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細心の注意をはらい、なんとか常夜さんの家まで戻ってきた。
玄関を少し開けて声を掛けるが返事がない。どこかへ出掛けているのだろうか。すると哀牙探偵は「失礼します」と中に入ってしまった。不法侵入ですよなんて言いながら私も便乗してお邪魔する。
常夜さんの不在を確認した哀牙探偵は、壁に掛けられている弓矢を手に取った。
「事故が起きたとされる四年前に使われた弓矢、気になりませぬか?」
「でも矢尻に刃はないですし、特に危険なところも……」
哀牙探偵に矢を手渡される。が、手を滑らせて落としてしまった。矢の先端がカツンと床に当たった瞬間、細長い針がシュッと飛び出した。
「ムッ!?」
「えっ!?」
「これは仕込み針ですな。今の衝撃で飛び出したようだ」
「ど、どうしてこんな仕掛けが……」
哀牙探偵は床に落ちた矢を拾い、懐からスプレーを取り出してシュッと吹きかける。それを光の当たらないところで確認すると、針は青白い光を放った。
「もしかしてそれ、ルミノール試薬ですか?」
「ええ。最後に使われたのが四年前とはいえ、保存状態が良かったので見事に反応しましたな」
「じゃあこの矢のせいで四年前に事故が……。でもこんな細い針じゃ人は死にませんよ」
「確かに殺傷能力は低いですな。しかし毒でも塗れば一溜まりもないでしょう」
あくまで可能性の話ですがと付け加えながら、哀牙探偵は先端の針を力任せに折った。「重要な証拠品ですぞ。大事にして下され」と手渡されるが、重要なら何故折ったんだ。いい加減すぎるよこの探偵。そんなツッコミをぐっと飲み込んでいる間にも哀牙探偵は次から次へと家の中を調査していく。部屋を順番に回っていくと、書斎に隠されていた書類を見つけた。
「苗字刑事、違法取引の書類です。原材料に"アンジェラ・パラドット"、その他薬物毒物諸々……トリカブトにアトロキニーネまでありますぞ」
「も、もしかして常夜さんが?」
「その線は薄いでしょうな。この書類、五年前から日付が更新されておりませぬ」
その時、カラカラと玄関が開く音がした。一人分の足音から察するに常夜さんだろう。そっと書斎から覗いて確認すると、やはり彼女だった。
「あのーお邪魔してます……」
「あっ! お二人とも、ご無事だったんですね!」
私達が居ることに驚いていたが特に問い詰められることはなく、むしろ今の状況を察した上で無事だったことに安堵しているようだった。
「村の人達に二人の居場所を聞かれて嫌な予感がしたんです。ごめんなさい、私が依頼をしなければこんなことには……」
「否、常夜殿、貴女の考えは正しかった。どうやらこの村は何かを隠しているようだ」
「やっぱり……! もう依頼は結構です。どうか逃げて下さい、橋まで案内します!」
「それは有り難いのですが、橋は既に落とされておりましてな。我らは退路を絶たれており、もはや背水の陣、虎穴に入らずんば虎児を得ず、とでも言いましょうか」
「ポジティブですね哀牙探偵。それで常夜さん、他に向こう岸へ行く道はありませんか?」
「わかりました、付いて来て下さい!」
常夜さんの家を出ると辺りは大分暗くなっていた。山奥は日が落ちるのが早い。はぐれるのが心配だった私はこっそり哀牙探偵の服の裾を掴みながら、ずっと聞きたかった事を常夜さんに尋ねる。
「四年前に射手として祭りに出た事、どうして黙ってたんですか?」
「……すみません、依頼とは関係ないと思ったので」
常夜さんは申し訳無さそうに答える。やっと本当の事が聞けた。しかし、もしかしたらまだ何か隠している事があるかもしれない。
「では四年前の鬼射祭の"事故"もご存知ですかな?」
「はい……四年前、私は射手として的鬼を二人射ちました。本来なら矢を受けた鬼はそのまま退散する流れなのですが……鬼役の二人はその場に倒れて動かなくなり、異変に気づいた村長が慌てて彼らの傍に行くと……死んでいました」
「その矢は常夜殿の家にあったものですかな?」
「そ、そうですけど……もう忘れたいんです! 記憶も曖昧であまり覚えていませんし、祭りだってもう無くなったんですよ?」
