あらすじ…色々悩んでたら熱が出てしまいました。眠るまで馬乃介さんが手を繋いでくれました。
19
目が覚めたら馬乃介さんの姿はなく、テーブルには簡単な書き置きと、防犯用機能が搭載されたウサギのキーホルダーが置いてあった。
携帯で時間を確認すると10時半。大分寝てしまっていたようだ。道理でやけに頭がすっきりしていると思った。念のため、体温計で熱を測ると平熱に戻っていた。
書き置きを手にとって目で読む。
名前へ
アンタの寝顔を見ていたら
出社時間を過ぎていて会社から電話が
掛かってきたから行ってくる
熱は下がっても無茶するなよ
すぐ帰るから安心しな
PS.寝顔がメチャクチャ可愛かった
なんだか余計な内容の方が多い文章で、彼は平常運転だと吹き出した。
馬乃介さんの字って意外と綺麗なんだなあ。
これを朝書いていたのかと思うと少し微笑ましい。
「……へくしっ」
ベッドから出て汗が冷えてきたのか、くしゃみをしてしまう。
シャワー……は、まだやめておいたほうが良いか。
私はぬるま湯でタオルを濡らし、水気を切って軽く体を拭いた。昨夜はお風呂に入れなかったから、これだけでも十分気持ちいい。
下着を替えて、溜まっていた洗濯物を洗濯機に入れて回す。ちら、と馬乃介さんの下着も見えた気がしたが何だか恥ずかしくてすぐに視線を逸らした。
うう、ルームシェアって言っても、こういう部分だけは全然慣れない。
冷蔵庫に入っていたゼリーを食べて、薬を飲む。まだ本調子ではないが、昨日よりは幾ばくか食欲も出てきた。
することもなくのんびりテレビを見ていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
寝巻き姿で出ることに躊躇したが、馬乃介さんも居ないし仕方ない……と、覗き穴から確認すると、そこに居たのは隣人の男性――平木野さんだった。
全く見知らぬ人だったら居留守を使おうと思ったが、隣室とあれば何かあったのかと思い、私はドアを少しだけ開けた。
「はい、何でしょうか?」
私が出ると、平木野さんは慌てた様子で早口で説明した。
「あ、すみません! その、実は大家に内緒で、うちで飼っていたペットが居なくなってしまって……!」
「ペット、ですか? ちなみに何の?」
もちろん、私の住んでいるアパートはペット不可である。
そう言えば以前、馬乃介さんがここに住むと言い出した時に「俺をペットと思っても良い」とか言っていたけど、そう切り返せば良かったかもしれない、と思い出し笑いしてしまう。
「ハムスターです。もしかしたら通気口とかを抜けてそちらにお邪魔していないかと思いまして。反対側のお隣さんにも声を掛けて、上がらせてもらったのですが居なくて……」
思い返してみても、ハムスターを自分の部屋で見かけたことなど一度もない。
「すみません……見ていないです」
「そうですか……。あの、本当に失礼とは承知なのですが、5分だけでいいので苗字さんの部屋を確認させてもらってもいいですか?」
う。どうしよう。
病み上がりだし、人をもてなす元気など全く無い。
しかし平木野さんの表情はペットが居なくなった事により全く覇気がない状態だ。
自分の目で確認して納得したいのだろう。切実な思いがひしひしと伝わってくる。
「あの、私、具合が悪いので……本当に少しだけなら、良いですよ」
「ッ! ありがとうございます!」
私の返事に、平木野さんは表情をぱっと明るくし、大げさに頭を下げる。
意志が強いあの表情は、弱気なことを言いながらも引き下がる気配が見えなかった。でも面識はあるし、いざとなったら馬乃介さんから貰ったキーホルダーもある……そう思って、私は彼を部屋へ上げた。
