あらすじ…隠しカメラの事を馬乃介さんには内緒にしました。
18
静まり返った部屋で1人になった私は、押入れをゆっくりと開ける。
そこには、私が分解した置き時計とそれに仕込まれていた隠しカメラが乱雑に入った袋があった。
やっぱり、夢などではない。実際にこれは仕掛けられていたのだ。
それをさらに奥の方へと追いやって、ゆっくりと押し入れの戸を閉めた。
このまま、無かったことになればいいのになんて甘い事を考えてしまう。
もういっそ、全てから逃げ出してしまいたい。
そうだ、逃げてしまえばいい。そしてもう誰とも関わらないように生きれば良いんだ。
そうすればもう、信じることも裏切られることも傷付くこともない。
早くしないと馬乃介さんが帰ってくる。
急いで必要なものだけをバッグに詰め込みながら、何度も玄関を確認する。
必要なものといっても、通帳と携帯と財布くらいしかない。本当に私は何もなかったんだなあと、自嘲した。
一日だけでも良い、どこか1人でゆっくり出来る場所が欲しい。
簡易なビジネスホテルでも探そうと、私はふらりと部屋から出て行った。
とぼとぼと歩きながら、まずは近くのコンビニで食料を買おう、と何個目かの角を曲がった時だった。
ドン、と前方から来た人とぶつかってしまった。
「おっと、スマン……と、名前?」
「あ……」
私の目の前に居た、暗がりでも目立つその長身と髪型は誰がどう見ても馬乃介さんだった。
紛れも無く今会ったら一番まずい人物だ。ひやりと心臓が凍りつく。
「また、発信機ですか……?」
ぽつり、と発した言葉は馬乃介さんへの疑念を抱く一言。
しかし彼は平然とした態度で答える。
「いや、付けてねえぜ。これは俺達の純粋な運命だな」
その言葉が、今は何だか薄っぺらく感じてしまう。
ここで出会ってしまったからには、もう逃げられなくなってしまうだろう。
「つーかアンタ、具合悪いのに何してんだよ」
逃げるつもりでした、なんて正直に言えるわけもなく言葉に詰まる。
黙ったまま視線を下に下げると、馬乃介さんの握っていた袋に目が行った。
「……コンビニの袋?」
「ああ、これな」
がさ、と馬乃介さんが持ち上げた袋はお馴染みのコンビニのものだった。
温めてもらった事を示す茶色い袋と、白い袋の2つ。
「俺の夕飯と、名前にゼリーとかプリンとか栄養剤とかを買った。それくらいなら食えんだろ?」
その言葉に、私は目からうろこが落ちたような気がした。
私のくだらない嘘を信じて馬乃介さんは、わざわざ家で食べられるものを買ってくれたのだ。
一方の私は馬乃介さんを疑って逃げ出そうとまでしたのに。
自然と、目から一滴の雫が零れた。
馬乃介さんの優しさが、私の胸を締め付ける。
私の愚かさが、自分自身の心を苦しめる。
彼は私を助けてくれたのに。
どうして私は、彼を裏切るような真似をしてしまったのだろう。
「お、おい大丈夫か!? そんなに具合が悪かったのかよ!」
「ちが……違います……」
ぐい、と涙を拭いながら手を振るが、馬乃介さんは心配の表情を崩さない。
私の前髪をかきあげながら、大きな手を額に当てて熱を測る。ひんやりとして気持ちいい。
「おい、熱あんじゃねえか!」
「……え?」
自分じゃわからないけど、道理で頭がボーッとすると思った。
自覚した途端に何だか体が重く感じ始める。
そんな私の体を馬乃介さんが支え、抱きかかえようとするが、私は弱い抵抗を見せる。
「ま、待ってください、恥ずかしいです」
「どうせそんなに距離ねえよ、気にすんな」
「い、いやです」
ジタバタともがくと馬乃介さんは少しだけ宙に浮いた私を下ろす。
そして背を向けて目の前でしゃがみこんだ。
「じゃあこれならいいだろ?」
「えっ……」
その背中に乗れと言わんばかりに、手招きをしてくる。
「うう……自分で歩けます」
「そんなフラフラで何言ってんだ、良いから早くしろ」
おんぶでも十分恥ずかしいけれど、あまりゴネるのも失礼かもしれない。
急かされ、私はゆっくりと馬乃介さんの背中に体を預けた。
するりと腕を馬乃介さんの肩から前へ通し、落ちないように自分の腕を掴む。
体が密着しているので、私の胸の鼓動はきっと彼に筒抜けだろう。
