呼ぶ明日

よく話し合ったわけではなかったけれど、ふたりきりで生きていこうと思っていた。義勇さんも、そういうふうに考えていると、思っていた。

静かなおわりを待つ。
わたしたちの生活には、もはや、大きな動きなどはなくてよいと思っていた。飛びあがりたいほどの幸福や叫びだしたいほどの苦しみとは遠いところで、今手にしている幸福をじっと守り、ただ静かにくらしたかった。

わたしは、残されるおそろしさを誰よりも深く知る義勇さんに、わたしを置いてゆくという業を背負わせてしまったのだ。
これ以上に苦しいことは、彼の人生において、もう起きるべきではないと思った。幸福が、幸福だけが静かに彼を撫でる。そんな日々がそうっとやさしく過ぎてゆけばいい。


小鳥のあまい囀りが時折響くような、気持ちのよい、しかし、取り立てて特別の感じもない、ありふれた朝――無論、ありふれた朝というものの訪れは、わたしたちにとって、震えるほどの幸福であるのだが――だった。
隣では、義勇さんがすうすうと静かな寝息を立てている。額をそっと撫でて、くちびるを寄せた。硝子戸から伸びた光がはしごのように長く伸び、わたしたちをきらめきで包む。
義勇さんを待つ朝も、義勇さんを見送る夜も、今はもう無縁なのだ。遠い昔のこと、とは思わないけれど。
かなしみは薄れることなく、あざやかな色で、いつもわたしたちの隣にある。

初夏の青いにおい。湿った土のにおい。
義勇さんはちいさく身じろぎをしたあと、わたしの膝を枕にし、おなかのほうを向いた横寝の状態でまた動かなくなった。まだ休んでいたいようだった。

「おはよう」

わたしが泣いているので、義勇さんが気がついて、そっと背中を撫でてくれる。
戦いが終わってからというもの、わたしが急に泣き出してしまうのはよくあることで、義勇さんも慣れたように穏やかな声を出した。

「おはようございます。起こしちゃった、ごめんなさい」
「いいよ」

義勇さんはその体勢のまま呟いた。布団を指先でたぐり寄せてかけてあげると、おなかへ額を擦りつけて、あまえるようなしぐさを見せた。

「こどもみたい」

「おまえの子なら幸福だな。愛情深くて、飯もうまい」

「……わたしたちに家族が増えても、義勇さん、平気?」

そうしたいというわけではないけれども、と言い添えたのは本心だったけれど、わたしのつぶやきは、取り繕うための言い訳のような響きで寝室内にむなしく消えた。
寝室は戦後に構えたもので、わたしたちの平和の象徴である。今のわたしたちは、別々に眠りにつくことがない。

「出かけよう」

うん、と返事をして、支度をした。戦後にいただいた山茶花のようなあざやかな小紋に袖を通した。ずっしりと重たく、身の丈にあわないと感じた。わたしはとても、憂鬱だった。

大変なことを言ってしまったと思った。立つ必要のない波を、いたずらに起こしてしまった。
わたしの望むように、などと言わせるのも、あなたの望むままに、などと押しつけることも、どちらもあってはならないと思った。
義勇さんにも、今生では会うことの叶わないであろうわたしたちのこどもへも、申し訳が立たないと思った。


市電で街まで出て、うなぎとすこしのお酒をいただいて、川沿いの堤や池のほとりをぽてぽてと歩いた。
通り雨があったらしく、空を仰ぐようにして見渡せば、木々の梢や電線がきらきらと濡れていた。

「ごめんなさい、あの、今朝のこと」
「いや、おれが仕掛けた」
「いえ、そんなこと」

遠くで、活動写真を広告する楽隊の音が聞こえる。眺望塔を背に、わたしたちはそよ風に押されるようにして、ごくゆっくりと歩いている。

「生きてきた軌跡や思いを繋いでいくことという意味でなら、おれにはもう十分すぎるほどたくさんの後継者がいる。炭治郎たち残りの隊士や、おれたちの救った人々が、おれたちの生きたことを、必ず後世へ繋いでくれる」

わたしはぴっとりと張りつくように寄り添っていた身体をすこし離して、義勇さんの瞳を見上げた。
鏡のように静かな池の水面が、吹くそよ風にほんのわずかに揺られている。神さまが指先をそうっと滑らしたかのようにかすかな、それでいて見るもののこころを強く揺さぶるような、そんな神秘的な揺らぎだった。

「それで十分だと思っていた。おれの手を離れて、健やかに育つ希望を見送りたいと」

「わたしは、今は、ほんとうはひと眠りだってしたくないんです。お布団をかけなおすだけでも、起きていれば、おそばにいれば、なにかひとつくらいはできることがあるかもしれないから」

わたしたちの会話は、噛み合っていないようで、しっかりと噛み合っていた。
願望を論ずるより、それぞれの気持ちにどう折り合いをつけるべきかに関してのみ、腹のうちをあかしあったほうが浅い傷で済むと、お互いに思いあったからに違いなかった。
しかしそれは、心底で望んでいることを露呈しあっていることと、ほとんど同じであった。

わたしはたまらなくなって、縋りつくように義勇さんの袖を抱いた。
すん、と鼻をすする乾いた音が、いとしいかおりの白絣に吸い込まれていった。

「ごめんなさい。できないことを数えるために言い出したんじゃないの」
「いや、いつか話すべきだと思ってた。苦しくさせて、すまない」

わたしは、義勇さんはもう自由だということ、なんだって出来ること、なにをしたっていいのだということを伝えたかったが、世界じゅうで、わたしだけはそのようなことを口にしてはならないと思われて、ただ、静かにかぶりを振った。

「少なくとも今朝、おまえの子を持てたら、幸福だと思ったよ」
「……わたしもです」
「ゆっくり生きよう」
「はい」
「百貨店に寄るか」
「はい」
「明日はなにがしたい」

とわたしは涙ながらに、ふふ、鼻にかかった笑い声を上げた。
なんの結論もでなかったけれど、終わりだけをそっと見つめていた義勇さんの、前向きな言葉がうれしかった。
遠くの楽隊が演奏を止め、ぞろぞろと去っていくのを見送って、木陰で一度くちづけをした。

明日は裏の竹林に出て朝日を見るでも、昼ごろまで寝室にいるでもいい。炭治郎くんたちのおうちからは星がきれいに見えるから、おいしいものをたくさん持って訪ねてみよう。ふもとの町でおとうふも買おう。花を摘んで、ゆっくりと歩こう。
明日になってから、すべての予定をひっくり返してもよい。明日のことを明日決めるというのは、別段不自然なことでない。

過保護に思いすぎるあまりに、義勇さんを病人のような心持ちにさせているのは、ほかでもないわたしだと思い至り、苦しくなった。
横顔を見上げる。わたしを見つめ返すまなざしがやさしい。誰よりも明日を信じて生きようと思った。しかし、大げさであってはいけないとも。今日を見送り、明日を自然に迎え入れるきよらかな柔軟さをもって生きよう。

なんとなしに名前を呼んだ。反射する水面のきらめきが、綸子のなめらかなかがやきを一層と強くした。
池のほとりでは、群れ咲いた燕子花がちいさく揺れていた。