5:リーインカーネーション

昼休みを知らせるチャイムと同時に、わたしはあらかじめまとめておいた荷物を片手に教室を出た。
人並みのなかをするするとすり抜けて屋上へと向かう。
無機質な鉄製の扉を押し開けると、鈍い音と共に吹きこむほこりっぽい風が前髪を乱した。
どこか懐かしいようなそのにおいと人気のなさに、思わずほうっと安堵の息をつく。

給水タンクに続くはしごの脇に座る冨岡先生に気がついたのは、フェンスまでゆるく駆けてあたりを見回し、一度深呼吸をしたあとだった。
先生はとっくにわたしの存在に気がついていた様子で、わたしが軽く会釈をすると、すこしおかしそうに眉尻を下げて笑った。


「女子は大変そうだな」
「もう、他人事だと思って」

逃げるようにここまで来た理由を話せば、先生は大げさに共感するでもなく慰めるわけでもなく、そう呟いた。
そのわざとらしくない反応に、わたしはすこしほっとする。
だいじょうぶかと聞かれればだいじょうぶだと答えてしまうし、励まされれば笑って返さなければいけない。親切にされればお礼をする。
すべてあたりまえのことだけれど、形式をなぞるだけのコミュニケーションを繰り返すことに、わたしはたまに辟易してしまう。
冨岡先生のやさしさや気遣いは、そっとそこに置いていくだけというように細やかでスマートだ。


「タレントに似てなくても運動部のエースじゃなくても、いっしょにいて心地のいいひとをわたしはすきになりたいです」

わたしがここへ来たのは女子どうしの恋愛話から逃げるためだった。
休み時間の話題はいつも、韓流スターやジャニーズタレント、運動部のエース、タイプの先生や彼氏の話しでもちきりである。
わたしはこういうときに発信できるカードをなにひとつ持ち合わせていない。
彼氏もいなければすきなひともいない。
タイプの芸能人がいるわけでもないし、熱狂しているスターもいない。

そして、わたしがその話題を避けたい理由はもうひとつあった。
昔からわたしを悩ませる、どこか満たされない気持ちの根源が、そこにある気がするからだ。
誰かがわたしのこころの足りないピースを持っている。
そのひとをずっと待っている気がするけれど、同じくらいに、そのひとを見つけてしまうのがこわい。
だって、そのひとに会えることがいいことなのか悪いことなのか、そのひとがいいひとなのかそうでないのか、わたしには、なにひとつわからないのだ。
しかしそんなばかげたことを誰かに話す勇気はすこしもなかったし、こういうことは誰にも言わずに秘めておくほうがよい方向に進むような気がするから、みんなが色恋の話しに花を咲かせている最中、わたしはばかげた夢を守り隠すように、ただ曖昧に笑い、なんとなく同調してやり過ごすほかないのである。


「冨岡先生。先生は、運命って信じますか」
「さあな」
「じゃあ、前世は」
「……さあ」

先日錆兎くんと話してから頭のなかに残っていた言葉をなんとなしに口にしてみる。
こどもらしい質問に、先生はすこし困っているようだった。

「そういうことはわからないが、さっき言っていたことには同意見だ」

チャイムが鳴る。
五分後には授業が始まる。
のんびりしすぎてしまっていたわたしたちは、挨拶もおざなりに慌てて荷物をまとめ階段を駆け下り、それぞれの教室へ向かった。

冨岡先生も恋をすることがあるのだろうか。
どうしてひとりでご飯を食べていたのだろうか。いっしょに食べるのは迷惑だっただろうか。
そういえば、食事はあれからきちんと摂っているのだろうか。
わたしばかりが喋りすぎてしまって、先生のことは全然聞けないままだった。
聞きそびれたことがいくつもあって、わたしは先生に会える放課後を、すこし待ち遠しく思った。