9.羊と雪解けの回想
私と名前の親が再婚したのは、私が既に国際捜査官として働き始めており、彼女が高校生の頃だった。
父は自由奔放な人で、私を置いてよく海外旅行へ行っていた。その時私は一人暮らしを始めていたので父の好きに生きて欲しいとは思っていた。が、まさか日本人女性をボルジニアへ連れてくるとは思わなかった。その上再婚するとまで言い出した。最初はただの友人関係だと思っていたが、どうやら二人の間にはしっかりと愛が育まれていたようだ。
相手の女性は子どもを連れていた。それが名前だ。まだ学生なのに日本から海外に連れて来られて少し可哀想だとも思った。初めて名前と顔を合わせた時、物静かで大人しいという印象を受けた。緊張していたのだろう。
「私はアクビーだ。怖がらなくていい、私は君の兄になる。よろしく頼む」
「あ……私は名前です……宜しくお願いします」
手を伸ばして握手を求めると、名前はそっと小さな手で握り返してくれた。それを見ていた父が「人質を解放した警察官みたいだな」と笑った。どうやら私は名前の緊張を解くのに失敗したらしい。
私は仕事もあるし一人暮らしの部屋もある。だから実家に帰って来れるのは、良くて半年に一度、悪くて一年に一度帰れるか帰れないかというものだった。戸籍上では家族であれど、母や名前とはあまり会話が出来なかった。
再婚して一年が経ち、その年の冬に私は実家に帰った。自分の部屋でアルバムを眺めていると、名前がやってきた。彼女から私に接触してくるなんて珍しいと思っていたら、母親と喧嘩をしたとの事だ。内容は高校卒業後の進路についてだった。
「……私、何をしたら良いのかわからない」
名前は将来について悩んでいた。彼女は在学中、手芸店でアルバイトをしていた。昔から縫い物を趣味としていて、それの延長線のようなものだった。だから卒業後も趣味を活かした仕事に就きたいと思っていたが、母親に反対され、自分の将来や人生について迷いが生じてしまったらしい。
「私は勿体ないと思う」
「勿体ない?」
「ああ。君の時間は何かに悩んで費やすよりも、好きなことの為に使った方が良い。あんなに素晴らしい作品を生み出す腕を持っているのだから」
「……!」
そう言うと名前はハッとした。
私は気付いていた。帰省する度に手作りのキルト作品がリビングに増えていることを。そしてそれを作ったのが名前だということも。彼女の趣味は父から聞いていたし、縫い物をしている姿を何度か見掛けたこともある。
彼女の作品は暖色系の布地を使い、どれもが丁度いい体温のようなもの感じさせてくれる。寒色系を用いても尚、そこに刺繍糸で刻まれる動物やモチーフには緩さがあり、見ていて微笑ましくもあるのだ。帰省して名前のキルトを見る度に『ああ、帰ってきたな』と安心する自分が居た。
胸に秘めていた感想を伝えると、名前は突然泣き出した。何かマズイことを言っただろうか。慌てて慰めようとするが言葉が出てこず、どうしたものかと冷や汗をかいていると、しゃくり上げていた彼女が嗚咽を漏らしながら口を開いた。
「ごめんなさい、急に泣いたりして。私は兄さんに嫌われていると思ってたから、こうして悩みを聞いてくれたのが嬉しくて……。それに、私の作ったものを褒められるなんて思わなくて……」
彼女にとってはとても勇気の要る行動だったのだろう。安心して気が抜けたのか、まだ涙は止まりそうにない。とりあえず近くにあったティッシュを渡すと、名前は礼を言って遠慮なく鼻を噛んだ。
私の、他人と壁を作ってしまう性格がここまで彼女を悲しませていたのか。それと同時に、心を開けば相手も相応の態度を示してくれるのだということに長年生きてきてやっと気付いた。
それから私は、名前の背中を押すように応援し、母に彼女の才能や意志を尊重するように伝えた。私まで進路の話に加わったことにひどく驚いていたが、私がそこまで言うならと名前は自分の趣味を貫けることになった。
三ヶ月後、名前が私の部屋までやってきた。実家から食料や生活用品などを持ってきてくれたらしい。最後に大きな包みを取り出すと、にこにこ笑いながら私に手渡した。開けてみてと言われてリボンを外して開くと、中には彼女が作ったタオルケットが入っていた。私をイメージして作ったというそのタオルケットは、まるで星の海のようなデザインのパッチワークだった。「相談を聞いてくれてありがとう、アクビー兄さん」と彼女がはにかむ。私は自分のしたことがこうして気持ちになって返ってくるのが嬉しくて、照れくさくて、くすぐったいような感じがした。人はこういう気持ちにもなることがあるのか。私こそ、それを教えてくれた彼女に礼を言うべきだ。
「ありがとう、名前」
「私こそ……兄さん!」
春の雪解けのように、私と名前の間にあった壁のようなものはいつしか消え去っていた。
私にとって名前は大事な妹だ。これからもそれは変わらないだろう。
「……名前、アイツのタオルケットにクリームとライトブルーだけは使わないでくれ」
「わ、わかったよ。(……嫌なんだね、お揃い)」
(20170313)
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Smotherd mate