前」
ぼんやりと馬乃介さんの声が聞こえる。
どうやら、いつの間にか眠っていたみたいだ。
ベッドから体を起こして、薄いカーテンで隔てたリビングへ行くと馬乃介さんが既に帰ってきていた。
どうにも最近、寝てばかりでいけない。
しかし、体の疲れは全く取れない。まだ色んな問題が溜まっているからだろう。
「ん……今日は早いお帰りですね」
携帯を開いて画面を見ると、18時半。
「ああ、お前に一秒でも早く会いたくてな」
そんな馬乃介さんの冗談も、今は上手に受け流せない。
「……ご飯もお風呂も出来てなくて、すみません」
「気にするな。転職の為に色々頑張ったんだろ?」
ピラ、と馬乃介さんはぐしゃぐしゃに折れている紙を広げて嬉しそうに見ている。
「俺の嫁になる事も前向きに考えてくれてるみてえだしな」
馬乃介さんが持っているその書き損じた履歴書は、私がふざけた事を考えている時に書いたものだった。
ゴミ箱を外し、転がっていたそれが、見事に馬乃介さんの目に止まったようだ。
本人に見られてしまうとは、一生の不覚!
「か、返して下さい!」
咄嗟に手を伸ばして紙を奪い取り、ビリビリに破る。
「破かなくてもいいじゃねえか。一発採用してやんのに」
「……結構です!」
ふう、と小さく溜息を吐き、馬乃介さんが立ち上がった。
「ま、飯でも食いに行こうぜ。腹減った」
私はというと、昼を抜いたにも関わらず、未だに食欲がないままだった。
頭を垂れたまま馬乃介さんにその旨を告げる。
「すみません、私……お腹空いてないので、食べて来て下さい」
「ん? 具合でも悪いのか?」
「少しだけ……」
馬乃介さんの顔を真っ直ぐに見れない。
嘘を吐く事の罪悪感と、彼への疑いの気持ちが混ざり合う。
「まさか……名前、アンタ……」
「ッ……!」
バレてしまった、のか?
いや、こんなすぐに、バレるはずがない。
「……出来ちまったのか!?」
「……………………は?」
先程までの緊迫感をぶち壊す質問と、返事。
「俺との子が、出来ちまったんだな……良いんだぜ俺は。いつだって養う準備は出来て」
「いやいやいやいや待ってください違います! なに勝手に話を進めてるんですか! そもそも、私達そんな事してない上、出会って何日だと……ハッ!」
見事に。
それはもう見事にハマってしまった。馬乃介さんの思う壺に。
当の本人はニヤニヤと笑って私を見る。
このままではいつもの調子にされてしまう。そうならないように、私は再び心を制す。
「そんだけ元気がありゃ大丈夫そうだな」
「い、いえ……ええと、お昼を食べたのが遅かったので、お腹減ってないんです! だから、すみません……」
「そうか、なら仕方ねえな。じゃあすまんが、ちっと行ってくる」
やっと納得してくれたのか、馬乃介さんはようやく玄関の方へ歩き出した。
ピタ、と止まり、何かを拾って私にゆるい放物線を描くように投げる。
「それ、ちゃんと持っとけよ」
私の手の中に収まったのは、小さなウサギのキーホルダー。
それに目を取られていると、いつの間にかドアは静かに閉まり、外から鍵をわざわざ掛けたのか、ガチャという金属音がした。
徐々に馬乃介さんの足音は遠ざかって行く。
それはまるで、私の心から離れていくような錯覚さえ感じさせた。
(20160822)
[
←
|
title
|
→
]
Smotherd mate