義勇さんと朝寝

朝、食事の支度を終えたあと、花瓶に差す花を手折るため、坪庭へ降りようとしていると、不意に名前を呼ばれた。
朝の空気より澄んだ、義勇さんの声だ。
片腕を立てて頭を支え、横寝の体勢のままこちらを見つめている。
深い藍色の浴衣の胸元がはだけ、無数の傷跡がのぞいている。
傷はもう色をうしない、肌になじむような透明をしているのに、浮いたり、へこんだりしており、奇妙な存在感を放っていた。

「おはようございます」

わたしは花もなにもかもそっちのけで、せかせかと部屋へ戻り、義勇さんのそばまで行くと、ぺたりと座り込んだ。
はりかえたばかりの畳の、青いにおいがする。

「眠たそうなお顔」

触れた頬が冷えている。
すっかり春めいてきたが、朝方はまだ冷えるのだ。

もの言いたげにこちらを見つめたままでいるので、わたしは足を崩し、腕を畳について義勇さんの顔を覗き込む。
すっと腕を伸ばしてきたかと思えば、義勇さんはその指で、わたしの頬を撫で、そしてくちびるのあたりを何度も押したりつまんだり、こねて遊ぶようにいたずらな手つきで触れた。

「なあに」

あまえるように動く、不思議なかたさの、ぬるい指先。
わたしは義勇さんのすきなようにされることにして、瞳をそうっと閉じたが、下唇を親指の腹でやわく押し下げられるのと同時に、薄くまぶたをあげた。
すこし乾いたくちづけが、口角のあたりになされる。
義勇さんは満足げに目を細めると、腕を掴み、わたしを布団のなかへ引き入れた。

「おはよう」
「これじゃあおやすみなさい、になってしまいますよ」
「もうすこしあたたまったら起きるよ」

胸を押し返してねだるように見つめると、今度はくちびるへやさしいくちづけをくれた。

庭へメジロの番が来ていたので、ふたりでしずかに眺めることにした。
二羽が去ったら布団を出ようと約束をしたけれど、彼らが飛び去ったあとも、わたしたちはしばらく、すっかりあたたまった寝床のなかで、春のようにあたたかな身体どうしをじっと寄せ合っていた。