12:ハイカラーに隠して

手紙への返事がないことをぼやいた日から、義勇さんは度々お菓子を贈ってくれるようになった。
相変わらず手紙はくれなかったけれど、贈り物を包むかわいらしい風呂敷の中にはいつも、わたしの名前が綴られた一筆箋が入っていた。

「なまえ、冨岡さんからまた荷物を預かったわよ」

カナエさんがにこにこと微笑みながら手渡してくれたのはおおきめの箱で、なかにはいつもの一筆箋ではなくきちんとした手紙が一通と、その下には御令嬢が着るようななんともハイカラなドレスがきれいに畳まれて入っていた。
手紙には討伐のための潜入任務に参加してほしいということと、場所と日時が書かれてあるだけだった。


待ち合わせに指定された街はなんとも賑々しく活気に溢れていて、洋服を着た人々で溢れかえっていた。
異人も多く、まるで世界中の人間という人間がこの街に集まっているようだった。
ずっしりとした重厚感のある西洋造りのお店が所狭しと並んでいて、そのどれもがわたしにはとても新鮮で魅力的に見えた。

着慣れないドレスに身を包んで、往来の端を歩く。
どこかからふわりと流れてきたホットケーキとシロップのあまいかおりに振り向けば、見慣れない装いの義勇さんと目があった。
思わずはあっと感嘆の吐息がこぼれる。
織部色の軍服はその生地自体がうつくしく独特の光沢を持っていて、肩飾りと金の刺繍と飾りがとても豪奢だった。
そしてそれが、うっとりと見惚れてしまうほど完璧に似合っていた。
比べてわたしはどうだろうか。
慣れない靴に慣れない服ということはきっと同じはずなのに、うつくしいのは装いばかりで垢抜けない。
硝子窓に映ったわたしたちふたりの、わたしだけが妙に貧相な様を見て、途端に恥ずかしくてたまらなくなってしまい、なるべく目立たないようにとうつむいて肩をすくめた。

「急に呼び出してすまなかった」
「ああ、いいえ……!ご連絡いただけてうれしかったです」
「その先に馬を待たせている。行こう」
「馬車で向かうのですか?」
「詳しいことは追って話す。掴め」

義勇さんは頷くとすこし居心地悪そうに目線をそらした。
促されるままその左腕にそっと手を添えてみたけれど、うまく自然に寄り添えているかは自信がなかった。
どうやら任務はもう始まっているらしい。
うまくやらなければ。
頭のなかでは理解できているものの、恥ずかしさと混乱と不安がないまぜになって、どうしてもそわそわと落ち着かない。

「きょろきょろするな。前を見ろ」
「は、はい」
「きれいだ。堂々としていればいい」

のぼせてしまうような言葉が余計に緊張を増長させ、ようやくこの雰囲気に慣れたのは待ち合わせ場所についたころだった。
馬車の停まっているすぐ向かいの店の軒下に、義勇さんと似た軍服に身を包んだ不死川さんと、同じく軍服を着た太陽のように明るい髪の男性が立っている。
ふたりは示しあわせるように目配せをしあうとそのまま馬車へと乗り込んだ。
すこし遅れて義勇さんが乗り、わたしの手を取って軽く引きあげてくれる。


通り過ぎる街並みはとてもうつくしく近代的なのに、どこか退廃的にも見えた。
まるで作り物の世界やキネマのようで、すこしの哀愁を携えていた。
これからなにが起こるのだろう。
わたしは、このひとたちの荷物にならずに、うまくやれるだろうか。
渦巻く不安を見透かしたように、義勇さんは横目でわたしを見やった。両手を添えていた腕でほんのわずかだけ引き寄せてくれる。
義勇さんのやさしさはいつも、繊細でやわらかで、さりげなくて、わたしに飲み込みやすいおだやかさで染み渡るように流れ込んでくる。
澄んだ水のように。



辿り着いたおおきな西洋館の一室で、わたしたちはようやく自己紹介を終え、事の経緯を共有することができた。

華族の舞踏会で若いご婦人が度々行方不明になっているらしく、一月後に舞踏会を催す予定の奥さまから内々にと依頼があったらしい。
依頼主の奥さまは一度鬼殺隊に助けられたことがある、稀血の人間だった。

「一族の栄華のことを考えれば中止にすることもままならないというわけですね。ご婦人が姿をくらましてしまうのも許されざる恋への逃避行として片付けられてしまうため、深追いには至らないと」

うむ、と強く頷いてくれたのは金色の髪の毛が眩しい煉獄さんだ。快活でひとあたりがよく、太陽のような方だった。
前に蝶屋敷での治療で会ったことがある不死川さんは、あのときの気まずさからかあまり目を合わせてくれない。
義勇さんはふたりと会話をする気がないのか、皆が話すなか、壁にもたれかかったまま腕を組んでじっと立っていた。


こうしてわたしたちは鬼を討伐するまでの間、華族の世界で生きることとなった。
不死川さんはわたしの兄として、煉獄さんはわたしの従者として、そして義勇さんはわたしの夫として。
男性隊士三人のうちのひとりと親しく、有事の際に人々を保護、治療できる医療の心得のある者、ということでカナエさんがわたしを推薦してくれたのだと、煉獄さんが教えてくれた。
義勇さんは涼しい顔をしたまま特になにも言わなかった。

「さっさと衣装を選んで、それぞれの持ち場に散るぞ」
「適当でいい。軍服であればなんだっていいんだろォ。行くぞ、煉獄」

不死川さんは入り口近くにかけられていた軍服をごっそりと抱えると、扉の外にいた使用人の女性の方へ放り、そのまま足早に去っていった。
煉獄さんはなにがおもしろいのか楽しげにからからと笑い、うろたえる彼女になにか口添えをしてから不死川さんの後を追っていった。