ダウト・イン・ザ・ダーク

雪がつもると、あたたかな感じがする。
それは、積雪の特性のせいもあるし、雪そのものの、ふあふあとした白から連想される、やわらかな印象のせいでもある。

めずらしくとっぷりと積もったため、起き抜けには暖房をつけずともよいかと思ったくらいだった。結局、しばらくたてば肌寒くなったので、朝食後にはつけることになったのだが、脱衣場やキッチンに立っていても指先がつめたくならないので気分がよかった。

いわゆる姫はじめというものは、とっくに済ませてしまった。
義勇さんは部活動の顧問を担当しない教師なので、年末年始はきちんと休める。
今日はそれぞれに用事があったので、昼食と夕食は別々に済ませて、青山のバーで待ち合わせて二杯ずつ飲み、先ほど帰ってきたところだ。

「休日を別々に過ごすのなんて、ひさしぶりですね」

共通の友人が多いため、恋人と出かけるにも、友人と会うのでも、わたしたちはほぼ必然的に共に行動することになる。
一般的に男性は、連れ合いと友人が同じ席にいると、変に張り切ってしまったり妙なテンションになってしまうものだと思っていたが、義勇さんはいつだって、義勇さんのままだ。
よくも悪くも普段通りである。話したいときに話すし、食事も飲みものも頼みたいときに頼みたいものを頼むし、みんながいたってわたしに触れるし、ときにはこめかみにキスだってくれる。

「胡蝶たちは変わらずか」
「あいかわらずですよ、浮世離れしたはなやかさで。錆兎くんは?」
「変わらない。来月来たいって」
「ぜひ何度でも来てって伝えて」
「うん」

わたしは、明日義勇さんの着るシャツにアイロンをかけてしまいたかったので、シャワーは義勇さんが先に入った。
明日はふたりとも仕事に行かなくてはならない。


シャワーを終えて、眠る支度をしていると、すれ違いざまに名前を呼ばれた。
なあに、と答えた声が自分でも驚くほど幸福そうな色を含んで響く。

「さみしかったのか」
「そういうふうに見えますか」
「いいや、ただ、あまり触れてないと思って」
「楽しかったですよ。でも、さみしかった」

わたしは義勇さんに嘘をつけない。冗談でもきらいと言えないし、嘘でなくとも、たとえば「疲れているから今日はセックスはしない」などとは絶対に言えない。意地を張りたいときもないし、いじわるをしたくなるときもないし、嘘はもってのほかであるし、触れあいたくないときなどない。
わたしがあべこべなことを言うのは、セックスのときくらいである。いやだ、やめて、とあまえた声で、あるいは泣きそうな声でささやく。そのときだけだ。


手首を引かれ、わたしは義勇さんの上におずおずと座る。腰をふとももで挟み込むような、向かい合わせの体勢だ。
義勇さんはやさしい沈香のような、墨のような、雪の日の夜をイメージさせるみたいなかおりがする。
くちづけがなされる。
はじめの一回はいつもとてもやさしくて、大抵はまんなかからずらして、口角のあたりにくる。
薄いくちびるの中心の表面だけをそうっとつけるみたいに。
わたしはほんのり色のついたリップエッセンスを塗っていたので、だんだんと深くなったくちづけのせいで、義勇さんのくちびるも赤く濡れてしまう。

ネグリジェの裾から滑り込んだ指が、先ほどつけたばかりのショーツにかけられる。
わたしがすこし腰を浮かせると、義勇さんはわたしのショーツを慣れた手つきですばやくずらし、自身のスウェットをふとももの途中まで下着ごとおろしてしまった。
シフォンの生地の下になって見えないが、義勇さんの熱い肌を、同じくほてった、はだかの肌で感じる。わたしは浮かせた腰を下ろしきれないでいる。

「上になるのは恥ずかしい、電気も……」

立ち上がろうとしたわたしの首を押さえて、義勇さんはさらに深いくちづけをする。こういうときのわたしの言葉が、結局のところポーズでしかないことを知っているからだ。
しかし、拒絶やためらいが最終的にポーズになるとしても、恥ずかしいという気持ちに至ってはすこしも嘘ではない。どうしようもない、心臓がちぎれてしまいそうなほどの羞恥にわたしは身悶える。

じわじわと侵すようなキスとは裏腹に、当てられたてのひらの力はひどく強い。
くちびるが離れて、わたしは戸惑う。ほとんど心細いような気持ちで義勇さんを見つめる。キスをしていたほうが、幾分か羞恥のまぎれるような感じがしてよいのだ。
義勇さんのまなざしが、静かに燃えるような熱でわたしのせつない視線を縫いとめてしまう。
ゆっくりと、わたしは義勇さんへ沈んでゆく。