深夜の二時近く、身じろいだあと、彼女は目を覚ました。
おれの膝元でなにかうにゃうにゃと言っていたがやがて半身を起こすと、眠気眼をあたりへ向けて、死屍累々といった光景に言葉を失った様子だった。
起きているのはおれと宇髄と不死川、そして瀕死の我妻だけである。
他の者は空いた缶や瓶といっしょに床に転がったり、ソファやテーブルに突っ伏したまま動かなかった。
雑魚寝という行儀のいい言い方は到底できない光景であった。
「なまえちゃあん、もうおれ飲めない」
「お、おはよう善逸くん、酔っているの?だいじょうぶ?」
我妻は空き缶をなぎ倒して彼女のほうへ這っていくと、その首にぶらさがるように巻きつく。
彼女の細い体は柳の枝のようにしなだって、そのまま倒れ込んでしまいそうだった。
空のアルミ缶がころころと軽い音を立てて転がっていく。
「おうみょうじ、かわりに飲むかァ」
「宇髄先生ですね、善逸くんをこんなにしたのは」
「今のうちに飲み方を教えてやったほうがいいんだよ。大学行ったらどうせすぐ飲むんだ」
「だめです。未成年に飲酒させたとわかったら先生方だって首が飛んじゃうんですからね」
「お前、しっかりしてんなァ。冨岡とだめになったらおれの弟の嫁にこいよ」
誰も彼もが酔っていて、流石の彼女もいなすのに苦労しているように見えた。
我妻はそのまま宇髄に引きずられて、転がる空き缶の横に放られた。
三時手前にもなると、宇髄以外はみんなつぶれてしまって、それぞれ思い思いの場所に転がったまま動かなくなった。
彼女はとろんと重たげなまぶたをまたたかせて、枕にしていたおれのジャージを羽織っている。
「だめだ、無理。おれシャワー入ったら寝るわ。その高いボトルだけはもったいないからふたりで飲んじまってくれ」
「こどもに飲酒を勧めるな」
「こどもかどうか、本人に聞いてみたらいいんじゃねえの」
そう言い残して、宇髄はけだるげに頭を傾いだまま、部屋のあかりをちいさな豆電球のみに切り替えてバスルームへと歩いて行ってしまう。
おれはすこしの居心地の悪さを感じて、なにか言いたげな彼女のまなざしから逃れるように視線を逸らした。
彼女はこども扱いされることをひどくきらう。
しかし、他になにが言えただろうか。
事実、彼女はまだこどもなのだ。
「……わたし、こどもじゃありません」
「そういうところがこどもだというんだ」
「こどもじゃない」
「こどものほうが都合がいいことがたくさんある。急いて見落とすと損をするぞ」
「先生はどうしてわたしをこどもにしたがるの」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、こどもだと都合の悪いことってなんですか。先生はこどもであることのメリットばかり言います。そんなのってとても、うそっぽいです」
彼女の語勢がすこし強かった。
こどもであると都合の悪いこと。
それは、守りたいものを守れないこと。頼りにしてもらえないこと。自分が非力だと感じること。
そして、彼女がこどもでないと都合が悪いのはおれのほうだ。
彼女のコンプレックスだとわかったうえで、己の保身のためにわざと突くようなことを言ったのだ。
こどもでないといけない。こどもだと思わないと。
押し黙るおれを見て彼女はかなしげにちいさく息をつくと、オレンジ色の頼りないあかりに照らされたちいさな猪口を手にして、そのままくいと煽ってしまう。
「おい」
「思ったよりあまいんですね」
「ばか、平気か」
「こども扱いしないで」
彼女の潤んだ瞳が揺れている。くちびるが濡れている。
どこもかしこもがやわらかそうな肌が、ほの暗い空間のなかで心もとないあかりになまめかしく照らしだされている。
「義勇さん」
おれは、彼女を抱く感覚を知っている。
彼女がおれを呼ぶ、濡れた声を知っている。
だめ、とこぼれる吐息のような声も、すきとほほえむ顔も、彼女のくちびるがどんなに熱いかも。
彼女に会えてよかったと思う気持ちと混在するのは、今の彼女のことを、過去にこころを導かれてすきになったとは思いたくないという気持ちだった。
自分で選んだ。
彼女の笑顔がすきで、彼女の言葉に震えて、彼女の豊かなこころに救われて、すきになったのだ。
今の自分が知りえない彼女の感触を所有しているということは、ある意味不本意だった。
触れれば、ひとたび触れてみれば、今の時代を生きるおれが、今の彼女をあいしているのだと実感できるだろうか。
「おやすみ」
しかし、今のおれにできるのは、せいぜい彼女の熱い瞼にくちびるを寄せることくらいだった。
彼女は、キスを落としたほうの目元を、傷口を確かめるみたいにそうっと指で押さえる。
そうして眉尻を下げ強張っていた表情をゆるめると、聞き分けのよいこどもに戻るように、先生、と言って苦く笑った。
「先生、困らせてごめんなさい」
手のひらを天井に向けて誘うように首を傾いでやると、彼女はそのままおれの胸元にそっとなだれかかって、そのあとはもうなにも言わなかった。
これはこどもらしく生きてこなかったおれのただのエゴだけれど、彼女には、彼女たちには、こどもらしく生きてほしいと願う。
よく笑い、うまくあまえ、うまくあやまかされ、程よく手を抜き息を抜き、そうして健やかに生きてほしい。
不用意に背伸びをさせないために、一度きりの青春をたいせつな仲間たちと揃ってしあわせに過ごさせるために、教師としての本分を守るために、今は誰の気持ちも、そうっとしておくより他にないのだと、そう思うのだ。