7.子羊と観覧車
昼食を食べた後は少しペースを落とし、ゆっくりと色んなショーやパレードを楽しんだ。大分足取りも重くなってきた頃、園内は暗くなり徐々にライトアップされていく。明るい時間帯と違ってなんだかロマンチックだ。
「このライトアップされた園内を観覧車から眺めるのもオススメなんだよ」
提案すると二人は乗ってくれたので観覧車の列に並ぶ。ようやく順番が来たと思ったら兄さんの携帯が鳴った。電話に出るやいなや真面目な顔で話し始める。仕事の電話かな、と思っているとどうやらその通りだったらしく、自分をおいて私と狼さんに乗るよう勧めた。返事をする間もなく兄さんは観覧車から離れてしまい、どうしましょうかと狼さんに視線を送ると、構わねえよ乗っちまおうぜと言った。今日は狼さんの為に来たようなものだし(私も大分楽しんだけど)、せっかくだから乗ってしまおう。兄さんが居ないのは少し寂しいけど。
……いや、寂しいというより難しい。深く考えずに乗り込んでしまったが、兄の友人と二人きりでこの狭い密室に居るのは違和感しかない。会話に困る。何か話さなくちゃ……あ、そうだ。そういえばまだお礼を言ってなかった。
「狼さん、朝は味方してくださり、ありがとうございました」
「ん? ああ、別に気にすることねえよ」
向かい合う狼さんに頭を下げる。テーマパークが楽しすぎて、兄さんとの同居の件で狼さんが味方してくれた事のお礼を言い忘れていた。狼さんのおかげで今日は一日中楽しかったし、やはり彼との付き合いが長いからか兄さんもすぐに説教を辞めてくれたのだろう。
緩やかに頂上へ近付いていく中、狼さんが窓の外を見て声を上げた。
「おい見ろ名前、夜景が綺麗だぜ!」
「本当だ、すごいですね! 天辺に来た時が楽しみです」
「ああ、そうだな!」
良かった、狼さんが楽しんでくれて。色とりどりの眩い灯りが園内を照らし尽くす。その景色はとても幻想的で、このまま時が止まってしまえばいいのにと願うほどだった。
しばらく外を眺めていると天辺に到達した。その時、観覧車のライトが消えてゴンドラの中が真っ暗になった。急に視界が暗闇に包まれて一寸先すら見えなくなってしまった。
「えっ!? な、なんで?」
「何かのイベントか?」
「い、いえ、わからないです……」
こんなに高い場所で観覧車が止まるなんて悪い冗談だ。もしイベントなら尚更質が悪い。心の表面が粟立つような感じがして落ち着かない。慌てて背中側の窓から隣のゴンドラを確認するが同じように真っ暗だった。動き出す気配はまだない。……急に心細くなってきた。もしずっとこのままだったらどうしよう。不安が波のように押し寄せてくる。
膝の上に手を乗せて微動だにせず、そんな悪い想像ばかりを巡らせていると、その手の上に私のものではない温もりが添えられた。
「……名前、大丈夫か?」
「ろ、狼さん?」
暗がりで全く見えないが目の前に居るのだろう、彼の気配を感じる。どうやら何度か私の名を呼んでいたが返事がなかったので、心配になって傍に来てくれたらしい。ひどく考え込んでいたせいで気付かなかった。彼の大きな手の温かさに少しだけ安心を取り戻す。声のする方からして、私の目の前に屈んでくれているのだろう。ふわりと柔らかい陽光のような香りが鼻先を掠める。これは狼さんのコロンかな。それともシャンプー? 優しくて、いい匂い。
途端、ゴンドラ内に明かりが戻った。無意識に近付いていたのか元々近かったのかわからないが、狼さんと至近距離でバッチリと目が合った。彼のダークブラウンの瞳はハッキリと私を映し、胸が一際大きく高鳴った。
放送が流れてくる。システムに不具合が発生したが、今ちょうど復旧したらしい。それを聞いた私達はどちらともなく離れて「良かった」と言い合う。まだ少し、胸がドキドキしている。
携帯に着信が入る。画面を確認すると兄さんだったので、狼さんに一言断ってから電話に出る。兄さんは心配そうにしていたが、特に問題もなく狼さんも私も無事だと伝えて電話を切った。
やがて地上へ到着し、兄さんと合流した。
「名前、無事で良かった。狼に変なことはされてないか?」
「変なことなんて……狼さんは優しかったし、大丈夫だよ」
「優しかった? この男が? 何をどう優しくしたんだ? なあ狼?」
「誤解だアクビー! 落ち着けって!」
兄さんは完全に勘違いしている。言い方が悪かったのかも。それにいつもより少し平静を失っているようだ。よっぽど心配してくれていたんだろう……なんて思っていると、兄さんの細い指に耳を引っ張られている狼さんが私に助けを求めたので、慌てて間に入った。
小さなハプニングはあったけどすごく充実した一日を送れた。思い出を残したくて、私は二人を呼んで、観覧車を背にして写真を撮った。相変わらず兄さんは仏頂面だったけど、私には笑っているように見えた。
童心に帰って兄さんと楽しく遊べた事も、出会ったばかりの狼さんと打ち解けることが出来たのも、私にとってはかけがえのない思い出になった。
(20161230)
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Smotherd mate