濡れる琥珀

頭は鉛のように重たく、そのうえ鈍器で殴られているかのような痛みもあった。
身体中の熱という熱が頭のほうへ集まっているから、わたしの手足はきっと今、氷のように冷たいのだと思う。
ずんと重たい身体はこのままずぶずぶと布団へ沈んで、放っておくと床を通り抜けて、地球のまんなかまで沈んでいってしまうような気がした。
久方ぶりにひく風邪は、随分とわたしを弱らせているようだった。

「なまえ、起きてるか。胡蝶から薬をもらってきた」
「…うん、苦いやつですか」
「わからない。飴に見える」
「においは」
「あまい」

義勇さんは、手のひらほどのおおきさの銀色の缶のふたを開けて鼻を寄せ、呆れたように小首を傾げる。
そのひと粒を取り出して缶のほうを懐へしまうと、もう一度透き通る赤茶色のかけらに鼻を寄せ、そして朱鷺色の舌先をそうっと這わせた。

「あまいな。ニッキの味がする」

義勇さんはなにをしていてもうつくしくて、その仕草のひとつひとつを眺めていると、脳みそがとろとろとかたちをなくしていくような錯覚に陥り、やがてはなにも考えられなくなってしまう。
わたしは使いものにならない脳みそをもうそのままにしておくことにして、半身だけをやっとの思いで起こしてから、ねだるように口を開けた。

義勇さんはいたずらを思いついたこどものように一度舌なめずりをしてからその飴玉のような薬を口に含むと、わたしの傍らへ片膝をついてしゃがみ込む。
押し当てられたのは薬ではなくくちびるだった。
移ってしまうからよくない、そう言いたいのに、割りこんでくるやわらかい熱がそれを許さない。
言葉の代わりにわたしは喉の奥を震わせて、情けない音を上げる。

どちらのともわからない唾液があまかった。
舌を絡めるたびに、薬が口内でころころと鈍く鳴る。
菓子のようなあまさではなかった。
薬草じみたほろ苦さと生姜に似た薬味らしいかおりを、黒糖に混ぜ込んだような味がした。

義勇さんは一度くちびるを離すと、そのままの距離でわたしを見つめる。
薬はころりと転がって、義勇さんの口内にある。

「…移ったらいけないから」
「構うものか」
「わ、わたしは構います」
「移してよくなるものなら移せばいい。そういう治し方のできないものも、世の中にはたくさんある」

だからといって義勇さんが風邪をひいていい理由にはならないけれど、たとえば立場が逆だったとすれば、わたしはきっと同じことを思っただろう。
世の中には手の施しようのない病もあるし、死んでしまえば、あるいはおおきな怪我をしてしまったら、その不幸をそっくりそのままもらい受けることなど、到底叶わない。
そう考えれば返す言葉もなく、わたしはまたおとなしくくちびるを開いて、義勇さんのくちづけを待つほかなかった。
義勇さんは赤い舌の先に琥珀のような透き通るかけらを乗せて、わたしをじっと見据える。
わたしのすべてを脱がせてしまうような鋭いまなざしに耳や首筋や鎖骨のあたりがしっとりと汗ばんで熱くなるのがわかった。

「いじわるです…」

言葉とはうらはらに、わたしのまんなかはきゅうとあまく疼いて濡れた熱を持つ。
挑戦的なまなざしに答えるようにして、その赤く塗れる舌先ごとやわく食むと、持ち上げた腰の下から滑り込んだ指先がわたしのいいところをゆるくなぞった。

「いかせてやろうか」

なにかを訴えるよりも早く腰を掬うように腕を差し込まれて、わたしはたちまち天井と義勇さんの顔を見上げるかたちになってしまう。
とろりとあまい薬は、ほとんど溶けてわたしの口のなかにある。
義勇さんは缶から取り出したもうひと粒を指ごとわたしの口内に押し込むといたずらに動かして、わたしが恍惚と目を細めるさまを眺めたり頬にくちづけを落としたりと、実に満足気な様子だった。


布団のそばに転がる隊服は、いつも様々な衝撃からわたしたちを守ってくれるけれど、脱いでしまえばただの布きれだった。
人智を超えたような存在に思えるこのひとも、こうしていればただのひとりのおとこだし、いつか還りつく場所は同じなのである。


人間とはちっぽけな存在だ。鬼とは違う。寿命にも病にも天災にも勝てやしないのだ。
せめて、このひとの身に降りかかる災難をわけてもらえるような薬を作れやしないだろうか。
たとえば病や外傷や、死そのものを。
どんなに苦くったって構わないのに。そんなばかげたことを思いながらわたしは、いちばんいいところをぬるりと舐め上げるおおきな快感に、濡れた吐息を漏らすのであった。