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仕事が一息つき、椅子の背にもたれ掛かる。デスクに置いてあるマグカップを手に取って、眠気覚ましのコーヒーを喉に流し込んだ。
この前はびっくりした。まさか哀牙さんと二回も出会ってしまうなんて。
偶然とは続くものだ。それも、コーヒーショップで。
付き合っていた頃は一度もそんな店、入ったことはなかった。だってあの人は紅茶派だから。
……そうだ、あの人がコーヒーを飲んでいる所なんて見たことがない。それなのにどうして居たんだろう。
――私が居たから?
「えっ……」
ふと思い付いた理由に自ら驚き、声が出た。
それは少し、飛躍している。
――いいえ、そうとは限らない。
都合のいい妄想に、過ぎない。
――ううん、でなければ来るはずがない。
否定と肯定が頭の中で衝突する。
もし私の想像通り、『私が居たから来た』のであれば、彼はもしかすると――……
急に胸がざわざわと騒ぎ出す。かと思えばそれは、まるで初恋を知った少女の心の様に鼓動を打ち始めて、カッと顔が熱くなった。
その先を言葉にするのは、まだ性急すぎる。
どうして今更になってまた、私の心を掻き乱すの。
駄目、仕事に集中して。今はそんな事を考えている場合じゃない。それなのに、私の頭が勝手に哀牙さんで埋め尽くされていく。キーボードを叩いても誤字ばかり。遂には手が止まってしまった。
――私は彼を、心の底から愛していた。
決して揺らぐことのなかった彼への愛が、蓋をした筈の胸の底からゆっくりと這い上がってくるのを感じた。
***
仕事がてら公園へ向かうと、我が友人である諸平野殿が相も変わらず散歩をしていた。その隣には無邪気に笑う名前殿の姿があり、目を疑った。
――何故二人が一緒に居る?
途端に心の中にドス黒い感情が、透明な水に交わる黒い絵の具の様に侵食していく。
ぐつぐつと煮え滾る嫉妬心に冷静の皮を被せ、足早に彼らへ近付いた。名前殿は我の接近に気付くとギョッとして、わかり易いくらいに視線を逸らした。
「何をなさっておいでかな?」
「あ、星威岳さん。たまたま名前さんと会ってさ」
「……じゃあ諸平野くん、私はこれで」
「うん、またね〜!」
最早我になど目もくれず、名前殿は早々に立ち去ってしまった。その背は振り返ることもせず徐々に遠くなり、やがて角を曲がって行った。
避けられている……当然だ。あの喫茶店で我に話し掛けられた事も、その前に偶然出会った事さえも、彼女にとっては忌まわしき出来事だったのだろう。
わかってはいるが、傷付くものだ。……何を被害者ぶっているのか自分は。
昔は彼女が"こうだった"というのに。
しかし、今は違う。我はあの頃の我ではない。
彼女が我以外の男の物になってからでは遅いのだ。
「諸平野殿、他者の想い人に手を出すのはマナア違反と存じますが?」
「……何だ、もう認めてるんじゃないか」
威嚇する様に諸平野殿に牽制すると、彼は予想とは正反対に嬉しそうな顔をした。我が彼女への想いを断ち切れていない事を見抜いていたのだろう。
「はい、これ」
「これは?」
「彼女の電話番号。要る?」
ピラ、と諸平野殿が一枚の紙切れを見せ付ける。そこには11桁の数字が書かれていた。携帯を変えたのだろうか、その番号は我の知っているものでは無かった。
「探偵たる我は、他者が指紋をつけた証拠品に興味などありませぬ」
「どこに居るかわからないのに?」
「なればこそ探す甲斐がある。この哀牙に見付けられぬ愛は無しッ! これにて失礼――あ、そのメモは捨て置くのですぞ!」
諸平野殿にそう言い残し、我は公園から走り去って行った。
今追い掛ければまだ間に合う筈だ。
もう回り道などしない。
後悔もしたくない。
今すぐに我が想いを伝えたい。
「星威岳さんって、あんなに熱い人だったんだ」
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Smotherd mate