31:花束をきみに

どこまでも澄み渡る空は、ふたりの尊い絆を祝福しているようだった。
わたしは、朝から続く、着替えに次ぐ着替えの連続をやっと終えたところだ。

そこからはあっという間で、三人がかりで囲まれて、あれよあれよという間にヘアメイクが施され、仕上げにはオーデコロンが振られた。
須磨さんから借りた朱鷺色のドレスとアイスグレーのハイヒールは、わたしをすこしおとならしく見せた。

わざわざ車から降りて迎えに来てくれた義勇さんにわたしをぐいぐいと押し付けて、宇髄先生のすてきな恋人たち、まきをさんと雛鶴さんと須磨さんは「いってらっしゃい」と朗らかに笑った。

「似合ってる」
「義勇さんもすてきです」

スーツ姿の腕を掴むと、わたしはまるでエスコートされているようだった。
マンションのエントランスで宇髄先生と鉢合わせた。
宇髄先生はおかしそうに笑うと写真を数枚撮って、片手をひらひらさせながら自動ドアの向こうへ歩いて行ってしまう。
特に立ち話もしなかったのは、来週末にまた会う予定があるからだ。
後部座席で錆兎くんがちいさく手を上げる。すこし緊張しているように見えた。


歴史のあるチャペルは実に荘厳でうつくしく、蔦子さんたちふたりの門出によく似合っていた。
式と披露宴は新郎新婦の親族や近しい友人、お世話になった人々といった比較的少人数で行われ、近頃流行りの派手な演出こそはなかったけれど、それはそれはとてつもなくすばらしいものだった。

「おめでとう、姉さん」
「ありがとう、義勇」
「よかった。ほんとうに」
「……ありがとう。わたしがしあわせになれたのは、義勇が今まで守ってくれたおかげね。でも、もうだいじょうぶ。これからはちゃんと、自分のために生きるのよ」

蔦子さんに頭を撫でられた義勇さんは、まるでちいさなこどものように見えた。
眉尻を下げ目を伏せておそろいの黒々とした濃いまつげをそっと濡らすふたりを、おおきなガラス窓越しに燦然と降り注ぐひかりがやさしく包む。
いたるところに飾られた純白のばらとカサブランカのかおりは、人々が笑顔に肩を揺らすたび、ふわりとあたりを漂って、しあわせのおすそ分けをしてくれているようだった。


披露宴のラストに、わたしたちは外へ出てゆるいスロープを上り、テラスへ集まった。
大階段の向こうには観音開きのおおきな扉があって、わたしたちがスタッフの指示で弧を描くようなかたちに並ぶと、重たい音を立ててゆっくりと開きだす。


「夢だったんだ。今日を迎えることが」

「叶いましたね。すてきな夢」

「錆兎たちがおとなになるのと姉さんがしあわせになるのとを見届ければ、あとはどうでもいいと思ってた」

「過去形なんですか」

「しあわせになるよ、おれも。自分の人生をどうでもいいとはもう思わない。お前がいるから」

「……わたしがしあわせにします、義勇さんを。今世も、来世も、その先もずっと」

「期待してる」


義勇さんはわたしの腰を一度ゆるく抱き寄せてくれた。
開いた扉の奥から、蔦子さんたちが黄金色のひかりを背負ってゆっくりと歩いてくる。
わたしたちはやわらかな花びらを受け取って、ふたりの人生にたくさんのきらめきが訪れるようにと祈りながら、うんと高く、高く、放った。
わたしの指先から舞い上がる色とりどりの花びらは、すぐにまわりの花びらと混ざって、おおきな祝福となり、ふたりの頭上に降り注いだ。

ブーケトス実施のアナウンスが流れて、義勇さんは一歩下がり、わたしをすこし押し出してくれた。
蔦子さんのアイコンタクトの後、高く放られたブーケは、ちょうどこちらをめがけて飛んできたというふうに見えたけれど、すこしだけ背が足りなくてわたしの指先をかすめてしまう。
勢いをなくしたブーケとよろめいたわたしを受け止めたのは義勇さんだった。

「わたしのかわいい弟カップルに!」

参列者がどっと沸くなか、義勇さんはわたしの頬に軽くくちびるを寄せると、ラナンキュラスのブーケをそっと手渡してくれた。
シフォンのフリルのような花びらがかすかに揺れて、あまいかおりがした。


「たいせつな恋人に」


いたずらを思いついたこどものように得意げな笑みだった。
高い丘の上にある会場からは、わたしたちの町が一望できた。
眼下に広がるこの町がいつか色あせても、かたちを変えても、わたしは義勇さんと肩を寄せて歩いていきたい。
一輪の花を枕元にそっと置いてくれるような細やかなやさしさのともしびを、ちいさな両手で精一杯に守りながら。


家に帰ったら、いちばん最初にすきと言おう。
一生分、来世の分を前借りしても足りないくらい、あいしていると伝えよう。
世界でいちばんいとしいあなたに。

楽しいことばかりではない世界で、いつもあなたのこころを抱きしめる存在でありたい。
さみしがりのあなたに、こわがりなあなたに、いつの世でも花束をあげたい。
ときにまわりの花々に気づけなくとも、わたしの咲かせる花がちいさくつまらなくても、両手で持ちきれないほどの花を、ありったけの愛を束ねて、あなたへ。
愛に囲まれるべき、いとしいあなたへ。