4:シークレットプラネット

毎週水曜日は休部の日だ。
なおざりになってしまっていた勉学に励むべく、錆兎くんと炭治郎くんと誘い合わせて勉強会を開くことにしたのだけれど、錆兎くんの自転車の荷台に乗せられてドーナツ屋さんに寄り道してからたどり着いた先は、二駅離れた場所にあるマンションだった。

「義勇早く帰れそうだって」
「義勇?」
「あれ、トミセン家だって言ってなかったか」
「ええ、冨岡先生のおうちへ行くの」
「なまえははじめてか」

マンション脇の駐輪所に自転車をとめながら、錆兎くんと炭治郎くんはふたりして楽しげに笑っている。


ふたりはわたしがふたりと会うよりも前からのつきあいで、近所の鍵っ子たちのたまり場として有名な校務員の鱗滝さんの家で出会ったのだと聞いている。

わたしが錆兎くんと会ったのは二年前。
車に撥ねられた錆兎くんを見かけたわたしが救急車を呼んだのがはじまりだった。
一命をとりとめた錆兎くんの頬には、今もあのときの傷が残っている。

鱗滝さんの家に通っていた生徒のひとりだった冨岡先生は、小学校を上がったあとも、独り身の鱗滝さんを心配して時折顔を出してはこどもの相手や身の回りのことを手伝っていたらしく、随分と世話になったとなつかしみながらふたりはまた笑った。

「義勇は家族みたいなもんだ」

普段はおとなびた錆兎くんの、屈託のない笑顔を見て、彼がわたしを剣道部に誘ったわけがわかった気がした。



モノトーンでまとめられた先生の部屋は、すっきりしているというよりは、すこしさみしい印象だった。
必要最低限のものだけしか置かれていない。ものがないので、散らかったところもない。
簡素なモデルルームのようだった。

先生はたまにさみしそうな顔をする。
こころをどこかに置いてきてしまったみたいな、物憂げな顔。
生活感のないこの部屋は、ここをいつ捨ててもいいと言っているみたいで、先生のこころがやっぱりどこか遠くの別のところにあるみたいで、なんだかせつなかった。

やがて帰ってきた冨岡先生はわたしを見るなり一瞬困惑の表情を浮かべていたが、そのあとはたいして気にもとめていないといった様子で、特になにかを突っ込まれることも追い返されることもなく、四人の時間は、そのままなんとなく流れた。


「腹が減ったな」
「わたし、簡単なものでよければ作ります」
「瀕死のアスパラしかない」
「すこし元気がないですが、まだ食べられますよ。生きています」

キッチンへ向かう冨岡先生の背中を追い、並んで冷蔵庫のなかをのぞき込む。
おねえさんがくれたというアスパラはキッチンペーパーに丁寧にくるまれて、三段ある棚のうちの真ん中に横たわっていた。
そのほかには飲みかけの牛乳と卵といくつかの調味料と、ちいさなボトルの乳酸菌飲料が二本あるだけだった。
キッチンのワークトップの上には、明日の朝食だと思われるパンが透明な手提げのビニール袋に入ったまま置かれている。

「先生、お肉とかベーコンは」
「冷凍してるかもしれない。開けるぞ、頭」

先生の手のひらがわたしの頭をやわく抱きよせて、そのまま肩口に額が触れる。
のぼせそうになる頭をちいさな箱から吹き出す冷気が鼓舞してくれる。
姿勢を正すと、今度は肩どうしが触れた。

「なにもないな」
「ううん、空っぽですね」

「義勇」

わたしたちのちょうど間をめがけて飛んできたのは、ちいさな猫のストラップがついた鍵だった。
マンションへ入るときに使った合鍵だ。
先生は涼しい顔でキャッチすると立ち上がり、ローテーブルにテキストを広げるふたりを見やる。

先生の鶴の一声で、晩ご飯はデリバリーのピザになった。
四人で食べたピザはとてもおいしかった。
わたしは、先生が普段きちんと食事を摂っているのか、きちんと生活しているのか、そのままふらりとどこかへ行ってしまわないか、そんなことをぐるぐると考えていた。

元気のないアスパラは冷凍庫の隅で眠っていた少量のスイートコーンと合わせて、なんのひねりもないただの炒め物になった。
朝に食べると言って、先生はすこしうれしそうに目を細めた。