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彼女はまったく、無防備だ。
否、実際にはそうでないのだが、いかにも無防備というふうに見えるのだ。
彼女を“無防備ふう”たらしめているものは、隙というよりも、彼女特有の諦観のあらわれによるもので、なにもかもを、わかった、というように花園のごとくふっくりと受け止めてくれる感じのするおんなという点であるに違いなかった。

不死川といても、宇髄といても、錆兎といても、彼女が誰といたとして、問題らしい問題はない。別段、取り立てるような問題は。
彼女の揺るぎない愛は、いつ何時でも、これっぽっちの疑いようもない。
しかし、強いていうならば嫉妬をしないわけではないし、たとえば、不死川は、彼女がすきだ。

そして、かの女生徒の存在が、彼女の気持ちをひりつかせている今、外野からのやじや刺激は、到底歓迎できるものではなかった。たとえば、今日のできごとのような。

「修学旅行、たのしみですか」
「大変なだけだ」
「でも、行っちゃうんでしょう」
「仕事だからな」

タオルで髪の毛を拭いてやると、彼女はとろとろとした瞳でこちらを見つめて、そのままあまえるように言った。冗談めかしてくぐもった声で笑うので、そのせつなさには触れられない。

「義勇さん、抱いて。三泊四日ぶん」
「阿呆か」
「本気だもん」

彼女は口もとを両手で隠し、きゃらきゃらと楽しげに笑っている。つられて笑いながら首筋にくちづけると、さらに高い声をあげて身を捩った。
そんな調子で、逃げるふりをするのをやわく捕らえて、おれたちはしばらくのあいだ、くんずほぐれつしながらじゃれあっていたのだがしかし、ショーツをおろすときになると、彼女はまぶたと耳を赤くして、ほとんど泣き出しそうな顔でこちらを見上げていた。

「なまえ、言いたいことがあるなら言ってほしい」

「続けて」

「なまえ」

「いいから続けて。お願い」

彼女はヘッドボードからすばやくリモコンを取ると、慣れた手つきで照明を落として、あいしてるの、と呟いた。その声もやはり、泣きそうだった。

なんでもないことだと伝えたかった。
あいしているから、おまえしかいらないのだと。
しかしその言葉や、ほかのどんな言葉をもってでも、今のふたりの空虚を埋めることはできないように思えた。
埋められなくとも、痛みに触れたいと思った。触れて、あたためることができたら、と。
傷は、セックスではたどりつけないところにある。きっと、もっと深くに。


彼女のくちびるが首筋をあまく噛み、軽く吸いついたあとに、ためらいがちに離れた。熱い吐息が肌をかすめる。

「つけていい」

すこしの間のあと、彼女の頷くのがわかった。
うまくいかなかったためか、二度、三度とくちびるが触れる。強く吸われて、その度に、彼女のほうが苦しそうに息をつく。

「へたくそ」

膝に跨っていた彼女をそのまま組み敷いて、首筋、鎖骨、乳房、腰もとへと痕をつけてゆく。暗い室内でもわかる白い肌に、牡丹の花びらを散らしたようでうつくしかった。
無防備なはだかの肌からたちのぼる、せつないほどのあまいかおりに、目がくらむ。

彼女は首に腕を巻きつけるようにしておれの頭を抱き寄せると、一度耳をちろりと舐めてから、また首筋へ幾度となくキスを寄こした。
ゆるく突くたび、せつなげな吐息が耳や首を撫でた。

どうしようもない独占欲が込み上げてくるのを感じる。やり場はなかった。
壊さないように、傷つかないように、やわく抱き、抱かれることしか、今のおれたちには許されていないのだ。

衝突はしたくない。なにも制限はしたくない。友人はたいせつである。恋愛も、友情も、仕事においても、なにもかもが過不足なく、充実しており、うまくいっている。特別なエラーは起き得ないと思っていた。

うまくいき過ぎるということが、ときに不和を生むなど、いったい誰が想像しただろう。
おれたちは、喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。