27:ニライカナイの地図

なんとも珍妙なステージだった。
和太鼓とハーモニカと三味線は、それぞれの音色でそれぞれを殴り合っているかのように響いた。
歌声は地の果てから聴こえてきているようで、もはやこの空間で誰かが発しているものとは認識もできなかった。
おかしくてわたしは笑った。
義勇さんは、こどもを見つめる親のような、やさしい顔をしていた。

町のはずれのちいさなライブハウスに集まったのは、学生バンドたちとその友人たちだ。
教師らしきひとはわたしたちの学校からしか来ていないように見えた。
わたしたちは会場のいちばん後ろで壁にもたれて、まるで保護者かのように炭治郎くんたちのステージを見守った。



「なまえちゃん!来てくれたんだね。ありがとう」
「おつかれさま、善逸くん。たのしかったよ」
「あれ、トミセンは?」
「宇髄先生のところかなあ」
「なんだかんだ仲いいよな、あいつら」

重たそうなコードをきれいなまるになるよう几帳面に巻き取りながら、善逸くんは眉尻を下げて笑う。
わたしも真似をして、白くすすけたビニルに覆われたコードをくるくると巻いてみた。

善逸くんは、みんなが思うよりも、繊細でしっかりとした子だと思う。
ひとを見つめる瞳がまっすぐなのだ。
善逸くんのまなざしは、ひとの表面ではなく、もっと深く、こころのまんなかを捉えるように不思議な線を描く。炭治郎くんとよく似ている。
わたしは、このひとたちの前では嘘がつけない。


「なまえちゃんはさ、なんでトミセンがいいの」

「……やさしいのよ、先生」

「なまえちゃんにやさしくするひとなんてもっと他にもたくさんいるだろ。なんだってあんなわかり辛い音のやつ」

「わかり辛いのがいいのかも。あのひとのやさしさは、見返りを求めていないの。きっと、相手に伝わらなくてもいいの。こころの片隅にそっと置いていくだけで、それを拾うか拾わないか、お返しをするかしないかも、それは受け取る側の自由なの」

「すきなんだね、すごく」

「うん」


そっかあ、と言って、善逸くんは鼻の下を擦った。
言ったわたしよりも、善逸くんのほうが照れているようだった。
片付けはもうほとんどが済んでいたけれど、学生たちはそれぞれ談笑したり記念写真を撮りあったりと盛り上がりっぱなしで、会場内はまだ賑々しいままだった。
わたしたちは纏めたいくつかのコードを腕にさげて、ステージ横の壁際に並んで話をした。

「善逸くんは、ひとのこころの音が聞こえるの?」
「え、おれそんなこと言った?」
「ええ、無意識だったの」
「なまえちゃんにはなんでも言えちゃうみたい」
「もう、調子のいいこと言って」
「……聞こえるよ。おかしいだろ」
「ううん、おかしくないよ。善逸くんのまっすぐなまなざしのわけがわかってうれしい」

すとんと納得がいったから、驚きはしなかった。
鼻が利くという炭治郎くんは、時折わたしたちの感情をも嗅ぎとっているようなそぶりを見せるし、実際彼にはそういう不思議なちからがあるのだと思う。
それは超能力的なものではなく、彼の観察力や共感性の高さが、嗅覚という感覚と結びついているのだろうけれど、受け取ってばかりの日々はどれだけ炭治郎くんを、そして善逸くんをどれぼど苦悩させたのかは計り知れない。

「きっとさ、なまえちゃんが思うほど、こわいことにはならないよ」
「……そうかな」
「うん。なまえちゃんを囲む音は、どれもやさしいから」

薄暗い入口の近くで、宇髄先生がわたしたちを呼んだ。
義勇さんはその傍らで、重たそうに歪んだビニール袋を両手にぶらさげて立っている。アイスクリームを買って来てくれたらしい。
片方持つと言ったら、義勇さんはしずかに首を振った。

「うちへ行こう」

彼女たちがホームパーティをしているらしく、宇髄先生のおうちは今日は使えないらしい。
先日買ったホットプレートはここ最近出ずっぱりで、たこ焼きはもちろん、パエリアやお好み焼きにも挑戦した。
今日はロシアンたこ焼きにするのだと宇髄先生は張り切っている。
炭治郎くんは梅干をいれるとおいしいのだと力説した。伊之助くんはたこ焼きを作るのははじめてらしい。

スーパーマーケットで合流する約束をして、わたしと炭治郎くんは義勇さんの車に、そのほかは宇髄先生の車へと乗り込んだ。
義勇さんのおうちのリビングには、わたしたちふたりのマグカップと、わたしのメイク道具と寝巻きが出したままにしてある。

冬場のアイスクリームは、夏に食べるよりも濃い味がする。
春になって、みんながいないなか食べるアイスクリームは、どんな味がするのだろう。
わたしは今がたのしければたのしいほどせつなくなって、近頃はとても、憂鬱なのであった。