メニュウはおまかせ

ソファに腰をかけて、ラム入りのホットミルクを飲みながら、お気に入りの本を読んでいた。
知識は、多いほうがいい。こうしていると、ミルクのあたたかなあまさが身体の内側へ広がるように、難しい言葉もうつくしいフレーズも、体内へとじんわり染み渡ってゆくようで、気分がいい。
義勇さんはソファの下でローテーブルに向かっている。
教師の業務のあれこれも今はオンライン化が進んでいるようで、テストの回答や、自習やビデオ学習の感想文などはタブレットやパソコンで提出されることが多いらしい。紙で積んであるのとないのとでは、タスクの把握のしやすさが格段に違うらしく、気がつけばこなしていない業務が山のようにあった、と義勇さんがぼやくのを、何度か聞いたことがある。


おおきく伸びをした義勇さんの背中が、ゆっくりと倒れてきた。
膝の上に頭を乗せて、こちらをじ、と見つめる彼のまぶたにくちづけを落とす。
ものたりない、というまなざしに応えるように、今度はそっとくちびるを合わせた。

「お疲れさまです」

義勇さんはわたしと向き合うように体勢を変えると、今度は膝へ突っ伏して、その両腕をゆるく腰へとまわしてくる。
珍しくオープンにあまえてくるようすがかわいくて頭を撫でれば、かすかな唸り声が低く響き、わたしの太ももを震わせた。

「終わった」
「えらいです」
「記述問題の採点は疲れる」
「なにかおいしいものを作りましょう」
「鍋」
「お鍋がいいんですか」
「うん」

しばらくそうしたあと気が済んだのか飽きたのかむくりと起き上がった義勇さんは、片手をソファについて、もう片方のてのひらで、下着をつけていないわたしの乳房をやや強く掴んだ。揉む、触れる、ではなく、掴まれた、と思った。ごく近い距離で目線が絡む。
勝気な上目遣いのまま、くちびるが薄く開かれる。キスとは違う予感がして、わたしは瞳を閉じきらずに、ぐっと勢いよく細めた。
下唇がやわく噛まれて、息をつく間もなく口角のあたりをちろりとちいさく舐め上げられたと思えば、最後に軽いキスがなされる。
肉欲の一切を感じない、子猫がじゃれるようなスキンシップだった。

義勇さんは満足げにちいさく息をつき、空のマグカップをふたつ、指に引っかけるように持ちながらキッチンへと歩いていってしまう。
スリッパがフローリングを叩く軽快な音と共に、おろした外はねの髪の毛がさわさわ揺れている。

あらためて見つめてみると、義勇さんの背中は、いいかたち。
すとん、という言葉がぴったり。
肩はなだらかなラインでおわりがきゅっと持ち上がっており、胸は薄めで、すこし反っている。腰は細くてかたい。あまり着ないけれど、ベストが似合う。
見つめているとおなかの下のあたりがきゅうとせつなくなったので、今度はわたしからあまえようと、キッチンまで追いかけて、後ろからぎゅうと強く抱きしめる。

「あまえたい盛りのおれの恋人は、飲み物を淹れなおすあいだでさえ待てないらしい」
「いじわる。さっきまであまえんぼうさんだったのは義勇さんのほうなのに」
「そうか」
「お仕事終わるまで、邪魔しないようにじっとしていたんですよ」

義勇さんは、ありがとう、とちいさく笑って、巻きつくわたしの腕をほどき、指先に軽いキスをくれた。
洗いざらしの寝巻きには、だいすきなかおりが深く、濃く、染みついている。
幸福にまかせてほほえむと、義勇さんも肩を脱力させて、ゆるりとやわらかな笑みをくれた。
すこし、疲れた目をしていた。

お鍋は彼のすきな鳥だんごのたくさん入った、中華ふうのものにしよう。
食後には最中のアイスを半分こにして食べて、こういう日はきっと缶ビールを飲みたいというはずだから、わたしは缶酎ハイをいっしょに楽しむのだ。ワインや日本酒であってはいけない。
そうしてうとうとしだした義勇さんの頭をよしよし撫でて、あらためて、お疲れさまです、と伝えよう。
いつもわたしをあまやかしてくれる、いとしい恋人へ。たっぷりとやわらかいキスを添えて。