26:トワイライトに溶けて

わたしたちは、キスをするでもなく身体を重ねるでもなく、ただそっと寄り添って夜を過ごした。
義勇さんひとりでちょうどいいシングルベッドは、こんな寒い冬の日には都合がよくて、熱を分けあうように手に触れたり顔を寄せたりとしているうちに、シーツの上はたちまちここちのよいぬくもりに満たされた。

ベッドのなかには、緊張のほかに不思議な懐かしさがあった。
ここにいることがなぜだかあたりまえのように思えて、同時に、たまらなく泣きたくなった。
それは悲しいからではなく、いつも義勇さんを思うときに感じる行き過ぎたときめきのようなものでもなく、なくした宝物をやっと見つけられたときの安堵のような、そんな満ち足りた気持ちからであった。

義勇さんがくれたのは、タンザナイトのペンダントだった。
タンザナイトは、原産地のタンザニアの夜にちなんで名づけられた宝石だ。
紫から青へと混色するうつくしい薄明の空を閉じ込めたようなノスタルジックなきらめき。
気をつけていないと見逃してしまう、夜が見せる一瞬のやわらかい色は、義勇さんのやさしさを彷彿とさせた。

夜中に起きた隙に、わたしもちいさな化粧箱をヘッドボードの棚に置いた。
義勇さんへのプレゼントは、ブラックダイヤモンドのネクタイピンにした。
かがやく黒が、しずかで深い夜のような、そのなかでくすぶるひかりのような、そんな義勇さんのこころによく似合っていると思ったからだ。


「……朝か」
「ううん、ほとんどお昼です」
「起きる」
「起きなくてもいいですよ」

義勇さんはわたしの頭をすっぽりとその胸で覆ってしまうと、そのまましばらく動かなかった。
義勇さんの腕にこうして抱かれていることはまだ夢を見ているみたいに不思議な感覚だったけれど、やはりどこか懐かしいような気持ちがあった。
いっしょにいると安心する、というのはこういう感覚のことをいうのだろうか。
目の前の胸板にシャツ越しにくちびるを寄せると、頭を抱く腕に力が込められた。

「なにが食べたい」
「たこ焼きパーティがしたいです」
「真菰も言ってたな。ホットプレートでも見に行くか」
「すてき!みんなは暇でしょうか」


わたしたちはそれぞれに支度をして、義勇さんが買ってくれていたおいしいライ麦パンにベーコンエッグとサラダを食べてから、おおきな家電量販店でホットプレートを選んだ。
錆兎くんたちに連絡をするとすぐに返事がきて、夕方前には合流することになった。
帰りにはつやつやの苺が乗ったホールケーキを買った。

エスカレーターのサイドの鏡に映るわたしたちは、いつもよりも自然に寄り添えているように見えた。
すきだと言葉にするのはまだやめにした。
教師と生徒でなかったらきっと出会っていなかったと、ずっとそう思っていた。
なぜだか今はそうではない気がしている。

荷物を持つと言ったら、義勇さんは手を繋いでくれた。
昨晩降った雪はすっかり溶けて、道路を湿らせていた。
わたしの胸元では、ひかりが夜に溶けたときのうつくしい空が、ちらちらとかがやいていた。