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彼女のいない日々は、時間の過ぎかたも、景色の見えかたも、なにもかもがそれまでとは違っていた。
おれを迎えにくる毎日は怠く色あせていて、すでに過ぎ去ったものだというのに、彼女との日々のほうがずっとあざやかであった。

彼女といるときの空気そのものがすきだった。
彼女といるとき、おれがシリアスな気持ちになることは一度もなかった。
あのほほえみを見れば窮屈さや理不尽に悩む気持ちなんかは消し飛んで、ただ、やわらかい気持ちになるのだ。
彼女はいつも、同じ目線で、おれの本音のとなりにいた。

「わたしのことがすきですか」
「すきだよ」
「今でも?」
「今も」

下のまつげに朝露のような涙が乗っている。


あの日、広い駅の構内で再会したときのこと。
口元に手を添えて笑うときの肩や首の角度。そのときの指先のしなやかなかたち。腰からくるぶしにかけてのなだらかなライン。
声を聞かなくても、顔が見えなくても、おれにはすぐにそれが彼女であるとわかった。それは、彼女かもしれないという不確かな予感ではなく、すっかりと言い切れる、確信だった。


彼女がいないとだめなのはおれのほうだった。
彼女との生活をなぞって、かつてそこにあったしあわせをただ思い返すだけの日々のなかで、幸福なことなどひとつもなかった。

彼女がおれといる窮屈からもう解放されたいと考えているのなら、そうであるならば、手放さなければいけないと思った。
しかし、手を伸ばせばたやすく触れられるこの距離で改めて別れを告げられるということは相当な恐怖であった。
いよいよ終わってしまうのだ。
おれが引き金を引けば終わる。
引かなければ、彼女はしずかに去って、おれはまた、ちいさな希望をもって、生きていけるだろうか。

「泊まっていけばいい」

彼女はちいさく頷く。
ねだるようなまなざしに導かれてくちびるを重ねた。
どうしたいのかとは聞き出せず、どうしてほしいのかも告げられないまま、おれたちはそっと肌を合わせた。

真夏の蒸した日で、彼女の身体は触れたはじめからとても熱かった。
名前のない関係からまた前とは違う関係になってしまいそうで躊躇われたが、指先がやわ肌に沈んだとき、彼女の瞳の奥がきらりと光って、そのかがやきがあまりにもいたいけな愛の色をしていたから、とにかくやさしく、そっと、傷をつけてしまわないようにと丁寧に抱いた。