キョロキョロと部屋を見回して探索をしている平木野さん。
一応麦茶くらいは出しておこうと、テーブルにグラスを置く。
「居ましたか?」
「……いえ、居ないです。どこに行ったんだろうか……」
麦茶を勧め、平木野さんは礼を言ってテーブルのそばに座る。
正反対に私は立ち上がり、意気消沈している平木野さんの横を通る。
そして私はあるものを取り出して、彼の背中に問い掛けた。
「……もしかして、探しているペットってコレですか?」
私が彼に見せたのは、袋に乱雑にしまった置き時計と隠しカメラ。
「ペットなんて真っ赤なウソ。……ですよね?」
平木野さんが一瞬、核心を突かれた様な表情をしたのを私は見逃さなかった。
しかし、すぐに笑顔を取り繕って乾いた笑いをする。
「ははは……何言ってるんですか。僕が探しているのはペットで、そんな壊れた時計じゃありませんよ?」
「何で壊れているって分かったんですか? 部品は外してませんし、袋に入れてるだけなのに」
「なっ……! だ、だって時計の針の時刻が……」
「普通、『壊れているの?』とかは聞いても、断言はしないと思うんですが」
彼の些細な失言を私は決して取りこぼさない。重箱の隅をつつくようなやり方だが、そうでもしなければ私は負けてしまう。
「あなたは知っていたんじゃないですか? この時計に仕掛けられていた隠しカメラを通して壊れた瞬間を見ていたから」
「ッ!!」
男の額から汗が一筋伝う。
何とか平静を装っているが、内心焦っているに違いない。
「隠しカメラなんて知らないね、僕じゃない! もしかしたら君の同居人が仕組んだんじゃないかな?」
「それはありえません」
「おや、どうしてかな。理由を聞かせてくれないか?」
「一緒に住んで居るのにわざわざ仕掛ける必要が無いからです」
もしお互い住む場所が違えば、どうなっていたかはわからない。
しかし、彼は盗聴器や発信機を使えど、隠しカメラなんて使わないとハッキリ言った。
熱が下がって、ようやく本当の意味で目が覚めた。
だが、今は悔いている場合じゃない。
「な、何だいそれ……じゃあ僕にだって、君の部屋にそんなものを仕掛ける理由はないよ!」
「そうですね、私も理由はわかりません」
「ほらね!」
「でもタイミングならありました」
「!!」
数日前、社長がこの部屋の鍵を壊した。
隣でそれが聞こえていたあなたは、その夜に忍び込んで仕掛けようと思っていたが、馬乃介さんが玄関前に居たせいでそれが叶わず、誤魔化すために缶コーヒーを手渡した。
そして翌日、私も馬乃介さんも家から離れているタイミングがあった。
私が出社すると同時に馬乃介さんも私を尾行した……まさにその時、私の部屋に忍び込み、置き時計に隠しカメラを仕掛けた。
しかし馬乃介さんは私の会社の場所を確認したら、すぐに戻ってきた。だから1台しか仕掛けられなかったのでしょう。
「そんなの、僕以外にも出来るはずだろ!
「いえ、それは無理でしょう」
「……ふうん、どうしてかな?」
「犯人がこの日を狙った理由は……鍵が壊れたことを知ったから、だと思います」
私の部屋は端にある。隣室は平木野さんのみ。
部屋の鍵が壊されたことなんて、私と馬乃介さんと社長しか知らないはずだ。
社長の声がどれだけ大きく響いていたとしても、鍵が壊れた音までは周囲に聞こえるはずがない。聞こえたとしても……せいぜい、隣室までだと思う。
「じゃあ、その社長とやらが……」
「私も最初は疑いましたが、違います。玄関先で会話をしただけで、室内には入っていません」
――なんやおらんのかァ? って……開いたやんけえええええ!!
