5:夢見る少女

列車に乗り、お館さまの支援者のもとへ向かうことになった。
彼女も連れて行くとよいと言われたので、おれたちはふたりとも、ふたつ返事で従うことにした。
催事の手伝いをしてほしいということで、いくつもの手土産と共に、手引書を数冊持たされた。


おれも彼女も列車に乗るのははじめてだ。
彼女はまずプラットフォームに目をかがやかせて、車両を見たときには言葉をなくして呆然としていた。
いかにも当世風といった洋服で身を包んでいるが、彼女の世界はとても狭い。あちこちを見渡しては感嘆の声を上げる彼女がすこしかわいらしくて、先生の家を離れた心細さなんかはすっかりどこかへ行ってしまう。
先生は彼女を意図的に手放したのではないかというのが、近ごろよく脳裏をよぎる疑問である。

「冨岡さん、この列車ではどこまで行けるの」
「神戸だな。半日ほどかかる」
「鱗滝さん、怒るかしら。わたしお手紙へは元気にやっているとしか書いていないんです」
「息災だとわかればじゅうぶんだろう」

つまるところ、先生は引っ込みがつかなくなってしまっただけなのではないかと思う。
彼女のしあわせがどこにあるのか、彼女の若い望みのなかなのか、はたまた堅実に築いた窮屈の果てにあるのか。
すきなことをさせてやるのがよいと思ったころにはもう引っ込みがつかなくて、そうして悩みぬいた果てに、思い切って一度外へ出してしまおうと思い至ったのではないだろうか。
おれにはこれが、彼女の門出のための社会見学なのだと思えてならない。

「このまま先生のもとへ戻れなかったらどうする」
「はじめは見捨てられてしまったら身を売るしかないと思っていましたが、今は、ほかにもなにかできることがあるかもしれないと、そう思っています。だって、自分の人生がこんなにも急速に色づいてしまうことがあるなんて、知らなかったから」

車体がぐらりと揺れて、外の景色がゆっくりと動き出す。サンドウィッチの弁当を手渡すと、彼女はうれしそうにほほえんだ。


先生から先日、彼女をモデルに作品を書かないかと言われた。
ひと月ほど前に出て行った書生仲間の錆兎も、彼女を書いた作品があたったのだった。
どうしたものかと思ったが、彼女は書き物のネタとして申し分ない存在だった。
夢見る少女は、うつくしい作品を彩るのにとてもふさわしい。
しかしどことなくこそこそと覗きでもしているかのような罪悪感があったから、お前を書いているのだと一層のこと打ち明けてしまいたい気分だったけれど、おれの執筆中、彼女が声をかけてくるようなことは絶対にありえないことだった。
自分が干渉することでうつくしい世界の品質が損なわれてしまう気がするのだと彼女は言う。
おれはおれで、彼女の夢見る瞳を、おれや厳しい現実が曇らせてしまうようなことがいつか起こってしまうのではと思えて、気がかりだった。

自分のぶんはいなり寿司の弁当にした。
蓋を開けてみると思いのほかうまそうだったためひとつ彼女へ渡してやると、彼女はハムのサンドウィッチをひとつ譲ってくれた。

友人とも恋人ともつかないこの関係をなんと呼ぶのがふさわしいのだろうかと、流れゆく景色を見つめながら、ふと、そんなことを思った。