8.狼と小さな約束
アクビーと名前と過ごし始めて一週間。観光名所に行ったり、遊園地で遊んだり、家でゆっくりとDVDを見てチーズフォンデュを食べたりと、思った以上に俺は休暇を満喫していた。こいつらと居ると楽しくてつい時間を忘れちまう。もうホテルに戻るのも面倒になり、俺は適当な毛布を買ってアクビーの家で寝転がるようになった。名前はベッド、アクビーはソファ、オレは床。なんともわかりやすいヒエラルキーだ。
翌週、俺とアクビーはいよいよ名前の引っ越しを手伝うことになった。アクビーの提案により、一旦三人で実家へ戻り名前の荷物をまとめて父親の車で持ってくる、という流れになった。
名前が実家へ連絡を入れた後、俺達は電車で最寄り駅まで向かった。するとアクビーの親父さんがハマーで迎えに来てくれていた。こいつの実家がこんなゴツい車に乗っているとは思わず完全に期待を裏切られた(いい意味で)。
二十分位で実家に到着し、俺は改めてアクビーと名前のご両親に挨拶する。二人とも穏やかそうで、この兄妹はきっとたくさん愛されて育ったんだろうな……って、こいつらが大きくなってから再婚したんだったな、そういえば。だがそう思ってしまうくらいに、家族同士の深い絆を感じた。
名前は荷造りをするのに少し時間がかかるそうで、その数日間、俺は二人の実家に泊まらせて貰うことになった。
ボルジニアに来てからというものの、ヒックス一家にやたら世話になっているのが申し訳なく思いつつ非常にありがたい。何より"家族"と触れ合えること自体が、俺にとっては心温まるものだった。
そんなある日の夕方、廊下を歩いているとガタンという物音がした。名前の部屋からのようだ。ノックをしながら声を掛けて中に入る……と、名前は大きな布を被って床に倒れていた。どうやら棚の一番上にある荷物を取ろうとしたら一緒に置いてあった布が落ちてきて、そのまま被ってしまったらしい。
「おい、大丈夫かよ」
「アイタタ……って、狼さん! 駄目ですよ、女の子の部屋に勝手に入っちゃ!」
「ス、スマン。しかし随分散らかってんな」
「うう……荷造りが進まなくて」
名前は起き上がって頭から被っていた布を折りたたみ、それも荷造り用のバッグの中に入れた。よく見ると名前の部屋にはいろんな種類の布が散らばっている。サイズは様々で、コースターくらいの小さなものもあれば、タオルぐらいの大きなものもあった。色とりどりの糸やミシン、後はあまり見慣れない道具ばかり。壁には自作であろう刺繍やパッチワークの作品が飾られている。
「アンタ、裁縫が好きなのか?」
「はい! 昔から刺繍や縫製が好きで、新しい勤め先も手芸店なんです」
名前はやや興奮気味に答える。そんな趣味があったのか、知らなかった。あのパイといい手芸といい、物を手作りするのが好きなんだな。するとコンコンと部屋のドアがノックされる。入ってきたのは名前の兄、アクビーだった。
「名前、夕飯が出来たようだが狼を知らないか……って何だこんなところに居たのか」
名前に話し掛けた時のあどけない顔から一変し、嫌そうな顔をするアクビー。そんな目で見んなよ、別に何もしてねえよ。またコイツに何かしら文句を言われる前に先手を打っておこう。
「アクビー。お前、名前の勤め先を知ってたか?」
「ああ、手芸店だろう。学生の頃からアルバイトをしていたからな、そのツテらしい」
いや、知っていたなら言えよ! そう吠えると聞かれなかったからなと平然と返された。確かにそうだけどよ。どうやらアクビーと名前は、俺が一週間前にホテルをチェックアウトしている間にそんな話をしていたらしい。俺の事を蔑ろにしすぎだろ、こいつら。まあいいけど。
その上「私の家にあるタオルケットや鍋敷きは名前が作ったものだ」とか自慢してきやがった。アクビーの家にしてはイメージと違うものが置いてあるものだと思っていたが、そういうことだったのか。あのパッチワークはクリームとライトブルーの布を主に使われていたが、アクビーを表現していたんだなと気付いた。店で売れるレベルだと思う。
「なあ、名前」と一声掛けたところでアクビーに「パッチワークは時間も材料費も掛かる。気軽に頼んで良いものではない」と止められた。
「もちろんタダでなんて言わねえよ、アンタの技術にしっかり報酬を払った上で手に入れたいんだ」
そう言うと、名前は心底嬉しそうに「喜んで!」と俺の依頼を受けてくれた。それならいいかとアクビーも納得する。名前が俺にどんなイメージを抱いてキルトを作ってくれるのか、今から楽しみだ。いつもならその辺の店で買ったものを使い捨てるばかりだが、たまには手作りもイイよな。
休暇を過ごしている内に、俺は肩まで平和に浸かってしまったようだ。
(20170211)
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Smotherd mate