トワイライトよ眠れ

十二人収容可能と謳うわりにはやや窮屈な個室には、すでに宇髄先生とその恋人たちと、耳たぶと頬を桜色にした不死川先生──元々色の白い不死川先生は、アルコールが入ると赤みが目立つ。もっとも、酒に弱いわけではない。むしろ、飲むたちである──がいて、宇髄先生たちは上機嫌で顔を串だんごのように鈴なりに連ねて手招きをしてくれた。不死川先生はその横で控えめに片手を上げている。

「お疲れさん」
「お疲れさまです、お待たせしました」
「おう、飲め飲め。忘年すんぞォ」
「そんなに急いて忘れたいか」
「毎年、覚えていたいことのほうがすくねェよ」
「でも、いつでもなんだって詳細に覚えているのは不死川先生だわね」

遅れて、伊黒先生と蜜璃ちゃんが連れ立ってやって来る。すでに出来上がっているようだった。
「近くで飲んでたら遅れた」
ふたりはわりに、よく飲みたがる。

「義勇さん、コート」

わたしが両肩に手をかけると、義勇さんは、んん、と返事をする。えんじ色のダブルのコートはわたしが選んだもので、ていねいにタックが入っているので、身体のラインがとてもきれいに見える。

「コンパニオン呼んだみたいになってんじゃねェか」
「不死川にだけおんな着いてないのはウケる」
「あとで炭治郎たちも来る」
「あいつらももう飲める歳か」
「感慨深いですねえ」
「ほとんど変わらないだろ」
「二十のおとこのこと二十一の女子とではぜんぜん違うんですよ」

義勇さんの猪口へお酌をする。透明に琥珀をひとさししたような色味の液体はとぽとぽと軽快な音を立て、ゆるやかにしなりながら器を満たしてゆく。
鏡のようにきららかにひかりをはじく水面を見つめる横顔の、眉間から鼻先までの無駄のなくすっきりとしたラインを、わたしは熱心に見つめた。
本日で何度目だかはわからないけれど、ああ、わたしはほんとうにこのひとがすきだなあ、とまた思いなおして、腕に寄りかかるようにして身体を寄せた。
わたしの身体もやわらかくしなって、義勇さんの肩や腕の形にあわせてくぼんだり、ふくらんだりして、ちょうどよくぴたりと収まった。

「今日はわたしが連れて帰るので、たくさん飲んでいいですよ」
「酔わないからおまえも飲め」
「わたし、忘れたいことがないもの」

宇髄先生はわたしの言葉を聞くなり、ぬる燗を二合と、デキャンタに入ったサングリアをわたしの目の前に寄越す。
今年のうちに忘れたいことなんかひとつもなかったのに、わたしはもしかすると、今日の記憶を手放すことになるかもしれない。それだけは死守したい。明日は義勇さんと初詣に行ったあと、蔦子さん夫妻のおたくへお邪魔することになっている。
それに、わたしはやっぱり、今日の数時間のことでさえ、忘れたくはないのだった。

炭治郎くんと伊之助くんが合流して、バイトで遅れた善逸くんも加わり、あれよあれよという間に時間は過ぎた。
三軒目の居酒屋で、テレビのなかのアイドルが新年の訪れを告げた。ハッピーニューイヤー。
わたしたちも、ほとんどへべれけになりながら繰り返した。ハッピーニューイヤー。


夜気にさらされても、義勇さんの身体はめずらしくぽかぽかとあたたかかった。
酔いがまわってはいるようだが、しゃんと立ってくれているので、ありがたく胸に寄りかからせていただく。

「よいお年をぉ」

間伸びしたあまい声で須磨さんが言う。

「よいお年をって言うと、いっつもなんだか、せつなくなっちゃう」

「冨岡とはおなじ家帰んだし、明後日どうせまた集まるだろ」

「でも、今の若いわたしたちの時間は、過ぎていっちゃうのよ。今日のわたしたちには、明日は会われない。誕生日よりも、大晦日のほうが月日の流れを感じるの。もちろん、時間というのは日々流れてゆくものだけれど、わたしからすると、なんだか、お大晦日に一気に三百六十五日も過ぎてしまうような、そんな感覚なの」

義勇さんは胸板にぴっとりと張りついたわたしの頭を片手で抱いてくれて、「じゃあ、電話をするよ」と言ってくれたのは炭治郎くんだった。「じゃあ」がなににかかっているのかはわからないけれど、炭治郎くんは家についてからと次の日の夜にほんとうにテレビ電話をかけてくれて、わたしの得も言われぬせつなさも、実際多少、薄れてくれた。

日付はもう元日なのだけれど、タクシーのなかから見た「今年」はまだ起きていて、「来年」はまだ眠っているように見えた。くたくたに疲れていたけれど、帰ったら一度セックスがしたいと思った。いつもよりももっと静かな、祈りのようなセックス。
わたしたちにとって、セックスは時折、そういう神聖な儀式のような意味合いを持つ。
横にいる義勇さんをそっと見やる。そうするのが自然だというように、どちらともなくキスをした。
カーラジオからは、リストのコンソレーション第三番が聞こえていた。