29:標の花

生涯愛しぬくと誓う。
義勇さんの言葉は、わたしのこころに消えないあかりを灯した。
風が強くともかなしくとも迷っても、どんなに揺れても消えない、確かなひかり。
わたしの存在は、すこしでも義勇さんの支えになれているのだろうか。
すきなひとと結ばれるというのは実に不思議なことで、わたしの理解はまだ追いつかない。
こんなにありふれたつまらないわたしを、わたしのすきなひとが、すきと言ってくれるなんて。
わたしのすきなひとが。


「義勇の鍵、なまえのになっちゃった?」

ドーナツショップのショーケースを見つめながら、真菰ちゃんは言った。
それは質問ではなくて、確認のような色を含んでいるように聞こえた。
真菰ちゃんのコットンキャンディのコロンが、自動ドアから吹き込む風にのってふわりとかおる。

「……うん」
「そっか。それなら安心」
「安心?」
「うん。ふたりは結ばれるべきだったんだよ。わたしたち、ずっと応援してたんだ」
「……真菰ちゃん、わたしたち、これからもお友達でいられるかな。わたしと義勇さんが恋人になっても、卒業しても就職しても、みんながほかのところでお友達を作っても、いつかだれかにこどもが産まれても、いっしょにいられると思う?」

実にこどもじみた、ばかげた理想だと思う。
こどもは学び舎をひとつの国や世界だと思っていて、その狭いコミュニティのなかで築き上げた絆というものは、絶対的な影響力を持つ。
わかっていないわけではない。
外にはたくさんのすてきなことがあって、実のところは、離れて疎遠になったとしても、みんなそれぞれ、きっとそれなりに楽しくやっていけてしまうものなのだ。
それでもわたしは、みんなといる今のしあわせを手放したくなくてしかたがない。


「だいじょうぶだよ。わたしは知ってるんだ。わたしたちが、出会うべくして出会ったこと」


真菰ちゃんは、うっすらとアイシングのかかったドーナツとチョコレートのオールドファッション、抹茶のパイを頼んで、電子マネーで支払いを済ますと、どれにするか決めきれないわたしの隣に立ってゆるくほほえんだ。

「錆兎、なまえのことすきだったよ」

「……錆兎くんが」

「うん、でもだいじょうぶ。世の中にはね、役割を持って生まれてくるひともいるの。わたしはね、みんなの頑張りとしあわせを見届けて、よしよしするために生まれてきたんだ。錆兎はわたしが責任を持ってよしよしするから、なまえは義勇をよしよししてあげて。義勇もね、きっとずっと、さみしかったんだよ」

真菰ちゃんたちは、時折わたしよりもずっとずっとおとなに見える。
おおきな海のような、そんなとてつもなくおおきな存在に抱かれている気分になるときがあるのだ。
そういうとき、わたしは自分がみんなにとって頼りのないちっぽけな存在なのだと感じて、胸が苦しくなってしまう。
しかしそれが、真菰ちゃんの言うところの、決められた役割というものなのだろうか。


「ねえ、真菰ちゃんは前世って信じる?」
「もちろん」
「わたしもこのごろは、そういうものがほんとうにあるのかもしれないって思うの。こんなことになってから言うのは、虫がよすぎるかもしれないけれど……」


義勇さんの腕に抱かれて、わたしは時折夢を見る。
遠いむかし、いつの時代なのかはわからない。
古い木のやさしいかおりがするお屋敷で、わたしは色とりどりの花々が咲き濡れるちいさな庭を見つめている。
わたしのいる場所は、ときには陽のあたる部屋の片隅だったり、ひんやりとした土間の台所だったり、豪奢な洋館だったり、あるいはしずかな竹林だったりする。
そして、そのどこにいても、隣では義勇さんがちいさく笑ってくれているのだ。

「なにかこころあたりがあるんだったら、義勇に言ってみるといいよ」
「ううん、そんなんじゃないの。ただの夢なの。しあわせな夢」
「義勇、よろこぶよ」

あまいにおいの立ち込めるドーナツショップを出ると、あたりは茜色にかがやいていた。
このごろは日が長くなった。まもなく、春が来るのだ。
夕映えのなか、真菰ちゃんはなんともやわらかなほほえみを浮かべていた。