しかし、スーツ越しに伝わる彼の筋肉の付いた背中はとても頼りがいを感じる。
広くて大きな背中がとても安心する。
馬乃介さんはゆっくりと立ち上がって、私をおぶったまま歩き出した。歩調も緩やかで、まるで揺りかごみたいだ。
微かに香る馬乃介さんの匂いもいつもならドキドキするのだが、今の私には精神安定剤のように感じた。
気付けば先程まで私の心を埋め尽くしていた不安は薄らいでいた。
「おい、着いたぞ名前」
大きめに揺らされて、私はハッと気が付いた。
軽く夢の中に行ってしまっていたみたいだ。
再び馬乃介さんはしゃがんで私を降ろしてくれる。
鍵を開けて中に入り、座って待っているように言われたので私は座布団の上にチョコンと正座をしていた。
解熱剤と体温計の場所を聞かれたので簡潔に答える。数分後、馬乃介さんがコンビニで買ったプリンと、水、薬、体温計を持ってきてくれた。
「薬を飲む前に胃の中に少し入れておけ」
「ありがとうございます……」
体温計の電源を入れて脇に差し込み、プリンの蓋を開ける。スプーンですくって、一口。冷たい甘味が口の中に広がる。朝食以降、初めて食べたその味の美味しさに少し感謝する。
何口か食べていると馬乃介さんも私の向かい側に座り、テレビにスイッチを入れてお弁当を食べ始めた。
何か話さなければ、と思ったが何も話題が浮かばない。
プリンは食べ終えてしまったので、水で解熱剤を流し込む。丁度ピピピ、と体温計が鳴ったので抜き取って、画面に表示された数字を見て驚いた。
「何度だった?」
「さ、38度です……」
「結構あるな。今日はもう寝ろよ」
「そうさせてもらいます……」
私は目の前のゴミを持って立ち上がり、キッチンの方にあるゴミ袋に捨てた。だるく感じる体を何とか動かし、寝る準備を済ませる。カメラは多分……大丈夫だと思う。
リビングに戻り、馬乃介さんに一声掛ける。
「じゃあすみません、お先に寝ます」
「おう」
寝所側に入り、リビングと隔てているカーテンを閉めてベッドにもぞもぞと潜りこんだ。
まだ解決していない問題もあるのに、熱なんか出ている場合じゃないのに、私は自分が情けない。
頼る相手の居ない世界はこんなにも寂しくて心細い。馬乃介さんと出会う前だって、同じ世界のはずだったのに、今は何故こんなにもより辛く感じるんだろう。
ごろんと体をベランダ側に向けると、馬乃介さんがあぐらをかいてこっちを見ていた。
リビングに居たはずなのに、私のベッドの真横に居たのだ。
「っ!? な、何してるんですか!?」
「気付くの遅えよ」
私のあまりの驚きように、馬乃介さんはクックックと肩を震わせて笑った。
どうやら私と一緒にベッドまで付いてきていたらしい。
「添い寝してやろうか?」
「け、結構です!」
私は慌てて頭の天辺まで布団を被った。
「おいおい、窒息しちまうぞ? 顔くらい出しとけって」
「だって、馬乃介さんがそこに居ると恥ずかしくて寝れません……あっちに行ってくださいよ」
「可愛い事言ってくれるじゃねえか」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないです! 馬乃介さんは目で見るタイプの変態ですから怖くて……」
「おいどういう事だ!」
馬乃介さんの手が布団の中に侵入してきて私の顔に触れるやいなや、頬をつねってくる。ひょっほいはいれふ。
あうあう言ってると指が離れて、今度は手のひらで私の頭を撫で始めた。
自分より幾分も大きくてごつごつとしたその手に、私も腕を伸ばしてゆっくりと握った。
そして呼吸しやすいように顔だけ、手を握りながら布団から出した。
「……眠るまで握っててもいいですか?」
「お、おう」
馬乃介さんの大きな手、安心する。
私は握った手を顔のそばにやって、ゆっくりと目を閉じた。
そうか、今、私は独りじゃないんだ。
熱が下がったら、元気になったら、ちゃんと向かい合おう。
立ち止まったって良い。逃げないことが大事なんだ。
そう、教えてもらったから。
(20160824)
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Smotherd mate