V

ちょうどよい時間に学校の近くまで来たので、待ち合わせて、晩御飯は外で済ませることにした。
コンビニスイーツを眺めていると、頭をくしゃりとやられて、それから「おつかれ」と声がした。
義勇さんはいつも、言葉より、触れるのが先だ。
飛びつきたい衝動に駆られたが、店内には部活帰りの生徒が数名いたため、ぐっとこらえることにした。たったそれだけで、わたしは自分を褒めてやりたいという気持ちになる。
何年経っても、朝離れるのはさみしいし、再会は、飛び上がるほどうれしいものだ。

「なに食いたい」
「行きたいお店リストからひとつ選びましょう」
「この前見た焼肉屋は」
「名案です」

小雨が朝からしとしとと長く降る日だった。
空は低く、雲がたれこめており、まだ十七時だというのに真夜中のようだった。
換気のために開けた窓から、湿った土や、古いコンクリートのにおいがする。
資料を取りに一度学校へ戻ることになったので、教員玄関そばのなつかしい駐車場でしばらく待った。
義勇さんはたびたび、ここからこっそりわたしを乗せた。大抵は、錆兎くんや炭治郎くんが一緒だった。

「冨岡先生」

考えるよりも先に、あの子だ、と思った。

「先生の車に乗りたい」
「だめだ」
「だめじゃない」

あまえた声に胸がざわつく。こういう類の若くあまえたわがままが、男性のこころを強く揺さぶることもあるのだと、わたしはよく知っている。

わけもなくシートベルトの金具をいじりながら、はちきれそうな鼓動をなるべく意識しまいという意識をして、わたしは義勇さんを待つ。

「先生、卒業したらつきあってくれる?」
「無理だ」
「恋人がいるから?別れたら考えてくれますか」
「そういう問題じゃないし、別れない。早く帰れ」

会話はそこで途切れた。ばあか、と言いながら、女生徒は車両用の出入り口から出て行った。最後までわたしの存在には気がつかなかった。
これ以上会話が続くようなら、声をかけるか、もしくは、クラクションを鳴らしてしまおうなどと思っていたことに、自分でおそろしくなった。

義勇さんが乗り込んできて、キスの予感を感じる。
わたしはとっさに、手元にあったビスケットを口のなかへすばやく放り込んだ。
ごまかされてしまう、と思った。
彼女の慕情も、わたしのこのわだかまった気持ちや、わたしたちの、おそろしくかわいげがない嫉妬も。

「食えなくなるぞ」
「平気です。全然。へいちゃら」
「へいちゃら」
「うん、へいちゃら」

口内の水分をあっというまに奪ってしまったビスケットをミネラルウォーターで流し込み、わたしは、なんでもないというふうに笑った。ほんとうに、へいちゃら、というみたいに。