――鍵を閉めていたはずなのに社長がドアノブを回した時に『ガチャガチャバキメキィッ!』って音がした。
「……それに、あの馬鹿力でドアをこじ開けたというだけで、本人は鍵を壊した事に気付いていませんでした」
「で、でもさ、仕掛けられたのがその日なんて、どうしてわかるんだい?」
確かに、その日よりも更に前に仕掛けられた可能性もある。
戸締まりをしっかりしていたと言っても、馬乃介さんに容易くピッキングされてしまうような鍵だ。
置き時計の位置が変わったとか、そんな名探偵みたいな事は覚えていないが、違和感なら一つだけあった。
「……下着が、減っていました」
「ッ!!」
「変な話ですが、馬乃介さんは同じ部屋に住んでいるからいつだって見れるのに、わざわざ盗む必要がありません」
「…………!」
だらだらと、男が汗をかきはじめる。
男のその反応がまさしく、私の推理は正しいという事を示している。
「……だ、だけど、そもそも、男がいるならわざわざ仕掛けたりしないでしょ。男連れだよ!? 意味無いじゃん!」
そこがわからない。もし仕掛けるとしたら、馬乃介さんと住む前のはずだ。
つまり、犯人は馬乃介さんが現れたことを知ったからこそ、仕掛ける必要があった?
「推測ですが……もし犯人がストーカーだとしたら……」
――昨夜、アンタとまともに話が出来なくなったと思い俺は一旦外に出た。その後、俺は寝袋を持ってきてアンタんちの玄関前で一晩過ごした。
「馬乃介さんと私が一緒に暮らし始めたと勘違いして、その事実を確認しようと、仕掛けたのだとしたら……」
――隣人らしき男にも声を掛けられて、俺はこう言ったさ……『愛しい恋人と喧嘩をしちまってな、頭を冷やすために外で寝るんだ、気にしないでくれ』とな。
「一緒に住み始めるタイミングを知ることが出来たのは、仕掛けた前日に私の部屋の玄関前で馬乃介さんと会話をした、あなたしか……居ない……!」
微かに記憶の隅に残るピースを組み合わせていくと、見事に綺麗なパズルを作り出していく。
いくつもの絡まった謎が一つになって、私に真実を導き出してくれた。
ヒクッ、と男が笑う。
その笑みはどこか狂気をはらんでいて、恐ろしさを感じた。
「……おお、お、面白い推理だけど、肝心の証拠がないよね!」
確かに、ここまでは私の憶測でしかない。
男が仕掛けたという決定的な証拠が無いのだ。
「……証拠は見つかりませんでした」
「ほらな!? 勝手な事ばっかり言って……!」
「馬乃介さんが犯人である証拠が、見つかりませんでした」
「……ハア?」
昨日隠しカメラを見付けた私は、すぐに部屋中を探し回った。
しかし、リビング以外に隠しカメラが見つからなかったのも妙だったし、何より隠しカメラを仕掛けたということは、それを見るための機材が必要のはずだ。
私の部屋は広くはない。機材も探そうと思えばすぐに見つかるはずだが、欠片も見つからなかった。
……馬乃介さんがこの部屋に持ち込んだ荷物も最初は怪しんだが、とてもビデオ機材等が入る大きさではないし、漁るなんてもっての他なので見逃した。
それに馬乃介さんが隠しカメラを仕掛けたとすれば、真っ先に置き時計が無いことに気付くはず。なのに何も言わなかった。
「……だから私は、隠しカメラが私に見つかって壊される直前の映像を見た犯人が、必ずここにやって来ると思いました」
「ッ…………!」
「もし本当にあなたが仕掛けて居ないというならば、見せてもらえませんか?」
証拠が無い事が、証拠になる。
ならば、それは、目の前に居る男――平木野さんにも通ずる話だ。
「あなたの部屋に、隠しカメラで撮った映像を見る為の機材。そして、私のタンスから盗んだ下着が無いという証拠を!」
「くっ…………!!」
男は持っていたグラスをわなわなと震わせる。
反論する手立てがないのか、何も言えないといった様子だ。
「くそおおおおぉ――!!」
男は叫びながら、グラスを私に投げ付けた。
咄嗟に構えて防いだが、中身が私にぶち撒けられる。冷たい麦茶が私と床を濡らす。
気付くと男は目の前まで迫っていて、私を床に力強く押し倒した――!
(20160826)
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Smotherd mate