14.狼と密かな愛の薔薇
ほぼ週一で通っていれば見慣れもするであろうドアのチャイムを鳴らす。向こうも大分慣れたのだろうか、誰が来たのか確認もせずに俺の名を呼びながらドアを開けた。和やかに歓迎され、初対面時のぎこちなさや警戒心は大分払拭されたと感じる。ずいぶんと打ち解けてくれたもんだ。俺は背中に隠していた花を名前に差し出す。
「これやるよ。通りを歩いてたら花屋の店員に押し売りされてな」
「わあ〜薔薇だ! 綺麗ですね!」
内心緊張していたが、名前は花束を両手で抱き締めるように受け取ってくれた。いつも通り家の中に誘われるのでお邪魔する。自分で来ておきながら何だが、もう少し疑いを持ってくれねえだろうか。別に後ろめたいことをするつもりはねえけど、逆に男として見られているのか心配になる。つーかまさか、他にも男友達が来たりすんのか?……いや流石にそれはねえか。ここはアクビーの家でもあるしな。それに、アイツと同じように兄らしく接してきた自分も悪い。まあいい、信用されてるって事だ。
「ちょうど良かった。狼さんも食べてって下さい」
「な、何だこれは?」
「チョコレートフォンデュです」
「そっちじゃねえ」
俺がその異様な存在感に疑問を呈したのはチョコレートフォンデュ……が置かれているテーブル。お手製のキルトであろう大きな布が挟まれて、それは床まで密着している。まるで土台のある布団だ。
名前曰く、これは"コタツ"という日本の伝統的な暖房器具らしい。年末年始に母方の実家に行った時に貰ったようだ。名前は寒いのが苦手らしく、冬の間はもっぱらこの"コタツ"に入っていると言った。
靴を脱いで促されるままコタツの中に入る。二月の寒さで冷え切った体がじんわりと温まっていく。こんな温かいものがあるなんて日本が羨ましいぜ。
フォンデュの隣にはイチゴやバナナなどのカットフルーツに、マシュマロ、カステラ、ワッフルなど色々な具材が揃っていた。他に誰か訪ねてくるのか聞いたが、どうやらその予定はないらしい。つまりこれは俺だけの為に用意されたと言っても過言ではないだろう。ニヤけそうになるのを我慢しつつ、フォークをイチゴに突き刺してチョコの鍋に浸す。トロトロに溶けた甘いチョコレートが少し酸味のあるイチゴとよく合う。完熟なバナナもふわふわのマシュマロもさくさくのワッフルも美味い。
「チョコ付いてますよ」と名前がナプキンで俺の口元を拭う。子供扱いするなよと言おうとしたが口がうまく回らない。それに、甘やかされるのも嫌じゃないと思う自分が居た。フォンデュだけでなく空気までもが甘ったるくて、平静を装っていた俺の顔面はものの見事に崩れてしまった。
全部食べ切ると体も心も満たされたおかげか、今度は睡魔がやってきた。大分長く居座っちまったしそろそろ帰るか……と思ったが、どうしたことだ。体が動かない。気付けば俺はこのコタツの温かさの虜になり、床に座る事の心地よさを手放し難くなっていた。日本の暖房器具め、卑怯だぜ。うつらうつらしていると、飲み物を持って来ますと名前が席を立った。至れり尽くせりな時間に満足し、テーブルに頬杖をついてそっと目を閉じた。
次に目を開けた時、視界に入ったのはカーペットだった。頭にはクッションも置かれている。道理で寝心地がいいと思った……じゃなくて、俺は寝ちまってたのか? 既にテーブルの上は片付けられ、俺が渡した薔薇が花瓶に飾られていた。情熱的な深紅色の七本の薔薇は寄り添うように互いの存在を強調している。
「あ、狼さんおはようございます。気持ちよさそうに寝てましたね」
「悪いな……温かくてつい寝ちまった……」
「そこがコタツの良いところなんですよ。でも風邪引かないようにしてくださいね」
「応。そろそろ帰るぜ。チョコフォンデュなんてなかなか食えねえから良かった。美味かったしな、ご馳走様」
「なんだか急に甘いものが食べたくなっちゃったんですよね〜ほんといいタイミングですよ狼さん!」
その言葉を聞いてコートを羽織る動きが一瞬止まる。もしかして、このフォンデュは俺の為に用意されたものじゃなかったのか?
「アンタ、今日が何の日か知ってるか?」
「え? 今日は14日ですけ……ああ、なるほど!」
名前は右の拳で左の手のひらをポンと叩く。そんな漫画みたいなジェスチャーをする奴は初めて見た。
ということは、今日が何の日か知らずに七本の薔薇の花束を受け取り、俺にチョコレートフォンデュを振る舞ったのか。ここまで来るとどうやってアプローチすればコイツに届くのかわからなくなるな。
聞けばどうやらボルジニアではバレンタインの風習自体が浸透していないらしい。日本は日本でバレンタインを独自のイベントにしちまってるし、名前は名前でチョコを渡す相手なんざ友人程度だという。それじゃ確かに馴染みも薄くなっちまうよな。同時に望みも薄くなっちまう。が、そんなのんびりとした速度が丁度良い──と思い始めている俺も、大分染まっちまっている気がするな。
(20180326)
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Smotherd mate