──『祭りは無くなった』? そんな筈ない。村長は『祭りは毎年続いている』と言っていた。
「常夜殿、実は四年前の事故以降も祭りは行われていたのですよ。しかも貴女が仰っていた失踪する村人は、どうやら毎年選ばれる"的鬼"の二人だったようです」
「そ、そんな事はありえません! だって巫女であり射手でもある私が知らないなんておかしいじゃないですか。それに事故の後、『もう祭りは辞めよう』って……私、訴えたんですから……」
常夜さんの狼狽え方は、どうやら本当に四年前以降の祭りについて知らないようだった。
そこまで話をしたところでようやく川まで戻ってきた。川に掛けられた木の板を踏み歩き、なんとか向こう岸までたどり着く。緩やかな面を登り、崖に沿って歩いて行くと哀牙探偵の車が見えてきた。あの車がまるで希望のようにも感じる。だがその希望は無粋な追手によって握り潰された。
「おったぞ! 捕まえろ!」
「もう逃しゃせんが!」
「わあ、見つかりましたよ哀牙探偵!」
「くっ、走りますぞお二方!!」
私達がここに来ることを見越していたのか、男達が草むらから飛び出してきた。急いで哀牙探偵の車に乗り込もうとするが……なんてことだ、タイヤがパンクしている。奴らの仕業に違いない。こうなったら走って逃げるしかないと無謀にも三人で駆け出す。
しかし、横から出て来た白ワゴンが私達の行く手を阻んだ。次第に追い付いてくる追手と、車から降りてきた男達に囲まれ、じりじりと詰め寄られる。もう駄目だ、逃げ切れない――と諦めかけたその時、哀牙探偵が一歩前に踏み出して「テイッ!」と目の前の男に右ストレートを繰り出した。まともに顔面に喰らい背中から倒れて一発でKOされた男を見て周りが少したじろぐ。
「クックック、拳闘部副主将代理補佐である我が頭脳派の腕っ節、喰らいたい者から前へ出るが良いッ!」
一人、また一人となぎ倒していく哀牙探偵。何この人、結構強いんですけど。なら私だって負けていられない。相手は大勢であれど一般人だ。私を狙ってきた男の勢いを利用し、そのまま背負い投げをぶちかます。
「どりゃあっ!」
「ぐあッ!!」
「ほお、どうやら貴女は栄養が脳より肉体に行っているのですな」
「こんな時くらい素直に褒めて下さいよ! 私だって訓練くらいしてます!」
哀牙探偵と背中を合わせて村人達と対峙する。早くここを切り抜けなければ更に追手が増えていくだろう。
「――きゃああッ!」
「常夜さん!」
しまった! 男達に気を取られている間に常夜さんが掴まってしまった。後ろから羽交い締めにされ、身動きがとれない。同じ村民でありながらなんという卑劣な事を。しかし彼女はこの村にとって大事な存在だ。乱暴はしないだろう。
「名前殿! ここは我に任せてお逃げくだされ!」
「何言ってるんですか! 哀牙さんを置いて行けるわけないじゃないですか!」
「そのようないじらしさは有り難きことだが、今は無用です!」
「いや、ていうか私一人じゃ遭難しちゃいますもん!」
「阿呆な理由で気が抜けましたぞ! ええい、兎も角早く行かれよ!」
「くっ……わかりました! 絶対助けに来ますからね!」
仕方なく私は二人を置いてその場から脱兎した。「一人逃げた! 追え!」という声が背中越しに聞こえるが、「待たれよ! 我を倒してから行くが良い!」と哀牙探偵のなんとも男らしい言葉が響く。
「愚悪ッ……止めなされ! 顎がまた割れてしまうッ!」
早くも押し負けているのか悲痛な哀牙探偵の声が聞こえてくる。が、時間稼ぎをしてくれた彼の為にも今は振り返っていられない。逃げ切らねばならない。
「鼻が、鼻が短くなりますぞッ!?」
そう、振り返っては……「我が自慢のトサカがッ!」――ああもう、哀牙探偵黙ってくれないかな! 人が断腸の思いで必死に逃げ切ろうとしているのにうるさいったらありゃしない!
聞こえるかどうかわからないけど、「あとで助けに来ますからねー!」と大声で伝え、前だけを見据えてひたすら走り続けた。まるで日本神話のイザナギになった気分だった。
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Smotherd mate