義勇さんとセンチメンタルな夜

料理がすきだ。正しいやさしさで返ってくるから。
手間ひまをかける、上等の食材を使う、などさえすれば、必ずおいしく出来上がる。欲しいぶんだけ、喉を通って身体のなかへ落ちてくる。
料理には基本、裏切りがない。頑張れば頑張ったぶんだけ、それは正しいやさしさ、正しい幸福でわたしのもとへと返ってくるのだ。
理不尽であふれかえる世界のなかで、料理は実に頼もしく実に誠実な、わたしのよき友人である。

「いやなことでもあったか」

うしろから急に抱き竦められて、わたしは肩を跳ね上げた。外気で冷えたメリヤス地が腰元を滑る。
洗おうとして宙を泳がせた手を取られて、今度は真正面から抱きしめられる。
わたしは観念して、ぎゅうと強く抱きしめ返し――なるべく手のひらから指先はつけないようにと気をつけながら――おかえりなさい、と頬擦りをした。

「今日はついてない日だったの。でも、どうして?」
「おれの恋人は、いやなことがあると料理に熱中するきらいがある。そうなるとパートナーが帰ってきたことにも気がつかない」
「……ごめんなさい、ちゃんとお出迎えできなくって」
「かわいい反応が見れたから構わない」

そう言うと義勇さんはわたしのおでこの左上あたりにくちびるを寄せて、荷物を置きにリビングのほうへと歩いていく。

「それに、こういうときの飯はすこぶるうまい」
「今日はラタトゥイユです。すこし待っていてくださいね、きっとおいしいから」
「洗い物を手伝おう」

義勇さんは腕まくりをしてわたしのとなりに立つと、一体なにがあったのかと聞いてくれたけれど、わたしはちいさく首を横に振って、代わりにキスをせがんだ。ジャージの胸元を掴んで背伸びをすると、義勇さんはすこし呆れたようにまなじりを下げて、ちいさくほほえんでくれる。
薄いくちびるのあまやかな感触で、今日のわだかまりなどはすっかりどこかへ消えてしまったようだった。
わたしにはおいしいごはんと、上等の恋人だけが残される。

狭いキッチンには、トマトと他の色々の夏野菜のにおいと、だいすきな義勇さんのかおり。
上機嫌にまかせて愛しい横顔にもう一度キスをする。食事をするのに、ちょうどいい時間だった。