没落期

ぷつ、という音が響いて、デスクに並ぶパソコンやオフィスのあかりのすべてが消えた。あたりは一瞬で、暗闇とどよめきに包まれる。
かすかなひかりを求めてブラインドのかかる窓の付近へと集まる者、数名で集まって携帯電話で情報を調べようとする者、デスクの下へ隠れてしまう女子もいた。
窓にかかるブラインドが開けられたが、空もまるで日没後のような重い曇天だったため、ほとんど意味をなさなかった。窓のそばのほんの一部だけが靄のかかったような暗いグレイになっている。

「平気か」

書類を提出しに来ていたためちょうどとなりにいた義勇さんが声をかけてくれる。どよどよと騒然とする暗闇のなかを、情報の切れ端が飛び交う。信号機も消えてしまった、と誰かが言う。
わたしはちいさく首を横に振った。

「こ、こわいです」

手首を掴まれて引き寄せられ、腕どうしがぴったりと張りつくくらいの距離になった。
こめかみに一瞬だけさりげないキスが落ちてくる。不安な気持ちのまま見上げると、義勇さんは呆れたように目を細めた。
耳打ちをするようなそぶりをされて顔を寄せると、バインダーの陰でくちびるどうしのキスをくれた。離れるとき、ちゅ、とちいさく音が鳴った。

あかりが点いて、義勇さんは涼しい顔をしてバインダーを下ろす。
ひそやかに渡しあったキスがばれていやしないかと焦り顔を赤くするわたしをよそに、皆はそれぞれに私語を交わしながら、適当なスピードで業務へと戻っていくのだった。

返却された書類の上には「焦り過ぎ」と書かれた付箋が貼られていた。義勇さんがこっそりと口角を吊り上げるのが見えた。

停電で止まってしまっていた冷房の電源を入れる。
どこからともなく誰かのお礼が聞こえた。わたしはへこへことちいさく会釈をしながら、熱っぽい首元を付箋の貼られた書類でしきりに仰ぎつつ、席へと戻るのであった。